合同演習
第244話 なお、離れたら即座に漏らすとする
あの体育の授業後、志音は強い女という地位を不動のものにした。これまでだって体育で時たま活躍して見せたけど、ガチンコバトルに近い競技の頂点に立ったのだ。そのインパクトの強さは計り知れないだろう。
男子達の反応は特に面白かった。井森さんに想いを寄せる八木くんは、井森さんが志音と戦って破れたと聞き、心底彼女に同情していた。ガタッと立ち上がり、慌てた様子で、怪我はないかとか、怖くなかったかとか、もう済んだことなのに色々と口にしていた。だけど、それが決勝での出来事だったと聞いて黙った。
っていうか唯一あいつに太刀打ちできたのが井森さんだったからね。弱いだなんてとんでもない。八木くんより強そう。
そして迎えた今日。なんと4時間ブチ抜きの高度情報技術科の授業があり、私達は朝からA実習室に集められていた。
時間割が配られた時、誰もが「えっ?」と声を漏らした。ちなみに私は凪先生がついに狂ったのかと心配した。誰かが時間割を配ったばかりの先生に質問したのを覚えている。先生は言った、間違いではない、と。しかし、詳細は明かされなかった。
チャイムが鳴ると同時に、既に待機していた鬼瓦先生が生徒達に声を掛けた。彼が手元の機器を操作すると、ダイビングチェアのモニターに、本日の実習概要が表示される。
「まずは概要を読んでくれ。説明はその後でする」
――合同演習概要
タイトルを見て目を見開く。合同とは、どこの組織との合同だろうか。咄嗟に思い浮かんだのは高度情報処理科、つまり夜野さん達だけど……だとしたら明らかにこれまでとは趣が違う。なんていうか、いつもより大げさな感じだ。
隣を見ると、志音は口元に手を当て、「は?」という表情でモニターを見つめていた。え、何、そのリアクション。
気になった私は、遅れを取り戻すように急いで読み進める。そこに書かれていたのは、デバッカーとの合同演習であるということ。そして……。
「
聞いたことのない学校の名前だ。え、いくつの人達? 私達と同じ高校生、だよね……?
修宋学園についての疑問は尽きなかったが、とりあえずは全部を読むことにする。
――修宋学園所有の
――編成は鈴重高校の高度情報技術科の生徒三名、修宋学園の生徒一名とする。
う、う、うっそだぁ~。嘘だよね?
これはつまり小テストのようなもの。生徒数のバランスを考えると、知人と組める分、私達はまだマシかもしれない。一人で知らない学校の生徒と組む妄想をしてみる。
あ、あの、初めまして、私、札井夢幻って言います。えっ? ねぇ今の聞いた? すごい名前、ウケる。しー、聞こえるよ(笑)
よし全員殺そう。皆殺し決定。
「そろそろか。では、これから補足していく」
私が架空の女生徒達を処分しようと決めたところで、鬼瓦先生が話し出した。引き続き妄想に勤しみたいところだったけど、モニターに表示されている概要だけではイメージが掴めない。私は素直に彼の話に耳を傾けた。
「修宋学園の名を聞いたことがある奴は……いないだろうな。うちのような高校は、他所の高度情報技術科と協力することがある。修宋学園はその一つだ。ここにはデバッカー養成のクラスが一つしかないんだ」
均一なバランスでメンバーを組むならこちら3人に対して、向こう1人がちょうどいい、と彼は続ける。
クラスが一つしか、なんて言い方をしているけど、それはちょっと語弊があるっていうか。うちみたいに、”対バグ”に関する科が4クラス分もある方がおかしいのだ。かなり規模が大きな方と言っていい。都心の方に行けば、専用の高校もあるらしいけど、そんなのは例外として。
「ちなみに、修宋学園はうちの高度情報技術科と、高度情報処理科を融合させたような授業をしている。デバッカー養成科、という名前だ」
いっそデバッ科ーって名前にすれば良かったのに、なんてことを考えながら横を見ると、志音は「ふーん」って顔で先生の方を見ていた。めっちゃ興味なさそう。
「志音、修宋学園って知ってた?」
「知るワケないだろ。名前すら初めて聞いた」
「だよね」
「あたしもお前に訊こうと思ってたんだけど……お前も知らないのか」
志音は意味深なこと呟いて、私の奥を見つめた。なんだ……?
「じゃあ、アレ。なんだと思う?」
「……?」
視線を辿って振り返ると、井森さんと家森さんが明らかに「ひゃわわ」という顔をして固まっていた。
なんだアレ。っていうか、あの二人、あんな顔できたんだ。コミカルなホラーアニメみたいな顔してる。
しばらく二人を眺めていると、鬼瓦先生の鋭い殺気を感じたので、すぐに視線を前に戻した。サボってません。ちゃんと話聞いてました。で、今なんの話してたの?
「つまり、VPとはいえ、普段のフィールドと差異は無いように感じるだろう。同士討ちにだけは気を付けろ。チーム編成については、今回はお前達に委ねる」
これからチーム編成を考える時間か? と思い、立ち上がろうとしたが、鬼瓦先生の話はまだ終わらなかった。というか、むしろここからが本番だとでも言うように、一層語気を強める。
「いいか。向こうは一人だ。決して仲間外れにしないように。疎外感を感じさせてはいけない。お前達が逆の立場だった時のことを考えろ。作戦を立てる時も、必ず相手の意見を聞くように。多数決は危険だ。皆が納得して取り組めるよう工夫しろ」
先生はずっと喋ってる。目付きが普段の倍くらい怖い。先生……ずっとぼっちだったらしいし、色々と思うところがあるのだろう。
私と志音は同情の眼差しを向けていたが、彼のそんな生き立ちを知る人間はここにはほとんど居ない。事情を知っている井森さんと家森さんはずっとコミカルホラーアニメ顔で固まってるし。他の生徒達なんか、「そうだよな……ここで悪評が広まる可能性だってあるかもしれない」なんて言っている。
先生が極めて合理的な観点から口すっぱく注意をしていると思っているようだ。確かにそういう考え方もあると思う。
でもね。あのね、違うから。先生、合理的どころか、今かなり感情的になってるから。
「それに、人間関係の軋轢はそのまま士気に関わる。お前達の誰かがピンチになったとき……いや、いい。なんでもないい。きっと分かってくれただろうから、この話はもうやめよう」
先生……やっと正気に……。
それから、私達はダイブの方法などの説明を受けた。各グループが順番に、1分置きにダイブし、同地点にやってきた修宋学園の生徒と合流してその場を離れる。これを繰り返すらしい。ちなみに、開始時間も決まっている。今回は合同演習なので、時間は厳守しなければいけないらしい。
それにしても、みんな一斉にダイブして適当な子に声を掛ければいいのに。……いや、あの鬼瓦先生がそんなことを許す筈がない。余った子の気持ちに千億%寄り沿う彼だ、企画の段階で却下するだろう。
学園所有のVP空間はかなり広いらしい。外の空間に限りなく似せた、広大なVP空間。ずっと違和感があったけど……その正体がたった今、やっと分かった。そして、私は挙手をすると、その疑問を臆することなく先生にぶつけた。
「なんでわざわざVP空間でやる必要があるんですか? バーチャル空間に似せた場所を作るくらいなら、普通にダイブしてバグを倒した方がよくないですか? 微々たるものですけど、バーチャル上の治安も良くなりますし」
「いい質問だ、札井。確かにお前の言う通りだ。しかし、それではバグの数が足りない」
「……?」
もう嫌な予感がした。バグの数が足りないって言い回しが不穏過ぎる。聞きたくない。耳を塞ぎたかったけど、質問した手前そうすることもできず、私はガンギマリ顔で迫ってくる事実と向き合わざるを得ない。
「今回の授業では撃破効率や機動力、突破力なども見させてもらう。つまりだ、普通のバーチャル空間でバグに遭遇する頻度とは比べものにならないくらい、次々とバグに襲われることになる」
「ぴよ……」
「自分達の弱点と向き合え。今回の課題でもある。さぁ、時間が無い。早速グループを作ってくれ。出来た順からナンバーを振っていくから、モニターのタッチパネルから申請を出すように」
先生は、パンパンと大きく手を叩く。みんなは目当ての生徒へと向かい、早速交渉を始めたようだ。だけど、私は井森さん達と同じような表情を浮かべて、座ったまま志音を見つめた。
「どうした……?」
「私、志音と、離れたくない」
「もっと違うシチュエーションで言って欲しかったヤツ」
志音は強い。こいつといれば大丈夫。
なんかよく分かんないけど、私があーーってなってる間に全部綺麗にしてくれる。
というかしといて。今からあーーってなるから。よろしく。
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