第211話 なお、再放送の時間とする
とある放課後。私は授業を聞いていて違和感があった部分を志音に確認していた。それ自体はものの数分で解決したんだけど、横で話を聞いていた知恵が私達に質問しまくったおかげで、かれこれ30分くらい教室に居残っている。
まぁ人に教えた方が覚えるって言うしね。知恵は私と志音、そして菜華の三人に勉強を教わる形になっている。
「なんか分かった気がする」
「分かった気がしても油断すんなよ?」
「そそ、帰ったら機械いじる前に復習ね」
「夢幻が言うと復讐に聞こえるな」
「知恵、あんた予讐されたいの?」
「なんだよそれ、怖ぇよ」
勉強が一段落ついたところで、息を切らした誰かが教室に入ってきた。足音の軽さから言って女子だろう。振り返ると、そこには木曽さんが居た。
私達を見つけると「居た!」なんて声をあげて近付いてくる。なんだなんだ。何か悪いことした? と思ったけど、すぐにそういう風に思っちゃうのって、日頃の行いなんだろうな。
木曽さんはこちらに駈け寄ると、「リベンジの時だよ!」と拳を作って勇むように言う。心当たりがないので、みんなで顔を見合わせることしかできなかった。
「何の話だよ?」
「知恵はこないだやったからダメ! 今日は札井さんと鳥調さん! 設備点検するから喋ってきなよ! ね!」
なん……?
突如降って湧いた自己アピールの場を、私が逃す訳がない。菜華の手首を掴んで勝手に「はいはいはーい!」と手を挙げさせながら、「やる!」と返事をする。しかし、私の前向きな返答は二人のヤンキーに阻止されてしまった。
「お前正気か!? この二人で!?」
「やべぇだろ……せめて普段のペアでやった方がいいと思うぞ」
「うっさい、二人とも黙って」
「まぁまぁ。私に策があるから聞いてくれる?」
「特別な対策があらかじめ用意されてるとか悲しいからやめて」
裏切られたような気持ちで木曽さんを見つめる。しかし、彼女はそれを取り下げるつもりはないようだ。
「放送の狙いは高度情報技術科をより理解してもらうこと。私が入ってもいいんだけど、女性3人の声でやるってバランスが難しいんだよね。どれが誰の声か分からなくなるっていうか。リスナーを混乱させることに繋がることが多いんだよ。私はタブレットに指示を出すから。二人はそのメッセージを参考に話をしてくれる?」
「なるほど、台本は無いにしても、大まかなレールは木曽が敷いてくれる感じなのか」
「好きに喋らせたら崩壊するのが目に見えてるからね」
「木曽さんが見てるのは幻覚としか言いようがないんだけど、指示を出してくれるのは助かるかも……」
「木曽が見てるのは幻覚じゃなくて現実だぞ」
うるっさいわ、買い置きのバナナ全部腐ってろ。
私は目にも止まらぬ速度で志音のスネを蹴り飛ばすと、菜華の腕を掴んだまま木曽さんに付いていった。ちょうど帰るところだったから荷物も持ってたしね。
後ろから志音と知恵の文句や、制止する声が絶えず聞こえてくるけど無視。心無しか、菜華もちょっとそわそわしているようだ。
放送室へと向かう道すがら、私は菜華にどう思っているのか聞いてみることにした。きっと今更やりたくないとは言わないだろうし。
「菜華も楽しみ?」
「後ろでBGMを奏でても?」
「あぁ」
なるほど、菜華がやけにそわそわしてるのは、これのせいか。私に詳しいことは分からないけど、設備さえあればそれは可能だろう。菜華の腕前を理由に断られることはないだろうし、設備があるということはその機器のチェックもできるし。っていうかダメなら元々そういう機材を置いたりはしないだろうし。
私達の会話を聞いていた木曽さんは、くるっと振り返って「弾いてくれる!? 実はそれを条件に先輩達から今日のパーソナリティ争奪戦に勝ったんだよね」と言った。大勢に聴かせられるレベルの生演奏ができる生徒はそう多くないだろう。
私は菜華のオマケ的な扱いかもしれないけど、今はそれでいい。巧みなトーク力で全校生徒にその認識を改めさせてやればいいんだから。
「着いちまったな」
「それな」
放送室に到着したと同時に、志音と知恵は何やら絶望しているようだ。
木曽さんは二人に飲み物を渡すと、「まぁ見ててって」と言って菜華を連れてブースに入っていく。先にそちらの機材の点検をして、そのあとに演奏のボリュームを下げてトークに入るらしい。
「ちゃんと話すことは決まってんのか?」
「大丈夫だって。今回は高度情報技術科についてより理解してもらうっていうテーマが決まってんだから」
「お前という人間が不可解だから心配してんだよ」
「オラッ」
「夢幻は菜華のギターに合わせて歌でも歌った方がいいんじゃね?」
「オラッ」
私にそれぞれ失礼な言葉を投げかけた二人には、鳩尾に一発ずつ正拳突きをお見舞いしておいた。
うずくまる二人を見下ろしていると、背後から声をかけられる。どうやら準備ができたらしい。親指でさっとブースを指す木曽さんに招かれた。私はすぐに扉の中に入って、そして閉めた。
私の向かいには、おとなしめな演奏している菜華がいる。脚を組んで太ももの上に愛機を乗せて、気持ち良さそうにギターを爪弾いていた。その姿はどこからどう見てもいっぱしのアーティストだ。
私は小脇に抱えていたタブレットをそっとテーブルに置いて、これまた音を立てないように椅子に座る。菜華の演奏を邪魔しないための配慮だ。厳密に言えば、菜華の演奏というか、菜華の演奏を聴いている人達への配慮ね。こいつ自身は露出狂が出ようと構わずギターを弾き続けるだろうから。
ランプを光らせて何かを受信したと主張しているタブレットをそっと操作すると、さっそく木曽さんからメッセージが届いていた。彼女が合図を出したら菜華が演奏を止めて、さらに次の合図で私達が適当に挨拶をするように書かれている。
菜華も一応タブレットをマイクの横に置いていて、メッセージをちゃんと確認しているようだ。なんとなくアイコンタクトを取ってそれを確認し合ったのとほぼ同時に、ブースの外に居る木曽さんが手を挙げた。
菜華の演奏が徐々に小さくなっていく。よかった……合図が想像以上に地味なヤツで、全然気付かなくて演奏が一生止まらなかったらどうしようってちょっと思ってた……。
木曽さんが何をしているのかは分からないけど、体の半分くらいがガラス張りになっているところから見える場所に座っているので、姿自体はよく見える。志音達もそこに座りたかっただろうけど、生憎一人もまともに収まらないような空間だ。っていうか前回来た時はあんなの無かったよね。散らかり過ぎて隠れてたのか……。
私が半ば惚けていると、木曽さんは何かのメーターをぐーっとあげるような動きをして、それが終わるとこちらを指差した。つまり挨拶をして、それからそのまま喋っていい、ということだろう。菜華はどちらかと言うと相づちを打つ感じだし、っていうかそれすらやってくれるか怪しい感じだし……ここは私の頑張りどころだ。
私はドキドキしながら、第一声を発した。
夢幻:こんにちは、諸君。このアフタヌーンを如何お過ごしか?
菜華:……
はりきり過ぎて魔王みたいになっちゃった。
死にたい。
さすがの菜華も「あ、なんか失敗したっぽいな」という空気には気付いたらしい。私と目が合うと、任せとけって感じの顔をして、なんか地獄っぽい感じの重たい演奏をし始めた。やめろや、BGMでさらに魔王感出すな。弦全部切るぞ。
私が目力で菜華にやめろと訴えていると、またタブレットの画面が自己アピールを始めた。タップしてみると、やっぱり木曽さんからだ。「まずは自己紹介!」と書かれている。
うん、わかるんだけどさ。当たり前の流れだと思うよ。でも、この流れで自己を紹介するとするなら、魔王として振る舞わないと逆に空気読めないみたいになるじゃん。
空気読めないヤツになるのも嫌だけど、魔王になるのもイヤだよ。
菜華:私は菜華。さっきからギターを弾いているのは私
なんと、菜華が率先して言葉を発し、こちらを見た。きっと助け舟を出してくれたんだ。私もここで挽回しないと。大丈夫、きっと私にならできる。
夢幻:私の名前は夢幻! 高度情報技術科の1年生! 今日はよろしくね!
菜華は私の口調に合わせてギターを弾くことにしたらしい。私が自己紹介を終えると、なんとなく可愛い感じのメロディを奏でてくれた。
菜華:夢幻。さっきのは
夢幻:魔王ちゃんはもう帰ったから大丈夫! それ以上言及しないでね!☆
菜華:……そう
魔王よりはよっぽどマシだけど、公共の放送向けに明るく振る舞おうとしてやりすぎちゃった感じになっちゃった。このテンションしんど。
タブレットがぴこぴこ光ってるのを確認すると、また木曽さんからのメッセージだった。そこには「趣旨を説明して」って書かれてる。もちろん、私だってそのつもりだった。彼女の指示と私の思惑が合致していることに若干安堵しつつ口を開く。
夢幻:今日は放送部の機器の設備点検ということで! 私達が高度情報技術科の紹介をさせてもらうよ!
菜華:……そう。何かあったら端末にメールを送って欲しい
菜華が私のテンションの高さを訝しんでるけど、とりあえず話を合わせてくれてるようだ。さらにメールのおねだりまでするなんて、案外やるじゃない。
そうは言っても、メッセージなんてすぐに来るものじゃない。場を持たせる為には適当に話を繋げないと……。
夢幻:実を言うと、高度情報技術科を紹介する放送はこれが初めてじゃないんだよね!
菜華:前回は知恵と志音がここに座った。夏休み中だったから聴いてた人はほとんどいないと思うけど
夢幻:両方聴いてる人がいたら、相当レアだよね! あは!
何があは! じゃ。自分が作り出してしまったキャラクターの言動に苛立ちつつも話を進めていく。高度情報技術科がどんな科なのかという説明を軽くし終えると、タブレットが光った。そろそろ話題が無い、助けて。と思っていたところだったので、指示が飛んできてほっとした。
しかし、メッセージを確認した私は絶望した。「二人ともいい感じー! じゃ、あと頑張って!」と書かれていたからだ。
頑張って! じゃないって。ねぇ、ここからじゃん。素人が会話で路頭に迷うのはさ。もう話すことなんて無いよ。
とりあえず助け舟を出されたらすぐに気付けるように、ホロスクリーンモードにしよう。そうすれば空中に画面が出てくるから、いちいちタブレットの画面を開かなくても内容が確認できるし、ギターを弾いていて手が離せない菜華も一緒に見れる。最初にやっとくべきだったね、この設定。
——二人ともいい感じー! じゃ、あと頑張って!
よし、表示されてる。しかし何回見ても無慈悲だな、これ。
とにかく、これで今のメッセージを確認できてなかったっぽい菜華にも危機的状況が伝わっただろう。そして私は視線を菜華の方に移した。
もしかしたら何か策を考えてくれてるかもしれない。ほら、菜華ってそういうところあるじゃん。たまに本気出すみたいな。
「……」
なんか目を瞑ってマイワールドに耽りながら全力で演奏してるんですけど。え、放送中だって忘れちゃった? こいつメッセージの確認すらしてないじゃん。まず開眼しろ。
もう駄目だ、誰も頼れない。何か喋らなきゃ。この謎のプレッシャーに圧し潰されて死する。
夢幻:そういえば昨日鷹屋のラーメンを食べたの!
菜華:また? 今度、知恵を連れて行こうかな
夢幻:うん! すっごく美味しかったよ!
はい、会話終了。っていうか何その話題。こんなウルトラ平凡な雑談をするな。高度情報技術どころか学校にすら関係無い話題じゃん。しかもそんな話題を引っ張り出してきた挙げ句、オチが「美味しかったよ!」って何? 段々恥ずかしくなってきたんですけど。
また微妙な空気にギターだけが響く妙な放送になっている。ギターの曲調は元気な感じだから誤摩化せてると思うことにしよう。根拠はないけど。動揺していると、木曽さんから新たなメッセージが届いた。
——ちゃんと喋って!
ちゃんと喋ろうとしてるわ。ようやく掴まり立ちが出来るようになった子供をオリンピックの大会に出場させるレベルの無茶振りをしたそっちが悪いんでしょうが。
でも、そう指摘されるのも無理はない。現にこうやって放送が滞ってるわけだし。私はできる限り責務を全うすべく顔を上げた。
夢幻:美味しかった点について挙げると、当然スープもなんだけど、ここは麺がいいの。細くてちょっと硬めで、あ、常識の範囲内でね。歯ごたえがあるっていうか、細さを感じさせない存在感をそっと演出してる感じっていうか。あと外せないのがチャーシュー。サイドメニューにチャーシュー丼があるんだけど、ラーメンじゃなくてそれを食べにくる人がいるくらいの人気メニューなの。柔らかくてお箸で千切れる系の、厚切りのチャーシューね。おすすめのトッピングはなんと言っても味玉。しっかりと味が沁みてて、中がとろっとろなの。通常のラーメンにも
菜華:夢幻、多分、そういうことじゃない
菜華が動揺している。かなりレアだ。私だって違う気がしたけど、だって話すこと思いつかないんだもん。私にできる【ちゃんと喋る】ってこれだけだったんだもん。
そうして無い頭をフル回転させて思い付いた。ラジオの手法を真似よう、と。
夢幻:はい! じゃあ次は菜華の演奏のコーナーだよ! また後でねー!
菜華:コーナーって……じゃあ、昨日発表された綺羅さんの新曲を弾く
昨日発表されたばっかの曲なのに弾けるんかーいと思いつつも、なんか色んな意味でライバルになった相手だし、菜華って綺羅さんの曲なんだかんだ全部弾けそう。まぁこれなら知ってる人もいそうだし、場は持ちそうだ。
死ぬほど強引に時間を作り出したけど、問題はここからどうするか。この間に木曽さんと連絡を取り合うのもいいけど……変なことを訊いたらすぐ近くで見てる志音達と交代させられそう。
何か、何か考えて……腕を組んで首を傾げていると、メッセージの画面が更新された。
——メール来てるよ!
なんと。確認してみると、確かに来ている。それも2件。あ、今3件になった。リアルタイムで増えていく。そっとブースの外を見ると、志音と知恵がタブレットを操作している様子はない。
もしかすると、これを聞いてる人達が「オイ、あいつら急にラーメンの話しだしたぞ。可哀想だからなんか送ろうぜ」となったのかもしれない。
なんでもいい、今はとにかく話題が欲しい。メールは頂いた順番に処理していこうと思う。
菜華:はい、おしまい。綺羅さんの曲はやっぱりあの人の手癖だらけで弾きにくい。少し納得いかないところがあった。もう一回弾きたい
夢幻:2回連続で同じ曲流す放送とか結構ヤバいからやめようね! この間にメールがいくつか届いてるから読んでみるね! みんな、ありがとう!
菜華はちょっとムスッとした顔をしている。そんな顔しないでよ……私、間違ったこと言ってないじゃん……。
これで話題が尽きることは無いだろう。私達の勝ちだ、出だしがちょっと転びかけただけ。大丈夫、まだ余裕で挽回できる。
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