第245話 なお、気前よく貸すとする
私が現実逃避をキメ込んで「あーー」ってなってる間、隣からはかなり不穏な会話が繰り広げられていた。本当はそんなの聞きたくなかったんだけど、こそこそ話してるから。こそこそ話しているような空気を感じたときに聞き耳を立ててしまうのは女子の
「私達、分かれる?」
「……」
「家森さん?」
「考えてたんだよ。どっちかがアレと遭遇する、その事態も避けたい」
「それは、そうね。私達が分散すれば、単純にその確率が倍になる」
「うん。だから、あえて一緒にいた方がいいと思うんだよね」
「なるほど……」
家森さん達はひそひそと会話、というか作戦会議のようなものを続けている。お互いにダイビングチェアから身を乗り出して、顔を寄せ合って……そんな光景を想像しながらちらりと二人の方を見ると、二人とも先生の方を見ながら一切視線を交えずに話していた。人質になったときとかにするやり方じゃん、それ。
二人は一体、何をそんなに恐れているんだ。っていうかどっちかがって何? 家森さんの言葉には謎が多すぎる。あの人の性格を考えれば、「あたしはやだなー! 井森さんならどうなってもいいけど!」くらい言いそうなものである。
事情は分からないが、私が今すべきことはハッキリとしている。それは、あの二人とは組まないようにすることである。
どう考えても面倒事の類いだし、しかも私の予感が言ってる。あの二人は『アレ』とやらに遭遇するって。
っていうか遭遇してくれなきゃイヤ。高みの見物決め込んで笑ってるタイプが酷い目に遭うのを想像するとワクワクしてしまう。そして私はその場には居たくない。
それを確実なものにすべく、私は志音の肩に手を置いた。
「どうした」
「志音、今回はあの二人と組んだ方が」
「なんだよ、離れたくないって言ってたろ」
「事情が変わったの」
「いや気だろ、変わったの」
私は志音を説き伏せようと必死だった。実習の内容はもちろん怖いけど、それよりもあの二人が怯える何かの方がよっぽど怖い。
足音がする。ドタドタと。心当たりのある人物を思い浮かべながら顔を向けると、やはりこちらに駆け寄る知恵がいた。
「志音! 一緒に組もうぜ!」
「志音は今日は閉店しました! はい帰った帰った!!」
「何だコイツ!?」
「あたし、店だったんだな」
私はこちらへと駆け寄ってきた知恵を、鬼の形相で追い払おうとした。せっかく私が身の安全のために動こうとしたのに、なぁに誘ってくれちゃってんだ、このミニマム人間は。
しかし、ミニマムにも考えがあるらしく、簡単には譲らない。追い払おうと振った腕の手首を捕まれ、体が硬直する。私は、この冷気を知っている。これは。
「夢幻。まさかと思うけど、知恵を叩こうと?」
「はっ、はぁ〜?? まさかすぎるじゃんっ!? そんなの! ないですぅ……」
本当に知恵を叩く意図は無かったんだけど、恐怖で声が上擦る。直接的な危害を加えようとした疑惑のせいか、これまでに見た菜華の中でもトップ5くらいに怖い。そして私が怯えている間に、志音は知恵の誘いに頷いている。
「ちょっ! ねぇ! だめ!」
「なんだよ……今日はやけに必死だな。まさか、志音を取られたくなくて……?」
「はぁ!? んなワケ、そうでーす!」
「情緒大丈夫かお前」
志音本人の冷ややかな視線は、この際無視!
変に意地を張ってこの話題を終わらせてしまう前に!
やらなきゃいけないことが……! 言わなきゃいけないことがある……!
「私は、志音を井森さん達と組ませたいだけだから。オッケー?」
「変なこだわりのあるNTR愛好家のよう」
「知恵、ちょっとアンタの彼女黙らせて!」
「今のはお前が悪いだろ」
だぁれが小うるさいNTR愛好家じゃ。
菜華から飛んでくる不可解な尊敬の眼差しが鬱陶しい。どうしよう、変態の偉い人みたいに思われてたら。
「あー……あたしは二人と組むぞ。前も言ったろ。近接で戦えるあたしは、こいつらと相性がいい」
「でも……!」
私がこんなに必死なのに、志音はどうして分かってくれないんだろう。いつもは気味が悪いくらいに、私の気持ちを先回りして考えてくれてるのに。
「でも、近接でなら私も戦えるし、志音は色んな武器で戦えるから、井森さん達のチームでも活躍できるし」
「志音、お前の名前で申請出しとくぞ」
「おう」
「聞けや!!!」
私は慌ててダイビングチェアから立ち上がり、知恵の腕を掴もうとした。が、その前に掴まれた。私を捕まえるこの腕が誰のものかは、想像に容易いだろう。
「夢幻……?」
「違うから! 別に乱暴しようとしたわけじゃないから!」
「知恵! いいから申請ボタン押せ! 早く!」
「んあ? おう」
トン、と。知恵がタブレットを操作する。終わった。こいつら、マジで三人で申請出した。
そんじゃなー! と言って、さっさと自分の席へと戻っていく知恵と菜華。私はそれを茫然自失としながら見つめる。
そして、視線をゆっくりとこちらに戻す。志音と視線を合わせると口を開いた。ある確信を胸に秘めたまま。
「志音、あんた……」
「おう。今回はあたしも井森達はパスだ。絶対面倒だろ、あいつらが抱えてる何か」
「聞こえてたの!? くっ……! 謀ったな……!!」
「むしろ、お前の隣にいるのにあたしだけ二人の会話が聞こえていないと思っていたそっちの落ち度だろ」
「だって……なんか「明日目が覚めたらマシュマロに囲まれてたらいいのにな」って顔でぼんやりしてたから……聞いてないかと」
「あたし、そんな憎めないアホ面してたのか」
低い声でひっそり傷付いてる。面白い。
ずっとそんな志音を見ていたかったけど、私にはやらなきゃいけないことがあった。それは何か。簡単である。そう、家森さん達以外のパートナーを見つけること。
結局はそういうことである。私だって知り合いくらいいるし。木曽さんとか。木曽さんのパートナーの八木君もどちらかと言うと話しやすい男子だし、大丈夫。
私は心を抑えながら手元にあったタブレットを操作する。まだチームが決まっていない人の一覧を表示させると、そこに木曽さん達の名前はなかった。なんでだろう、心のどこかでちょっとそんな気はしてた。
「やっほー」
「び……」
「あら、可愛らしい鳴き声」
うるさいわ、鳴き声じゃないわ。なんなら泣き声だわ。
顔を上げると、そこには私が今一番関わりたくない二人がいた。ちらりと横を盗み見ると、志音は妙に無表情でこちらを見ていた。こいつ、心の中で「あはは、ウケるー」って思ってる、絶対そう。許せない。
「私達と組んでくれるかしら?」
「え、えっと」
「他の人たちはサクサク決まっちゃってるよー?」
「で、でも」
「逆に聞くけど、この残りのメンツで札井さんが話したことある人、いる?」
「それくらい、い……いない……!」
私はタブレットをすいすいと操作した後、絶望した。
やれやれ、これだから高嶺の花は。私くらいになるとみんなに遠慮されちゃうからね。もっと気軽に話しかけてくれて全然いいんだけど……。
話したことの無い人と上手くやれる自信? 無い。っていうかそんなのあったら多分いまこんな交遊関係になってない。
「あたしらならきっと上手くやれるよ。ね?」
「ぐ……」
「何度も言うけど、私達って相性抜群なのよ。ねぇ?」
「ぐぬぬぬ……」
井森さんが相性抜群とか言うとなんか別の意味に聞こえるからちょっとやめてほしいんだけど……でも、二人は強いし、戦いやすいことは間違いない。しかも、今回の実習はたくさんのバグと戦うらしいし……。
志音は……なんか複雑な顔してる。なんだ? さすがに同情してくれてるのか? あぁそうだよね、自分の恋人が面倒に巻き込まれそうになっているのに、ニコニコできるワケないし……。
「というわけで、志音。札井さん、借りるね!」
「おう!」
志音は満面の笑みで答える。
きっさまぁあ!
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