第247話 なお、ボリショイ感の強い移動方法とする

 ガシャンガシャンとか、ズガンズガンとか。そんな音がさっきから鳴り止まない。

 私は、首の無いムキムキの武士みたいなバグから、全力で逃げていた。というか、あれバグだよね? 修宋学園の生徒だったら合流を拒否するけど。


 ある希望を胸に、私は駆けていた。少し先に見える十字路。私はそこを右に曲がる。ただ曲がるだけではない。まず、背後には何重にもまきびしウォールを作り、曲がったところを見えないようにする。そして、私が曲がったあとは左右の道は塞ぐ。直進する道だけ残して、さらにこれまでと同じようなトラップもダミーとして設置しておくのだ。

 体力も早々に尽きそうだし、これが成功してくれなきゃ控えめに言って死ぬ。いや現実的に言って、良くて後遺症を負ったまま生きることになる。考えれば考えるほど憂鬱だ。でも、あの強そうな刀でスパッとやられて五体満足でいる自信が全くない。


「くっ……!」


 走る。考える。走る。考える……のがちょっとダルくなってくる。

 もし右にあいつが普通についてきたら? そんな想定で考え事をしていたけど、あいつがついてきたらどうするって、そんなん泣き叫ぶに決まってんでしょ。

 そこからさらに、もう一つ何かをするなんて。思いつかないし、メンタルが保たないし。考えなきゃいけないのは、分かる。これまでの私はだったら分からなかったかもしれないけど。色々実習をして、施設を見学して、志音のお母さんと会って。デキるデバッカーへの必須条件は、選択肢を常に用意しておくことだと感じている。

 アレが駄目だったらコレ。コレも駄目だった次はこうする。そうやって、思考を絶やさずに立ち止まらないのが大事なんだって思う。


「分かってる、私は成長した。と、思う」


 少しだけこの世界を見て。触れて。無理だと言われていたVP体験室の許可証も手にいれたし。人って、やれば案外できるもんなんだなって、日々思い続けてるとこ。


「いやああぁぁぁぁ!」


 曲がって駄目だったときのことなんて思い付かんわ、アホめ。

 たかだか半年そこらが人が変わるワケないでしょーが。私は私。

 そんなすぐにポンポン思い付くなら苦労しないっての。


「まぁたふりだし、か……」


 息が上がってきたのを自覚しながら、私は曲がる予定だった十字路に辿り着き、曲がらずに直進した。曲がった先の道が分からなかったから。すぐ行き止まりになってたとしたら? そしてそれをあらかじめ確かめる術はない。だからやっぱり曲がるのを止めた。


「うおおおぁぁあ!」


 視界が開けている前の道の方がよほど安全だ。その読みは的中していた。通りすがる時にちらりと右の道を見ると、行き止まりになっていた。猫達がわらわらとたむろしている。可愛いけど、危ないから逃げて。


 ダイブ直後に慌てて駆け出して、謎のレースを始めた私だけど、やっと頭が冷えてきた。あんなアホに構う必要はないんだ。

 私はまきびしを小さく小さくイメージし、それらをぎゅっと凝縮するイメージで空中に呼び出した。形状はつり革の丸い部分。自分で持つからものすごく小さくイメージしたけど、普通にめっちゃ痛そう。

 空中に現れたそれをぎゅっと握ってみる。いやチクってする。普通に痛い。もっときめ細かくイメージできるように練習しないと。とりあえずは制服の袖の中に腕を引っ込めて、こいつで手のひらをガードするとしよう。


 そう、私は、新たな宙に浮く方法を試しているところだ。あとつり革の形、結構握りにくい。やっぱり棒状に変形して、両手でぶらさがろう。


「ほっ!」


 がっちりと結合させたまきびしスティックを水平に構え、前に跳ぶようにジャンプした。自分の体が一番高くなったと感じたところで、まきびしちゃんの高度をぐんぐん上げていく。


「わっ!」


 体が浮いて、戻らない。右肩上がりに高度をあげていく。腕が結構痛いけど、しばらくなら保ちそうだ。あの厄介なバグはと振り返ると、刀でも投げてこない限り私には攻撃できないようなくらい離れて——


「のわぁあ!!」


 飛んできた鋭い光を避けようと、私の体は大きく右にブレる。びっくりしてまきびしを動かしちゃったけど、っていうかそれ自体は全然問題ないんだけど、いかんせん私の腕力が付いてこない。


「は?」


 刀投げでもしなきゃみたいなこと言ったけど、それは例え話だから。

 別に投げて欲しいってワケじゃないから。

 何の躊躇もなく、自分の刀を槍投げみたいに全力で投擲するな。


 バグは悔しそうに私を追い掛けていたが、すぐに足が止まった。見失ったと判断したのか、辺りをキョロキョロと見渡している。

 やった、逃げ切った、逃げ切ったぞ!


「死ぬかと思った……」


 私は近くの民家の屋根に着地する。そよぐ風が心地良い。あと腕がめっちゃ痛い。これ以上は危険だ、一旦休憩。疲れてるの分かってるのに空中の移動を続けるとか、それもう自殺だし。

 三角屋根のおうちじゃなくて、平らな屋根がいいと、選り好みしていたら休憩が少しだけ遅れてしまった。

 まきびしスティックはそのままではチクチクして握れないので、制服の袖で自分の両手をガードしていた。持ち歩くくらいならまだいいんだけど、ぶら下がるとなると、やはり手にかかる負担が大きい。


「小さいものをイメージできるようになるのって、意外と急務かも」


 さっきは走っている勢いを殺さないためにも、棒に掴まるという手段を取ったけど。魔法の絨毯的なものを作れるようになったら、めちゃくちゃ楽なのでは? 触れられるくらい小さく、か。

 物思いに耽ろうとしたけど、色んなところから聞こえる色んな音が、私はいま戦場にいるんだということを知らせてきた。あるところでは爆煙が上がり、あるところでは水柱が立っている。


「うわぁ……」


 あんなのアームズで作れないだろうから、多分バグの攻撃だ。水で攻撃してくるバグ、どう考えても厄介だ。

 液体系の強さは志音のママ、礼音さんのバケツで目の当たりにしている。上手く操作できれば広範囲でフィールドを支配できるだろう。となれば、私が真っ先に考えることは決まっている。


「絶対にあっちの戦いには巻き込まれないようにしないと」


 巻き添え率がハンパなく高そうな戦場は避けるに限る。そこに自分のチームのメンバーがいたとしても、そんなところで合流したくないし。

 視線を彷徨わせていると、場違いなものが見えた気がした。あれは……?


「シャボン玉……?」


 バグだろうか。もしかすると、このVP空間には水とか液体とか、そういうものを操るバグが多いのかもしれない。いやさっきの首無し武士は知らないけど。あいつだけ毛色が違い過ぎるわ。


 とりあえず武士からは逃れる方向に動くとして、どこに行こう。比較的落ち着いていそうなところで、バグが出てきても逃げられそうな……いやマジで誰、こんな狭い道路の住宅街を戦場にしたヤツ。安置無いんだけど。


 適当なところに移動しようとまきびしスティックを再び呼び出した時だった。すっかり機能を忘れていた腕時計が小さく振動したのだ。


「え……」


 ラッキーだ。仲間がこっちに来ている。誰か分からないけど、井森さんでも家森さんでも、なんなら修宋学園の人でもいい。

 そこでようやく思い出した。先生が、仲間とは早く合流しろと、何度も言っていたことを。そうか、ここは、一人では不利なフィールドなんだ。袋小路になっていたって、仲間さえ居れば誘導して叩く基点にできる。


 振動が徐々に強くなる。本当にゆっくりと。どこから来るのか分からないから、私は周囲に目を凝らした。戦闘音で足音なんて聞こえない。目に付いた人に声を掛けるしかないだろう。


「いや震え過ぎ。それもう壊れる前兆だから」


 腕時計のバイブ強すぎでしょ。なにこれ。これで仲間が半径1キロ以内にやっと入ってきたところって言われたら泣くんだけど。合流する頃には腕もげてそう。


「あっ……!」


 私は人影を見つけた。ショートカットの女の子。建物に隠れて頭だけ見えている。うなじががっつり見えるような後ろ姿に、私は自分のクラスの子ではないことを確信した。その子はフラフラと移動し、セーラー服が見えた。


「修宋学園の子だ……おっ…………………………………」


 っおーい! そんな風に声を掛けようと思ったけど止めた。

 なんでって、そいつ、シャボン玉で遊びながら歩いてたから。

 絶対ヤバい奴だもん、あれ。



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