第192話 なお、ふざけていた訳ではないとする

「では、最初に自分の分身である、まきびし使いと対峙して撃破している、ということだな」

「そうですね。他にも槍使いとか」


 私と志音は先生が来る前の出来事を順を追って説明していた。特に敵の動き、挙動、分布、それを知ってどう感じたか、判断したか。そういうものを詳しく聞かれる。

 不思議に思って何故かと訊いてみると、こういうデバッカーの判断は、のちに「正しかったのか」と精査されるらしい。特にバグの撃破が確定しているような依頼じゃない場合、なぜ撃破するという判断を下したか、ということに協会は興味があるとか。言われてみれば、前回のクソ村の時なんて、協会の人が直接回線繋いできたもんね。あの時みたいにもろに人命が関わっているワケではないから、報告書の提出だけでいいみたいだけど。

 もちろん、咄嗟の判断が浅慮だったとしても、それを責められることはない。「こういう考え方をすれば、こういう風に動けて、そうすると最終的にはこんな結果が得られたんじゃないか」というアドバイスを受けることはあるらしいけど。


 デバッカーって面倒な仕事だと思う。戦いの中で様々な状況判断を下して、さらにリアルに戻ってきたら「この時はこうした方が良かったんじゃないか」なんてケチを付けられるのだから。

 もちろん、生存率を上げる為の処置であろうことは分かってる。他人の意見を聞いて、今後の判断基準に加えようという。ウザいけど間違ってない。むしろ、人命を第一に考えるとしたら限りなく正解に近い気がする。


「なるほどな。これで大体は分かった」


 先生は机に向かうように少し丸めていた背筋を伸ばすと、腕を組んだ。つまりはこれで終了ということだろうか。先生がぱぱっとやってくれたおかげで、まだ8時くらいだ。9時くらいに終わると思っていたのに、1時間も予定が早まった。

 別に帰ってしたいこともないけど、今日はなんだか疲れたので早く寝たい。先生の動きに合わせて、私はんーと腕を天に突き出して伸びをしてみる。ほんの少しだけ肩が楽になって、疲れが数パーセント体から抜けた気がする。

 周囲を見渡して、どこに鞄を置いたかを確認していると、先生は口を開いた。当然だが、私はもう帰る気満々だった。


「で、まきびしドームとは……?」

「あーと……さっきも言ったように、あの状況では時間稼ぎが有効だと思ったんすよ。消去法でそういう形に。なんか変っすか?」

「いいや、そんなことはない。しかし、協会は奇をてらったようなやり方は好まない。どのように書けばお前らに被害が及ばないかを考えていたのだ」


 誰が奇をてらってるじゃ。

 あれは確か志音の発案だった。あいつがあんな局面でふざけてたとは思えないし、実際冴えていると感服すらした。あー、私、デバッカー協会の人とは仲良くなれなさそう。


「そーいや、今回はどの協会からの依頼だったんすか?」

「意外に感じるかも知れないが、お前達が前に依頼をこなした、α《アルファ》からの依頼だ」

「うお、マジで意外っすね」


 私はその意外性について全く共感できないんだけど。もう飲み物を買いに行ったっきり全然戻ってこない知恵達と同じように、私もどっか行っていいかな。家とか。

 そんな気持ちがかなり強かったけど、一応聞かないわけにはいかないだろう。なんてったって、将来私達がお世話になるかもしれない組織のことだ。


「協会っていくつも種類があるの?」

「あぁ、お前にはまだ説明をしていなかったな」


 先生はこちらを向くと、ダイビングチェアから立ち上がって語り出した。


「お前達が依頼を受けた協会はαといって、主に捜索任務や、被害を未然に防ぐことを目的とした組織だ」

「今回のもですか?」


 被害を未然に防ぐというよりは、もう若干被害が出ている感じだったけど。先生の話によると、未然に防ぐことができなかった案件については、それぞれ別の協会へと引継がれるらしい。いくつかあるデバッカー協会は全く別のものではなく、それぞれの役割に特化した部署のようなものなんだとか。


「志音はなんでそんなこと知ってるの?」

「父さんと母さんがよく話してるからな」

「そういえば、小路須の両親は専属とかあるのか?」

「父さんは色々と幅広くやってるけど、母さんはΩ《オメガ》のお抱えだ」

「……なるほど、それは」


 先生は気の毒そうな顔をして志音を見た。オメガってなに? なんでそんなに気まずそうなの? もしかして、オメガバースの略だったりする?


「その辺りも説明するか。まず、協会の分類について話をしよう。バグの特性によって協会はそれぞれの受け持ちがあるが、それは何を基準にしていると思う、札井よ」

「うーん……バグの攻撃の仕方、とか? クソ村の時みたいに人をゆっくり蝕むようなバグもいるし、広範囲に攻撃を仕掛けることのできるバグもいるだろうし。あとは賞金首のバグとか」

「なるほど。しかし、それは違うんだ」


 自分としてはかなりいい線いってると思っていただけに愕然とした。正解を探していると、先生は私の考えを補助するように、言葉を付け足す。


「リアルからはバグの状態は窺えない。これがヒントだ」

「……あっ」


 そうだ。バグがどんな攻撃を仕掛けてくるかなんて、普通の人達には関係のない、どうでもいいことだ。協会が存在する意味、バグが忌み嫌われる意味、やだ、ダジャレ言っちゃった……つら……。


「分かりました。そのバグがどんな機器に影響を及ぼすか、それによって担当協会が振り分けられるんですね」

「その通りだ。αはどこにも属さない、発見されたもののまだどこにも悪影響を及ぼしていないバグや、リアルに及ぼす影響が軽微で、デバッカーに対する被害が大きいバグを受け持つことが多い」


 なるほど、今の説明で、前回のクソ村と今回のコピーウサギの共通点が見えてきた。ちなみに、β《ベータ》はloT化された家電や乗用車など、γ《ガンマ》は公共機関の設備全般、δ《デルタ》は通信機器関係と決まっているらしい。どちらとも判別つけにくい装置が被害に遭っている場合は、各協会が協力して解決に当たるそうだ。


「他にもε《イプシロン》という情報機器の保護に特化したところもある。ここは特にβ、γ、δと協力して案件の解決に尽力することが多い。うちの高度情報処理科の卒業生も多数在籍している」


 先生には悪いけど、これ以上登場人物的な協会の名前を増やさないで欲しい。そろそろ覚えきれなくなってきた。いや、覚えなくてもいいんだろうけど。私達に依頼が回ってくるなんて、そうそうないことだろうし。

 今の話でなんとなく分かったのは、αからの依頼はとにかく未知数な部分が多いということだ。分からないことを調べるのがメイン、必ずしも解決はしなくていい。そういえば、先生もダイブの最中に言ってたっけ。バグの詳細について知れたので、今回のダイブは無駄じゃない、みたいなこと。


 そうしてふと気が付いた。志音の母が在籍しているというΩの名前がない、と。私は顔を上げて志音を見る。目が合うと、あいつは「気付いたか」と呟いた。


「Ωは国家機密に関わる案件のみに動くとされているところだ。それぞれの協会は日本国内でのみ連携を取っているのが実情だが、Ωは世界規模で動くこともある。危険な仕事が多いらしいが、その内容についてはあまり深く知られていない。選りすぐりの精鋭部隊と言えるだろうな」

「すごい野蛮そう」

「お前、あたしの母さんがいるって分かっててよく言えたな」

「野蛮ばばんばんばんじゃん」

「いい湯だなみたいに言うなよ」


 志音は呆れた顔でため息をついている。そんな私達を見ながら、先生は話を戻した。


「αがどういう役割の協会なのかは理解できただろう。その性質上、デバッカーの対応についてはどこよりもうるさいところなんだ。まきびしドームの有用性についてきちんと説明できないと、またこちらに直接連絡がくる可能性もある」

「それは避けたいっすね。特にリーダーは夢幻にする予定だし、悪い未来しか見えない」

「志音はコンビニで肉まん下さいって言って「なんで?」って聞かれろ」

「その店員クビにしろ」


 志音に悪態を吐いたものの、先生の言ったことは理解している。どのようにそれを表現すべきか、考えるしかなさそうだ。時間のことを気にする余裕は、いつの間にか無くなっていた。


「札井の能力であれば一対多の戦いにも応じられそうだが、何故ドームを? と聞かれないことを祈るしかない、か」

「それは愚問っすよ、でもまぁ……あいつらなら聞いてくる可能性もあるな……」

「そもそもまきびしなんていうアームズ、あいつらが快く思うはずもないだろうな」


 そんなところから遡って否定されても困るんだけど。あの時も思ったけど、なんかαの人達ってちょっと感じ悪いっていうか。

 私がむすっとしていると、先生は立ち上がって、帰り支度を整えるように言った。どうやら車で送ってくれるようだ。知恵達はまだ戻ってきてないけど、そろそろだろう。あいつらがいま何をしているのかはあまり考えたくない。

 志音は私の鞄を持ってこちらに投げつけながら、行こうぜと言った。ちなみに、いきなり投げられたから全然反応できなかった。足元の床にどさっと落ちる鞄を見つめることしかできなかった。


「いや受け取れよ!」


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