第209話 なお、藪を突っ突いたらドラゴンが出てきたとする

 志音が本気になっていると事実を嫌というほど思い知った私は、「それ食らったら死ぬよね」という攻撃を躱しながら策を講じていた。

 とっとと勝負をつけないとマズいのは明白だ。いい案が思い付くのが先か、私の体力が尽きるのが先か、かなりギリギリの戦いを強いられている。本当に最悪な場合として、私が致命傷を負って帰還、というのもあるかもしれない。

 志音に勝ちたい気持ちも、自分のアームズの弱点を克服したい気持ちもある。どっちも嘘じゃない。だけど、私をいま最も強く突き動かしているのは、生存本能だ。


「くっ……!」

「おいおい、こっちがちょっと反撃するようになった途端これかよ」

「はぁ!?」


 志音に煽られて何か言い返そうにも、続く言葉が見当たらない。悔しいけど、こいつの言う通りだし。

 考えろ、私にできることを。あいつにできないことを。そしてあいつがやろうとしていることを。


「おら!」


 左右から迫ってくる板の挟み撃ちを避けたと思っていたら、板が単体で倒れるように私に襲いかかった。


「うっっっざい!」


 反射的に、大きくしたまきびし達を板にぶつける。そして同時に気付いた。このタイミングでまきびしを反発させられるとヤバい、と。そんなことされたら私のおでこにまきびしが刺さる。っていうか下手すれば顔面がまきびしですっ飛ぶ。

 板が吹っ飛んでくのを見届けながら、自分のアームズの呼び出しを解除した。自分の方へと飛んできた板をひらりと避けて、志音はこちらを見つめている。


「……そうか」


 志音は磁力を使わなかった。絶交のチャンスでそれをしなかったのは、死角になって私がまきびしを使ったことに気付かなかったからだ。つまり、しなかったんじゃない、できなかったんだ。

 そして飛んでくる自分のアームズの対処法も理解した。飛んでくる前に消せばいいんだ。簡単じゃん。なんで気付かなかったんだろう。


「ちっ。今のは油断してたな」

「志音。今から、札井マジックを見せてあげる」

「モンキーマジック的なアレか?」

「誰が西遊記じゃ」


 西遊記と聞くと、以前井森さんが書いた気狂いな報告書を思い出すからダメだ。

 一つ、試してみたいことを思い付いた。命が脅かされた代償として割に合うものであるかは、まだ分からないけど。


 そうして考えている間にも、一枚の板が回転しながら真横に飛んで来る。何もせずに留まっていれば、私は腹であれを受け止める事になるだろう。

 もちろんそれは避けたい。私は小さいまきびしを平らになるように密集させて呼び出した。階段のように何枚か足場を作ると、軽く助走を付けて飛び乗る。使った後のそれは、磁力で動かされたら面倒だから消していく。

 迫り来る板を上に跳んで回避すると、着地よりも早く攻撃を仕掛けた。板とまきびしの延長線上に私は居る。わざとそうなるようにまきびしを呼び出した。そうすれば、志音は飛んでくるまきびしを引き付けるのではなく、吹っ飛ばすように磁力を操るだろう。私にカウンター入れたいだろうからね。きっとそうなる。


「イメージしろ、私なら、できる……!」


 着地と同時に呟いた。

 狙い通りまきびしが吹っ飛ばされる瞬間、志音と板の裏側、板の影になって見えないところをイメージしてまきびしを呼び出す。私の方に飛んでくる分だけは消して、板を隔てて志音の方に浮いてるものだけはそのままだ。

 直後、残したアームズが強い力で吹っ飛ばされるのを感じた。


「いってぇー!」


 板のせいでどうなっているのかは見えないけど、何が起こっているのかはまきびしから伝わってくる感触と、志音の雄々しい悲鳴だけで十分察知できた。


 制御を失った板がガランと音を立ててコンクリートの床に落ちる。遮る物がなくなって志音を見ると、案の定と言うべきか、額を押さえて蹲っていた。


「大きくしなかったのはせめてもの情けよ」

「ってぇー……お前のバーチャルでのその空間認識能力、マジで反則だろ」


 志音は悔しそうにそう呟いたけど、私にその能力の高さを教えたのは他でもない志音だ。こいつがそう言っていたことを思い出して、私は私にしかできない戦い方を模索してその結果がこれなんだから、ある意味自爆とも言える。


「あれ……?」


 志音の助言が無かったら勝てなかったって、勝ったんだか負けたんだか分からなくなってきた。あんまり考え過ぎると私まで悔しそうな表情を浮かべることになりそうだから、この辺にしとく。


「まぁいいや。ん」


 私は志音に手を差し伸べる。ゆっくりと握り返された手を掴んで引き上げると、腕を組んで笑ってやった。


「で? 合格?」

「これで不合格にしたらあたしの立場が無いだろ」

「まぁ負けたんだから既に立場は無いけどね」

「正論やめろ」


 とりあえず、私は自分の弱点に対して見事に対応できた、ということだ。これからそんなバグが現れてもきっとどうにかできる。

 こういう事態を想定していれば、そもそも磁気に影響されない素材でイメージすることも出来るわけだし。呼び出した後から材質や素材を変えることは今は出来ないけど、大きさを変えることができるんだからきっと不可能ではないはずだ。それも将来的な課題にしていこうと思う。


「んじゃま、帰るか」

「あんたのそのおでこの怪我がどんな風にリアルに影響するのか、楽しみにしてる」

「えげつねぇな」


 帰還した私達はすぐに荷物をまとめて部屋を出た。エクセルの廊下を歩いていたけど、話題はバーチャル空間からそのまま持ち越されている。


「言っとくけど、磁力に影響を受けない材質で呼び出すっていうのは得策じゃ無いぞ」

「どうしてよ」

「考えてみろ、例えばお前のまきびしそのもので磁力を操れたとしたら?」


 私は素直ないい子なので、志音の言ったことをイメージしてみる。


「……つっよ」

「だろ? それができれば相手がそういう攻撃を仕掛けてきたとしても、別の対応の仕方ができる」

「そうかも……」


 相手の裏をかくこともできるし、なんなら磁力を利用して敵の攻撃を跳ね返すこともできる。それに、磁力を利用すれば、私が念じるよりも強力にまきびしを飛ばすことだってできそうだ。使い方はごまんとある。


「また今度、なんて思ってたけど……早めに実装させたいわね、その力」

「お前ならできるよ。多分な」

「ところでさっきからおでこ掻いてるけど、何なの?」

「内出血してる感じじゃないんだけどな、なんか痒いんだ」

「ちっ」

「軽症であることを明らかに残念がるなよ」


 志音は額を掻きながら私は見てそう言った。

 面白くなさそうな顔をしているのは、何も志音の怪我が大したことないから、だけではない。それもあるんだけど。

 私は単純に、悔しいのだ。自分が持ち得る力の使い道に対する発想力というか、そういうものが何故か志音よりも足りてないから。私だって考えてない訳じゃないのに。


「なんで、そんなこと思い付くのよ」

「そんなことって、まきびしに磁力を付与するって話か?」

「そうに決まってんでしょうが」

「前にも言ったろ。あたし以上にお前のこと真剣に考えてる奴なんていねぇよ」

「……あっそ」


 よくもまぁ恥ずかしげもなくそんなこと言えたものだ。

 ……私も、今なら、口に出来る気がする。

 最近ずっと聞きたかったこと。聞けなかったこと。


 私は立ち止まる。数歩歩いてから志音は振り返った。

 目が合って、息を吸って。吐き出す代わりに、気持ちを言葉にした。


「志音って私とえっちしたいとか思うの?」

「はぁ!?」

「いやだから志音って私と」

「バカバカ! 黙れよ! しーっ! しーっ!」

「セックス」

「やめろ!!!!!」


 志音は顔を真っ赤にして「あたしらにそういうのはまだ早いだろ」なんて言って出口に向かって行った。めちゃくちゃな早歩きで。

 まぁ、その反応から察するに、考えてないってことは、ないんだと思う。


「……っはぁー」

「なんだよ、どうした?」


 聞かなきゃ良かった。っていうかなんで聞いたんだ。いや、理由は分かる。知恵達とか、井森さん達とか。なんかみんなそういうの経験済みみたいだったから。焦ってるってつもりじゃないんだけど、なんていうか、っはー。分かんない。


「……鷹屋、行こ」

「……おう」


 なんとも言えない気持ちはラーメンで誤魔化すことにした。ラーメンは偉大だ。今日の感想はそんな感じ。他には何もない。ない。

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