インターバル

第210話 なお、ネットでググれないからセックスしないとする

 私は志音の部屋でノートパソコンで睨めっこをしていた。それもこれも昨日出た高度情報技術の宿題のせいだ。お題は実践における自分の役割と、想定しているアームズの使い方をどのようにして伸ばすか、ということ。

 ちなみに、私がせっせと宿題をやっているこの瞬間にも、志音は隣に座ってスマホをいじり倒している。宿題についてはどうでもいいらしい。一緒にやろうと思って来たのに、これじゃあんまりだ。


「終わってんの?」

「いんや。ただ、すぐ終わるし。あたしの場合は色んなアームズを使うからな。組んだ相手に合わせてアームズを使い分ける、という回答が許されるんだよ」

「むっ。コウモリ野郎め……」

「嫌な言い方すんな。っていうか、お前はまだいい方だろ。菜華とか、どうするんだろうな……」

「あっ……」


 本当にどうするつもりなんだろう、アイツ。知恵はまだいい、過去にも分析をしたり、プログラムを組んだりと、あのパソコンの色々な使い方は見てきた。一応、物理的に闘うことだってできる。何気に万能なアームズだ。だけど菜華は……アンプとかいうものを内蔵しているベースを見たことがあるけど、それだけだ。


 もしかすると、これは転機なのかもしれない。自分のアームズの活用法を考えて、思いつかなければ相性が悪かったと割り切って別のものを考えたりする為の。おそらくまきびしもそうするべきアームズなんだろうけど、私は今更こいつを手放す気はない。

 考えれば考えるほど、実践で色々と試したくなってくる。しかし、こういうときに限って何もできないものだ。スケジュールを聞いて驚いたんだけど、これからしばらくダイブの予定がないらしい。私達はVPがあるからいいけど、一般の生徒達にとっては不安だろう。


「ま、そんな難しく考えるなよ。できるだけ分かりやすくする為にデータで提出することになってんだろ? そうだな、まずは陣形から考えてみろよ。ペン貸してくれ」

「いいけど」


 近いわ。私から見て右側に座っていた志音は、左側に置いてあったペンを手に取ろうと身を乗り出した。顔が急接近して、なんとなく息を止めてしまう。


「どうしたんだ?」

「あんたが急に目の前に近付いたから息を止めてたの」

「新手のいじめか?」


 志音は眉を顰めて私を見てるけど、私は否定しなかった。しようとしたんだけど、それをすると「じゃあなんで?」ってなるし、そうなったらこの間の会話を馬鹿みたいに意識してると思われてしまう。

 この間の会話というのはこの間の会話だ。それ以上でも以下でもない。ちなみにタコでもない。っていうか、こいつは気にしてないのか。あんなに動揺してたくせに。なんか余裕しゃくしゃくって感じでムカつく。


「いいか? 前衛がここ。もし後方支援の仲間もいるなら、そいつらがここにいるだろ? で、夢幻はここ」

「集合写真撮影当日にその場にいなかった子みたいな場所に配置するのやめてくんない?」


 なんで私だけそんなに端にいるんだっつの。それこそ新手のいじめでしょうが。

 私がぷんすかと憤慨していると、志音は「チーム全体のバランスを考えた」とか、「お前にもメリットはある」と色々言い訳を始めた。


「もういい。私は自分で考えるから。あんたはその辺で遊んでなさい」

「一瞬錯覚しそうになったけど、ここあたしの家だぞ」


 抗議しつつも、志音は再びケータイをいじり始めた。指が動く感じからしてマンガでも読んでいるのだろう。

 しかし、考えれば考えるほど、志音が提示した案が悪くないものに思えてくる。まず、前衛は井森さん達みたいな直接攻撃するタイプのアームズを扱う人のフィールドだ。至近距離で武器を振り回されたら、今の私では対応できないと思う。

 そして後方。これは広範囲かつ準備に時間がかかるようなデバッガーを配置すべきだ。身近な例で言えば、知恵と菜華なんかが分かりやすいだろう。この二人よりも私が後ろにいる、というのは考えにくい。

 陣形を一ヶ所にまとめて配置するのではなく、伏兵として私を忍ばせておくというのは斬新かつ的確としか言いようがなかった。つまり私はボロクソ言っておきながら、志音が提案した方向性で資料を作ることにした。あとで知られたらめっちゃ怒られそうだけど、ほっとこう。


 課題が片付きそうな兆しが見えた途端、私の中でこの間のやりとりが存在感を増して来たというか。あんまり深く考えたことないけど、女の子同士ってどうやってするの? っていうかするの? しない人達っていないの?


 一度気になるとダメだ。私は課題をこなしているフリをしながら、ググってみることにした。調べる言葉は何がいいんだろう。

 調べるワードもかなり重要になってくる。まず、ディスプレイのモードをモニター限定に切り替えておく。これをしないと、空中に画面が表示されたまま調べることになってしまい、こっそり調べるなんて不可能になる。というか、見て見てー! 今こういうの調べてるよー!♪ とアピールしてるのとほぼ同義だ。

 さっきからの流れがあるので、私がディスプレイの設定をいじるのはあんまり違和感がないだろう。ふんっ、あんたなんかに私の学習経過を見せてやらないんだからね作戦だ。見せたくないなら自宅でやれよってセルフツッコミしそうになったわ。危ない危ない。


「うーん……」


 唸り声は自然と口を突いて出た。無意識にしてしまったことではあるが、課題をやってる最中だし、不自然ではなかったはずだ。そう、私は課題になんて困ってない。検索ワードに困っていたのだ。

 ここはストレートに調べてちゃっちゃと課題に戻ろう。ここで調べなければいいだけなんだけど、なんか意地になってる自分がいるのが分かるので、このまま突っ切るとする。

 表情を変えずに、さっき思いついた検索ワードを打ち込む。私が思いついたワードは、【女の子同士 セックス】だ。ものすごく直接的だけど、周りくどい言い回しをするのは人間相手だけで十分だ。私の個人PCだから他に誰も見ないし。


 女の子どうs まで打ったところで、志音が「進んでるか?」なんてパソコンを覗き込んできたので、【女の子童心】として事なきを得た。なんか謎の絵本が出てきたわ。それはいいとして、問題はこの覗き見星人だ。


「ちょっと! 勝手に見ないでよ!」

「気になるだろ! っていうかなんで絵本のことなんて調べてるんだよ!」

「昔読んだ本のタイトルが思い出せなくてもやもやしてたから! あるでしょ! そういうこと!」

「ま、まぁ……あるけど……」

「とにかく、私はちゃんと課題やってるんだから、邪魔しないでよね」


 私は志音の頭をぐっと押してそのまま床に転がす。志音は起き上がる様子もなく、また端末から漫画を読み始めたようだ。


 ……よし。

 今度こそ検索をしよう。あと、検索ワードも見直そう。私が知りたいのは女の子同士のそれじゃないはずだ。そもそも女性がみんな性的なことに積極的かどうか、そこから知りたいんだ。

 周りは爛れてると思ってたけど、志音も口に出さないだけで興味あるみたいだし、もしかしたら私の方がおかしいんじゃないかって心配になってきたっていうか。

 だけど、たとえば【16歳 セックス】なんて調べたら絶対にアダルティな映像がいっぱい出て来る。こんなの、そういうのを観ない私にだって分かる。

 さっき女の子って打ったのが残ってるしな……【童心】だけ消して、このままセックスって入れてみよう。ちょっと直接的過ぎる気もするけど。


 せっk まで入力したところで、志音は起き上がって、私の横ににゅっと顔を出した。私は入力中のワードに続けるように【接近してくる】と打って、また事なきを得た。


「女の子 接近してくる ってなんだよ」

「戦闘中に私みたいな子が向かってくる敵の心理について調べることにより、作戦や陣形の発想の助けにならないかと思ったの」

「なるほど。敵の心理を考えようとするのはいいことだな。ただ、お前が近付いてくる相手の気持ちを知りたいなら【迫り来る変人】とかにした方がいいぞ」

「自分の知らないとこでクラス内のライングループ作成されろ」

「リアルなやつやめろ」


 そうして私は志音を黙らせ、さらに「あっち行ってて」と言ってベッドの上まで追いやった。横にいるから悪いのだ。ベッドは私の真後ろだから危険と言えば危険なんだけど、パソコンの画面を覗こうとしたら、志音が足を投げ出している辺りまで顔を持ってこなければ、つまり起き上がって向きを変えなければいけない。さすがにその間に気付かないなんてことはないだろう。

 また、これまでの失敗は全てビビった私の弱い心にあると確信する。もっと直球でどばーんと調べればいいのだ。変な動画が出て来たって再生しなければいいだけ。そう、急がば急げ。検索ワードは【レズセックス】、これだ。


 意を決した私はキーボードでワードを打ち込む。

 レズ まで打って変換しようとしたところで、志音の気配が真後ろにあることを感じた。あ、これ絶対覗いてる。しかも私に警戒されてることに気付いて、そっと体を起こしやがった。なにこれどうすんの。言い逃れ出来ない。

 いや私ならできる。できる、っていうかやれ。カタカナに変換されていた言葉でエンターを押さずに、【れず】に戻す。おっと、ここで振り返ってはいけない。振り返ってから検索ワードを入力したら、「志音に見つかったから取り繕ってます」感が出てしまう。

 私は真面目な表情を作ることも忘れずに、そのままカタカタと言葉を打ち込んでエンターキーを押した。


「【れず 打ち消し 未然形】……? お前、何調べてんの?」

「は? 日本語の学習中だが?」

「課題はどうしたんだよ」


 っはぁ〜〜〜〜〜そういう正論やめてくんないかな〜〜〜〜。

 課題のために念の為、日本語を調べようと思ったとか苦しめの言い訳をして難を逃れた。いや、逃れられたのかは分からない。


 っていうかこいつ私のパソコン覗き過ぎ。スパイか何かか?

 こんな覗き魔の変態が居たらおちおち検索することすらできやしない。

 私も私で二回目くらいに気付いて諦めろ。



 結局、気になる言葉を検索することもできず、私は悶々としたまま課題をこなすしかなかった。課題の出来はそこそこ、疑問についてはまだ未解決。これについては今度誰か、そうだな、知恵にでも訊こう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る