第242話 なお、一撃必殺とする

 平日の真っ昼間、女子高生達のきゃいきゃいという声が響く体育館。和やかでいいと思う。私はその輪の中に混ざりたいタイプの女子じゃないけど、ぼんやりとそれを眺めることには若干の安堵感と慣れを感じる。


「……」


 私がこうして無理矢理にでも日常を享受しようとしているのにはワケがあった。隣に立っている志音もそれが分かっているのか、何もツッコんでこない。というか、もしかすると、志音も私と同じ気持ちなのかもしれない。


「二人ともお疲れ様。じゃあ次は……井森と家森だな! 二人とも土俵に上がって!」


 そう、私達の眼前では相撲が行われていた。凪先生が二人の名を呼び、緊張が走る。緊張を感じているのは私達くらいだろうだけど。知恵達も何か思うところがあるかもしれないが、少し離れたところに立っている二人を見ても、その横顔は平然としていた。

 これまでは女子達の「え!? 案外強いじゃん!?」とか「運動部には勝てないってー」なんてほのぼのした声が響いていたけど、もうそういう空気じゃないの。急に戦場いくさばになったの、ここは。


 よいしょ……という感じで、井森さん達は寄りかかっていた壁からゆっくりと離れ、落ち着いた様子で土俵へと向かう。一瞬視線を交錯させたように見えたけど、二人は結局一言も交わさないまま、持ち場についた。

 腕を脱力させてじっと相手を見つめる家森さんと、頬に手のひらを当てて困ったように笑う井森さん。両者を見ると、先生は家森さんに冗談めかして言った。


「あんまり井森をこわがらせないようにな」

「あはは! 大丈夫大丈夫! 頭から落ちるように土俵から放り投げて、指差して笑ったりしないよ!」

「やけに具体的だな……」


 あれもう犯行予告だろ。

 なんてったって目が笑ってない。完っ全に据わってる。


 家森さんも恐ろしいけど、それを普段の表情で聞き届けている井森さんも大分怖い。返り討ちにしてやるオーラのレベルがMAX。

 周りで見ていた女子達も、手加減してあげなよーなんて声を掛け始めた。おそらくは家森さんに言ってるんだろうけど、私としては手加減すべきは井森さんの方だと思う。リアルの彼女の腕力を確かめたことはない。が、バーチャルであんな馬鹿デカい得物を振り回しているのだ、非力なワケがない。見た目が大きいだけで、軽量にして呼び出している可能性は、彼女に限ってはないのだ。何度か見た立ち回りから、重さごとブン回しているのは間違いないと思う。

 リアルで出来ないこともバーチャルでは出来る。それは大いにあると思う。だけど、ダイブをするようになってまだ一年も経っていない私達が到達できるような領域ではない。だから、井森さんの腕力は人並み以上だし、家森さんはリアルでもバク宙ができると見ている。


「パワーの井森か、スピードの家森かってところだな」

「手持ちのモンスター戦わせるタイプのゲームみたい」

「それ本人達に聞こえてたらお前ヤベェぞ」

「志音が言ったってことにするから大丈夫」

「あたし、可哀想だな」


 見守る、いや、この戦いを見届けようとする私達の緊迫した空気も知らずに、凪先生はちょっと作った野太い声で取組の合図を出す。ノリノリやめろ。

 開始と共に飛び出したのは、やはりと言うべきか、家森さんだった。腰を低く落として井森さんに向かって行く。が、井森さんは体の向きを変えて、それをスッと回避した。あんなに火花を散らせてたから、私はてっきり正面から受けると思ってたけど……。

 家森さんはすぐに踏み留まり、背後を狙われる前に振り返った。だけど、井森さんにその様子はない。もしかして、井森さん、そんなに怒ってない……? クラスで演じてるキャラを守ることを優先しているような……?


「あら。そのまま落ちてくれて良かったのに。滑稽よね、張り切って一人で勝手に負けるって」


 はい、今の無し。取り繕う余裕も無いくらいキレてるし、めっちゃ性格悪いこと考えてた。

 私だったら「はぁ〜!?」って言ってそのまま飛びかかってくと思うんだけど、家森さんは違った。呆れたようにため息をつき、首を傾げて井森さんを見つめたのだ。そして言った。


「あのさぁ。そういうの無しでヤろうよ」


 絡め取るような視線が井森さんにまとわり付いている。家森さんの目は、ギラギラしているのにどこか仄暗い。あの気に食わない女を早く負かせたいと言っているようだ。

 対峙する井森さんの表情は見えない。けど、少なくとも臆してはいないようだ。ずっと頬に当てていた手を離し、腕を組む。


「……怪我しても知らないわよ?」


 ひぇ……。


 ここがバーチャル空間なら、間違いなくこの場を離れている。だって、戦いに巻き込まれたらこっちまで怪我しそうだし。

 ちなみに凪先生は端の方に寄って棒立ちしている。他の女子の試合では、嬉しそうに「のこった〜! のこったのこった〜!」と言いながら周りをうろちょろしていたのに。


 そして両者は腰を落とし、一直線に相手へと前進した。体がぶつかる音がこちらまで聞こえてくる。かなり激しい衝突だ。


「こぉんの……!」


 家森さんは井森さんのジャージを掴む。腰のゴムのとこ。それ、下手したらパンツ見えるから。まわし付いてないから、やりにくいんだろうけど。

 ジャージをぎゅっと握った家森さんは、土俵際に井森さんを追いつめようと体を捻る。が、次の瞬間。彼女の体が浮いた。


「っ!?」


 ねぇ。まわし無いのがやりにくいのは分かったから。

 相手の股に手を入れるのやめて。


 井森さんは家森さんの股下に右腕を入れ、左手で彼女の肩を掴んだまま投げ飛ばした。ホントに、ゴミを捨てるみたいに。ぽーいって。

 驚いた表情で吹っ飛ぶ家森さんだったが、滞空中に何が起こったのかをやっと理解して、「えぇぇー!?」と声を上げた。井森さんは、そんな彼女の敗北の瞬間をその目に焼き付けようとしている。


「いだっ!」


 床に落ちた家森さんは聞いたこともないような声を上げて、だけどすぐに立ち上がった。肩を押さえている。もしかすると着地の時におかしくしたのかもしれない。心配ではあるんだけど、なんかバトル物の漫画の主人公みたいだからやめて。

 しかし、そんな彼女に追いうちをかけるように井森さんは言った。


「え、よわ」

「……」


 悪魔かあいつ。

 嘲笑するような調子ではなく、心底驚いたという表情で、口元に手を当てている。

 煽り上手さんめ。


「よっわ」

「……」

「弱すぎてびっくりしちゃったわ」


 土俵の上、少し高くなったところから家森さんを見下ろすのは随分と気分がいいのだろう。井森さんが最高に上機嫌なのが見て取れる。驚いた顔を維持できずに、口元がほにょほにょしている。笑いを堪えているっぽい。やっぱ悪魔だな。


「あんなにイキリ散らかしてたのに。乙さんといい勝負なんじゃない?」


 井森さんがそう言うと、家森さんは意外な反応を見せた。驚くことに、「……あぁそうかも」と呟いたのだ。腕を組んで、一人でうんうんと納得している。


 なんだ……?

 思ったよりも井森さんが強いから媚びておこう、ということ……?


 私は志音と目を合わせて、首を傾げる。土俵から降りながら、井森さんも混乱した表情を見せていた。そして家森さんは続けた。なんてこと無いって顔で。


「知恵相手なら体重差あんまり無いだろうし」

「……は?」


 私は手を伸ばし、志音のジャージの裾をぎゅっと掴んだ。今の、絶対ヤバいって思ったから。体が自然に助けを求めてた。

 しかも、二人は何故か並んでこちら側に歩いてくる。さっきは土俵挟んで向こう側に立ってたじゃん。ねぇ。戻って。

 近付いてきたおかげで、さっきよりも家森さんの声がクリアに聞こえる。そして、ピキッ! ってなってる井森さんの表情もよく見える。


「やっぱ本物には敵わないなー」


 家森さんはケラケラと笑いながら、頭の後ろで手を組んだ。普段なら穏やかな笑顔で言い返している井森さんが、「負け惜しみはやめたが方がいいわ」って震えた声で言ってて、なんか悲しくなった。

 てっきりキレ散らかすと思ったけど、そんな感情を通り越してしまったようだ。反論できない事実に、打ちひしがれているっぽい。可哀想。


 視線の奥では次の試合が始まっていた。そして即効で終わった。

 棒読みの「うわー」という声と共に、菜華が土俵を下りたのだ。多分、知恵が居ないからやる気が出なかったんだと思う。平常運転のあいつを見ると、ちょっとだけ元気が出た気がした。


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