インターバル

第193話 なお、いい感じに祝われるとする

 数日前にデバッカー協会α《アルファ》からの二つ目の依頼をこなした私達だけど、その後の生活は穏やかなものだった。てっきりまきびしドームの記載が引っかかって呼び出しを食らうものだと思っていたのに。その辺は先生が上手くやってくれたらしく、今のところ大丈夫そうだ。まぁ掛かったら居ないことにして逃げるけど。


 そうして私は現在、駅前にいた。珍しく井森さんと家森さんに誘われて、放課後にふらっと遊びに来ている。この二人とこんな形でつるむのは私にとって稀だ。

 何かと思えば、私の誕生日を祝ってくれるらしい。少し遅くなっちゃったけどね、と言って笑う井森さんは普通の女の子だ。本当は普通じゃないのに。


「普段志音さんとはどこに行くの?」

「志音と? あいつと会うときは大体家だから」

「え!? わぁー……意外ー、志音って案外手早いんだね」

「そういうことはしてないから!」


 忘れてた。この二人は私達のことを根掘り葉掘り聞くのが大好きなんだった。っていうか、そういうことを別にしたいと思わない私っておかしいの……?

 周りがドピンク脳ばかりだから、なんだか心配になってきた。本来ならこういうときに先輩を頼るというのも悪くないんだろうけど、ほら、私達の先輩ってアレだし。ドピンクサイコパスだし。


 こんな話、お洒落な喫茶店に入りながらすることじゃない。

 私は二人の足が止まることなくここを目指していたから付いてきただけだ。店員さんが出迎えると、家森さんは「予約してた札井でーす」と言った。わざわざ予約してくれてたのは嬉しいんだけど、そういうのは自分の名前でやれ。


「ほら、奥の席予約しといたんだー」

「そうなんだ、ありがとう?」

「私はラブホ女子会の方が面白くていいと思うって言ったんだけど、家森さんがこっちの方がいいって言うのよ。札井さんはどっちが良かった?」

「ラブホ女子会って言うと思った?」


 井森さんとそんなところに行ったら、女子会として成立しなくなる気しかしない。やめて、私はまだ清らかでいたいの。

 席に座って飲み物を注文すると、井森さんは家森さんに向いて言った。丸テーブルを囲むように等間隔で椅子が配置してあるので、二人の顔は等しく見やすい。


「よく来るの?」

「さぁ。なんで?」

「私もここ、使わせてもらおうかしら。雰囲気がいいわ」


 パキッとした空気には気付かなかったふりをするとして、雰囲気がいいというのは本当だ。うるさすぎず、静かすぎず。店内に流れているカントリー風のBGM、店の外に立っていた看板を持ったブリキのおもちゃがいい味を出していて、なんとなく雑貨屋さんのような趣がある。店内の棚やカウンターに置かれている小物もいちいち凝っていて目を引く。通される席によって色々な楽しみがありそうだ。


「ま、大人しいのが好きな子は連れてこないけどね。札井さんは絶対そういうタイプじゃないじゃん?」

「失礼では?」


 私は自らのおしとやかさをアピールする為に、いい感じで座り直して姿勢を正す。二人の「で?」という表情の意味については、私のおしとやかさに神々しさすら感じてきょとんとしてしまったという解釈でいこう。


「お待たせしましたー。アメリカンとカフェラテ、マンゴースカッシュです」


 私はジュースを受け取ると、早速ストローを挿した。わざわざ喫茶店にきてジュースってお前、と思うかもしれないけど、自家製マンゴースカッシュとか言われたら気になるでしょ。

 好きなものを頼んでいいよ、と言われたので、言われた通り好きにした結果だ。ちなみにこれでお会計の時に「じゃ、割り勘ね!」って言われたら人間不信になる。お祝いしたいからって誘われてこんなお店に連れて来てもらったら「あ、ご馳走してくれるのかな」って思っちゃうよね、それが人の心ってもんだよね。私、別に図々しくないよね。


「まぁさ、今度志音とも来なよ、ここ」

「それはいい考えね」


 家森さんの提案に井森さんが同意しながら私を見る。言われてみれば、こういうところ、一緒に来たことないな。外食といえばほぼ100%鷹屋だったし。女子高生カップルがデートで行くところとして大分破綻してる。

 もう少しこういうところも勉強しておくべきなのかもしれない……いや、でも、志音って絶対こういうの興味ないよね……え、あるのかな……ちょっと待って、私、志音のこと何も知らなくない……?


「ちょ、どしたの? なんか暗い顔してるよ?」

「私、志音と付き合ってるのに、何も知らないなって、気付いちゃったっていうか」

「え?」

「ちょっと待って?」


 顔を上げると、二人は私を見つめて固まっていた。何か変なことを言っただろうか。あ、もう知りまくってるのに、何を謙遜してるの? とかそういうこと? いや本当に知らないんだけど。志音の母がどんな人なのかだって、この間知ったばかりだし。

 二人の驚き方があまりにも異様なので、なんだか心臓が痛くなってきた。無いとは思うけど、何かとんでもない発言をした? いや、してないのは分かってるんだけど、その説を疑わざるを得ない。


「志音と付き合うことになったの!?」

「いつから!?」


 はい。

 死。


 なぁにが「無いとは思うけど、何かとんでもない発言をした?」じゃ。

 とんでもない発言の最大値をブチ壊すような暴露をしちゃってるじゃん。

 はぁー……二人が知らない、ということをすっかりと忘れていた。だって、お店に入る前に、志音の手が早いとかそういう話してたから……てっきり……でも、よく考えれば、この二人の発言なのだ。付き合っていないとしてもそういう行為に及ぶことに、寛容じゃないワケがない。


 私はたどたどしく志音といつから付き合ったとか、なんとなくの経緯のようなものを打ち明ける。というか打ち明けさせられる。ねぇ、今日って私の誕生会だったんじゃないの? なんで生まれたことを祝う席でこんな目に合ってんの?


 二人は私に粗方喋らせると、満足げな表情を浮かべて、頷いたりニコニコしたりしていた。


「今の話で一番興味深かったのは、札井さんのお母さんね」

「私もそれ思ったー」

「そこ!?」


 そこどうでもよくない? 確かに私のお母さんは相当な変人で、よく色んな人から会ってみたいって言われるけど。

 ショックを受けていると店内の照明がぐっと暗くなって、私は周囲を見渡した。突然のことに、周囲の客もキョロキョロとしている。しかし、同じテーブルについている二人はキッチンの方を見つめて手を振っている。振り返ると、そこには小さな花火が刺さった小さなケーキを持った店員が歩いてきていた。


「え? え?」

「札井さん、誕生日おめでとー!」

「おめでとう」

「え? これ、私に?」


 そうしてテーブルに置かれたのは器の縁にHAPPY BIRTHDAYとチョコレートで書かれたお皿だった。いわゆるバースデープレートというやつだろう。

 目の前に置かれたそれに動揺していると、店内のBGMまでもが私の誕生日を祝うものに切り替わっていた。なにこれ。え、めっちゃ嬉しいんだけど、めっちゃ恥ずかしい。


「やっぱり女の子の誕生日はちゃんと祝わないとねー」

「志音さん、そういう情緒なさそうだしね」

「言えてるー」


 二人は曲に合わせて手拍子を叩いている。照明が元に戻って、店員さんが花火を抜いてフォークを渡してくれる。隣のテーブルの客にまでおめでとうと言われると、私はやっと我に返った。


「なに!?」

「いいじゃんいいじゃん、私達にも祝わせてよ」

「いやそれはいいけど……」


 すごい素敵に祝われてびっくりしちゃった……。なにこれ……これが女子力……? いや、女子力っていうのもなんか違うな……。


「来年の誕生日までには大人の階段を登ってるといいわね」

「うっさいわ!」


 しばらく呆けていた私だったが、ウィンクをした井森さんに酷いセクハラを受けて、やっといつもの調子を取り戻していた。


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