第243話 なお、このあと3回食い下がったとする
前回までのあらすじ。誰のせいかは分からないけど、体育で相撲をすることになった私達はトーナメント戦を戦っていた。知恵は志音と当たって負け、井森さんは家森さんとのバトルを見事に制し、戦いの後で精神を抉られていた。菜華はというと、知恵が居ない相撲に意味はないと言わんばかりに新手の棄権か? って訊きたくなる勢いで土俵の外に移動し、私は木曽さんに普通に負けた。これが前回までのあらすじ。私、惜しかったよね。え、最後は心当たりがない? 黙れ。
私はのっそりと体を起こし、心配そうな表情を浮かべている木曽さんを見上げた。
「いたた……」
「札井さん、大丈夫? ごめんね?」
「大丈夫、ちょっと肩から落ちただけだし」
「想像以上に弱くて力加減間違えて吹っ飛ばしちゃってゴメン」
「追い打ちかけるのやめて」
誰が想像以上に弱いだ。
せめてかをつけろ、かを。
かよわい。
はい素晴らしい。一気に私に相応しい言葉に変化した。
私はイノシシの如く突進してきた木曽さんにぶっ飛ばされ、土俵際で踏ん張ったものの、バランスを崩して左肩から落下したところだった。
差し出された手を素直に取って、やっと立ち上がる。肩を貸してくれそうな仕草を見せたけど、足はなんともなかったので遠慮した。
観戦していた場所に戻るため、歩き出してようやく気付く。負けて土俵を後にするときって、こんな屈辱を伴うんだね。知らなかった。
木曽さん……キツい顔はしてるけど、結構華奢だし、放送部だから油断してた。というか、本人もまさか自分があんなに相撲が強いって、知らなかったんだろうな。いや、さっきのは相撲だったんだろうか。アメフトなんかのタックル練習の方が似てた気がするけど。
何はともあれ、木曽さんが次で負けると私の雑魚さがより強調されるから、できれば準優勝くらいしてほしいところである。
「おい、大丈夫だったか?」
「まぁなんとか。医者の話では、鷹屋のラーメンを食べると完治するみたいだね」
「大丈夫そうだな」
このゴリラに、木曽さんが勝てるとは思わない。だって種族が違うんだもん。っていうか志音が優勝してくれなきゃ嫌だ。他の誰かに負けたら、こいつのアイデンティティが無くなる。
木曽さん&井森さん善戦、志音優勝。これが誰も傷付かない最適なルートだと思う。井森さんは家森さんに酷いこと言われてたから、スリムなんです私アピールの為に、次の戦いでは菜華戦法に出るかもだけど。
***
そして迎えた決勝。カードは志音と井森さんだった。井森さんは、彼女なりに葛藤があったようだが、全力を出し切ることにしたらしい。あの人のことだから、口説いた女の子に「この間、相撲の授業で優勝したわ」なんて言ってそう。いや、そんなこと言われたら反応に困るな。やっぱ言って欲しくないな。
ちなみに、木曽さんは2回戦敗退だった。負けるの早ぇんだわ。私の雑魚さ強調するのやめてって言ったよね。心の中で。そして彼女を負かした子も、次に井森さんと当たって敗退した。初戦で井森さんに当たってなくて良かったって、心から思ってるよ。
「いよいよ決勝だな! 二人とも、嫌じゃなかったらこれを付けてくれないか?」
凪先生は、土俵に登った二人に何かを手渡している。ほとんど透明のそれがなんとか視認できているのは、周辺が光でキラキラしているからだ。あれは……?
「まわしがなくてみんな不便そうだったから。舞台を作るプログラムの応用で作ってみたんだ」
「なるほど。あたしはいいけど、井森は?」
「私は嫌なので、志音さんだけ付けて下さる?」
「あたしだけ掴まれやすくなるじゃねぇか」
井森さんの言い分に、一瞬納得しかけてしまった。そうじゃん、志音だけしてたらあいつが不利じゃん。さらっとワガママこきながら自分が有利になるように運ぼうとするなんて、恐ろしい女だ。
「……まぁキラキラしてて面白いし、しょうがないわね」
「偉いぞ、井森! これでお互い手加減無しで戦えるな!」
実を言うと、まわしが無くて一番大変な思いをしていたのは生徒達じゃなくて凪先生だったんじゃないかと思う。熱くなってちょっと本気を出すと、それと一緒に自分と対戦相手のお腹やパンツの一部まで出てきてたからね。さぞかし目のやり場に困ったことだろう。
二人はベルトのようなそれを下から履いて、どこをどう調節してるのかは分からないけど、ぎゅっと腰に固定している。あぁ、あれだ。私に足りなかったもの。あれさえあれば、私は本気を出すことが出来たんだ。少なくとも木曽さんには勝てただろう。そういうことにしておく。
それまで、自分の手のひらを出して試合を始めていた先生だったが、行司が持っているうちわのようなものも作ったようだ。あれも例に漏れず、キラキラしている。
先生、本当に楽しそう。プログラムで作ったキラキラは、先生が発する「楽しい!」のキラキラオーラにちょっと負けてる気すらする。
「別に勝ちたいワケじゃないけど、お前、もしあたしに勝ったら……いいのか? 家森に言われてたこと」
「よくはないけど、私のバストが豊満なのは事実だしね? 否定しても無意味というか」
「……そ、そうか」
今の間の意味。分かる。「豊満なバスト? 家森が言ってたのは胸じゃなくて体重の話だろ?」って思ってたんだと思う。だけど、あいつは賢いので、それを指摘したらこれからの試合で大変な目に遭うから、口を噤んだのだろう。
「みあってみあって〜……はっけよぉ〜い、のこった〜!」
先生がノリノリ過ぎて。ずっとやりたかった夢を叶えてるみたいな真剣さなんだけど。
二人は先生の声を合図に、正面からぶつかり合った。
先生は声をあげながら、腰を落としてキラキラしているうちわのようなものを構えて、反復横飛びみたいな動きで二人の近くをチョロチョロしている。
煽ってるようにしか見えないけど、私にはほっとく以外の選択肢がない。
「ぅお!?」
「くっ……!」
先生が謎の動作で煽る間も、二人の力比べは休み無しで続いている。互いに回しを掴んで睨み合っている。
先に仕掛けたのは井森さんだ。体勢を崩しかけた志音だったが、すぐに持ち直した。志音をあそこまで動かせる井森さんもすごいし、あの体勢から生還した志音もやっぱりヤバい。
「あの二人……相撲してるみたい……」
「みたいじゃなくてそうなんだよ」
私の独り言を、側にいた知恵が拾う。その隣では菜華がうんうんと頷いている。うるせぇよ初戦でひとりでに吹っ飛んだくせに。
井森さんは志音の圧に付いていくので手一杯らしい。表情がそう言っている。と言っても、今はもうほとんど下を向いているので、彼女の顔は見えないけど。
全力で志音を打ち負かそうと、不意を突いて色々な方向に回しを引っ張っているようだ。それ、上手く受け身取れなかったら取り返しのつかないことになるやつだよね。
「あたし、あんなに必死な井森、初めて見たぞ」
「私も……バグを退治する時ですら、いっつも余裕しゃくしゃくって感じなのに……」
「それな。なんか特別な事情があんのか?」
「そんなのある? 考えにくいけど」
私達ギャラリーは気楽なものだ。井森さんの力の入りようを見てると、こっちも力みそうになるけど、それだけ。私と知恵の呑気な会話を聞いていた菜華は、簡潔に感想を述べた。
「碧が負けられないのは当然。太っていると思われようと、勝つ道を選んだのだから。ここで負けたら、勝利を選んだ意味が無い。ただの弱いデブになる」
「菜華、言い方」
「確かに今のよくなかった。負ければ、碧は見かけ倒しの肉ダルマになる」
「悪化してんだよ」
言い方は最悪だったけど、菜華の説明の通りで間違いなさそうだ。私だって、全てを捨てる覚悟で挑んだことで負かされるのはイヤだ。普通に悔しいだろう。
そう思うと井森さんの応援をしたい気持ちになってきた。しかし、私の心が傾きかけた時、勝敗がついてしまった。
「!?」
「っと。悪ぃな」
熱くなり過ぎて攻め手が単調になっていたところを、志音は見逃さなかったようだ。井森さんと押し合っていた力を抜き、懐に導くように彼女を引き倒す。体勢が崩れてからはあっという間だった。
井森さんは「んでぃっ」という情けない声をあげて、地べたに前方から倒れる。いま「んでぃっ」って言った。
私は「ねぇ今「んでぃ」って言ったよね?!」と確認したい気持ちでいっぱいだった。しかし、何かがおかしい。そうだ、普段なら、誰よりも先に家森さんがイジり倒すはず。
家森さんは私達よりも土俵に近いところで観戦していた。あの立ち位置で聞こえていなかったという事はないだろう。しかし、彼女は何も言わなかった。
この学校に入学して、半年くらい経つ。あの家森さんがイジらないことをイジる勇気は、ない。「あ、これ茶化したらガチでヤバいやつだ」とさすがの私も察して、とりあえず二人の戦いを讃えるように手を叩いた。
ムスッとした顔で体を起こす井森さんと、それに手を貸す志音。二人を誰よりも真剣な眼差しで見つめているのは凪先生だ。感極まっているのか、何故か一人で泣きそうになっている。ややキモいな……。
凪先生が今の取組について解説している。当然誰も聞いていない。井森さんはもちろん、志音ですらこちらへと戻ってきた。すると、意外なことに、菜華が早歩きで井森さんに近付いた。
「碧、大丈夫? さっき、んでぃって言ってた」
「…………えぇ、平気よ」
「でも普通はんでぃっなんて声は出ない。さすがの私も心配になる」
「平気よ」
おい知恵、あのクソバカを止めろ。速やかに。
何回本人に向かって「んでぃっ」って言うの。やめて。
「そう……んでぃっだなんて、碧らしくない」
「ははは……そうかしら……あの、もうこの話はやめない?」
「でも」
「やめない?」
凪先生の解説なんてどうでも良かったのに、二人の会話を聞いていたらストレスで現実逃避したくなってきた。なんか急に相撲に興味湧いてきちゃったっていうか先生の話が有り難く感じて来ちゃった。
見兼ねて止めに入ろうとした志音から少しずつ距離を取り、身の安全を確保する。そうして私はチャイムが鳴るまで先生の話に、熱心に耳を傾け続けた。相撲って素晴らしい。
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