第246話 なお、両手を4にして本気ダッシュとする

 私は学校支給の学習用タブレットを眺めていた。最後のペアが決まってから数分経っている。こちらから操作できることはない。今、先生の方でアームズの相性が悪そうなペアなんかを検証しているところらしい。

 これまでも、相性を考慮して先生がチームを考えてくれたことはあった。だけど、自分達でチームを組ませた後に検討されるなんてことは、初めてだと思う。

 今回のダイブがガチのヤバいヤツで万全を期す必要がある……? だとしたら、志音と組めなかったのは痛手かもしれない。なんだかんだ、あいつめっちゃ強いし。あと頭の回転も早い。井森さん達だって優秀だけど、使うアームズにかなり偏りがあるから、そこを補う必要があると思う。


「大丈夫かな」

「……」

「嘘でも大丈夫って言えや」


 私がつい零してしまった独り言を聞いた志音は、気の毒そうな表情をして顔を逸らした。そこは励ますところでしょうが。


「大丈夫って言ったら、「大丈夫なら替わって」って言うだろ?」

「まぁね。人間とはそういうものだから」

「意味なく主語をデカくするな」


 私達はタブレットを見つめながら会話を続ける。生徒全員の名前がグループに分かれていて、名前が淡く点滅していた。


「お。名前が点滅しなくなったヤツが何人がいるぞ」

「そこは確定ってこと?」

「みたいだな」


 私達の名前はまだ点滅している。この調子でひょいって私と志音の名前が入れ替わったら最高なのに。そしたらニッコニコで、「あの二人と一緒でも大丈夫だよ! あぁ〜〜〜替わってあげたいんだけど、先生の決定じゃしょうがないよねぇ〜〜〜」って言ってやる。


「うし。結局変更はなしだな。んじゃ、怪我すんなよ」

「は?」


 いや解せないんだけど。

 今のさ、入れ替わる流れだったよね。

 なに滞りなくチーム分け会議終了しちゃってんの??


「……待たせた。チーム分けに問題は見られなかった。これからお前達はダイブし、修宋学園の生徒と合流するように! 周囲に影響を及ぼすタイプのバグの攻撃も、わざわざ一人のデバッカーを避けるような親切はしないからな!」


 チームが確定したショックから抜け出せていないというのに、鬼瓦先生は次々とショッキングな通達をしていく。私の心にもう少し配慮しろ。


「せんせー。なんで最初から同じ地点にダイブできるようにしないんだ? VPならできるだろ?」


 鬼瓦先生にタメ口を利く女生徒は、うちのクラスには多分一人しかいない。知恵だ。っていうか声で知恵だって分かるんだけど。あいつはいつもの調子で、私も気になっていたことを聞いてくれた。


「仲間との合流、これはデバッカーにとって必須のスキルだ。むしろ今回の実習の肝と言ってもいい」

「なるほどなぁ」


 知恵はそう言って黙った。

 黙るな。「やだやだやだやだ! 最初からみんな一緒がいい!!」って駄々こねろ。

 私は心の中でめっちゃ応援するから。社会的に死にたくないから、自分がそれをやるのは絶対にイヤ。でも、そんな大変な状況下で人探しなんてもっとイヤ。無理。しかも一人、顔も知らない人でしょ?


「今回のダイブでは腕時計を装備させる。近くにまだ合流していないチームメンバーがいるときは振動するようになっているから、それをヒントに探すように!」

「ブレワイの祠探しみたいなモンか、って思ったでしょ」

「思ってねぇよ、変なことあたしに代弁させんな」


 近くまで行くと、それぞれの腕時計に番号が表示されるらしい。それなら人が密集していたとしても問題なさそうだ。


「また、合流相手の氏名や顔写真は無い。追加の戦力投入の場合など、デバッカーは現場で初顔合わせすることが少なくない。今のうちに慣れておけ」


 どんな相手かは会ってからのお楽しみ、か。名前はおろか、性別も分からない。どこにいるかも分からない、と。本当に祠探しみたい……。


「ま、なんとかなるだろ」

「あんたはなんでそんなに楽観的なの?」

「菜華のアームズは注目を浴びやすそうだからな。それでも見つからないときは、番号で呼び出しすりゃいい」

「はぁ!? ズルじゃん!!!」

「ズルではないだろ」

「ズルだわ! そんな迷子センターみたいな真似、私は許さないから!」

「番号で呼ばれる子供とかディストピアかよ」


 ズルい。あまりにもズルすぎる。こんな姑息な手を使うのはこいつらだけだろう。音で攻撃するって、隠密には向かないデメリットもあるけど、それにしても適した場面でのメリットがデカすぎる。


「質問がなければ、早速準備に移る。難しいことはない。手早く仲間と合流し、一体でも多くのバグをデリートしろ。それだけだ」


 はぁー。そんなこと言ったら宇宙に行きたいなら宇宙飛行士になるだけだし、国を動かしたいなら総理大臣になるだけなんだよなー。

 私は出かかった言葉と一緒にナノドリンクを飲む。やっぱり美味しいけど、今はこのいつもの味すら恨めしい。トリガーを装着して、ダイビングチェアに座り直す。


「準備が出来た者からダイブするように!」


 鬼瓦先生の声が広い実習室に響き渡る。まるで六畳くらいの部屋で叫んだみたいに。スピーカーいらずだなとか、もしかして先生もダイブ先で大きな声を出しながら仲間を探しまくった過去があって、そのせいで発声が鍛えられてあんな爆音で喋れるようになったのかなとか、色々なことを考えながら、かなり嫌々トリガーを噛んだ。



 ***


 目を開けると、そこは住宅街だった。本当にどこにでもあるような。現代風の民家が立ち並んでいる。私は車一台が少し余裕を持って通れるような道幅の丁字路に立っていた。


「うわこれ絶対めんどくさいやつ」


 どう考えてもめんどくさい。平原のような場所を想定していた私は膝から崩れ落ちた。アスファルトに手をついた瞬間、真上ですごい音が鳴った。


「は!?」


 背にしていたブロックが崩れて瓦礫が当たる。ちょっと痛い。だけど怯んでいる場合ではない。飛び退くようにして、ブロックがあった場所から離れた。


「ダイブした瞬間にこれか……」


 自分の不運を呪う。そこには首から上が無い、筋肉隆々の武士が立っていた。ちなみに、体長は2mを超えてると思う。たった今ブロックを薙ぎ倒したであろう刀を上段で構えると、ゆらりと私に体を向けた。

 めんどくささにショックを受けて地面に手を付いて無かったらめちゃめちゃ可哀想な退場の仕方をしていたのでは、なんてことに気付きながら、私は天を指す刀の切っ先を見つめる。


「……」


 首の無い武士は崩れそこなったブロックを跨ぐ。そしてじりじりと私に近付いてくる。やるしかない。私は両手を合わせてパン! と強く叩いた。


「はい! やって参りました、第一回札井杯! チクチクレースぅ〜!」


 変なことを口走ったけど、声を出すことには意味がある。ヤツが音を認識しているかを確認するためだ。反応は無い。もしかすると聞こえないのかも。ということは、菜華達のところに誘導しても無意味、ということになる。いや、そんなことないのか? いやいや、無さそう。あいつらの攻撃の仕様、ちゃんと確認しておけば良かった。だって顔がないバグとか想定してなかったし。


「こちらのレースは可愛い札井夢幻ちゃんを捕まえた方に、優勝賞金マイナス百万円を贈呈される、というものになっております!」


 私は振り返って走り出した。あんまり私を舐めるなよ。足はそんなに速くないけど、まきびしは本来敵から逃げたり遠ざけたりするためにあるんだから。

 自分の背後にちょっと大きめのまきびしを散りばめる。更に、等間隔にいくつかのまきびしをぎゅっと凝縮させた壁のようなものを設置する。道幅はずっと変わらない。自分の背後という見えていない場所であっても、その道を塞ぐイメージは容易かった。


 ガンガンザクザクという音が後ろで鳴っている。どう聞いても失速していない。あんたの足の裏どうなってんだよ。

 ヤツが通ったであろうまきびしの呼び出しを解除して、また自分の背後に設置する。あいつに変化があるまでこれを繰り返すしかないだろう。本当に足が動かなくなったら壁を作っている間にどこかに隠れるしかないだろうけど、耳が聞こえていないヤツって他の感覚で対象を追ってそうだし、見つかる予感しかしない。


 みんなも開幕バトルしててくれないと許せないんだけど、大丈夫?

 私はクラスメート達の不幸を祈りながら、ひた走った。



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