第194話 なお、変な感じに祝われるとする

 井森さんと家森さんに誕生日を祝ってもらった翌日の放課後、鞄に荷物を詰めていると、背後から声をかけられた。振り返ると、そこには菜華と知恵がいた。

 ちなみに菜華はバーチャル空間で使っているのと同じ赤いギターを肩から下げている。もう誰も彼女がギターを持ち込んでいることに突っ込まない。違和感すら感じなくなってしまった自分が、ちょっとだけ悲しい。


「なぁなぁ、碧達に誕生日祝われたってマジか?」

「え、うん。なんで?」

「ずりぃな! あたしらもなんかしようぜ!」

「これくらいしかできないけど」


 菜華はそう言うと、即興で背負っていたギターをくっと持ち上げて速弾きをした。地獄がうねっているようなメロディだ。なんだこれ。誕生日っぽくはないけどすごい。強そう。


「今のは夢幻をイメージした旋律」

「もっと可愛いのがいい」


 自分をイメージした曲とは知らず、地獄がうねるようなとか言っちゃったじゃん。どうしてくれんの。

 私が愕然としていると、知恵は手を打って「おっ!」と声を出す。


「そうだ、これからあたしの家に来いよ」

「え? いいけど」

「志音は大丈夫か?」

「あいつは日直で帰りが遅いみたいだから」

「そうか、ちょうどいいな!」


 志音なら凪先生のところに行っている。私はあいつに、知恵の家に行っているとメールを送ることにした。別にそんなことしなくていいんだけど、多分、一緒に帰るつもりだったと思うから。これでも少しは気を使っているつもりだ。


 それを見ていた知恵が「夢幻が……志音にメールを……」なんて言って驚いていたので足を踏んでやろうと踵を上げたんだけど、すぐそこに菜華がいることを思い出して、元気にその場で何回か足踏みをして誤摩化した。



 知恵の部屋に着くと、私はテーブルの周りに適当に腰を下ろす。ベッドには触れない。なんか、その、知恵と菜華がなんかに使ってる気がするから。何とは言わないけど。なんか。

 私が腰を落ち着けたのを確認すると、知恵は立ち上がって部屋の隅っこに寄せるように置いてある、私にはガラクタの山にしか見えない場所へと歩いていった。


「ちょっと待ってろ」


 ちょっとってどれくらいだろう。知恵がガラクタの山の前から動く気配は一向にない。ずっとガチャガチャと何かを探しているようだ。時間を潰すためだろうか、今度は菜華が話しかけてきた。彼女は背負っていたギターケースからギターを取り出しながら、私の隣に座る。


「そういえば、この間教えたコード覚えてる?」

「全然」

「……」


 怖い怖い。そんなの覚えてるワケないでしょうが。菜華はむすっとした顔をして私を見つめていた。覚えてないって言ってるのに、菜華はストラトと呼ばれていたギターを私に持たせると、押さえる場所を指定してきた。


「こことここと、あとはここ。この弦は弾いちゃ駄目」

「あぁ、なんか思い出したかも」

「ジャッジャッジャー」

「はい?」


 どうしよう、菜華が狂った。いや、こいつは元々こんなだ。動揺している私を他所に、菜華はジャッジャッジャーと言い続ける。もしや、そのリズムで今のコードを弾けということだろうか。

 私はピックを持って、言われた通りに弦を鳴らす。いつまでやってればいいのかと問おうとした寸前、菜華は先ほど聴かせてくれた”私をイメージしたという天使の旋律”を奏で始めた。

 え、すごい、私、いま菜華とセッションしてる。めっちゃ楽しい。


「夢幻が知ってるコードに合うように作った」

「あんた、本当にギターの才能だけはすごいよね」

「こんなの、誰にでもできる」

「できねぇよ」


 出来たら怖いわ。どうしよう、志音にいきなりギター持たせて同じようなことさせてみて、さらっとやったら。凄すぎてギターを弾く前に普通に引くと思う。


「知恵ともこんな風に、たまに遊んでいる」

「へぇ。じゃあ私と知恵でも同じ風にして遊べるのかな」

「……知恵が浮気をする、と言いたいの?」

「違うけど!?」


 何その特殊な浮気判定。頭大丈夫か、コイツ。っていうかその理屈でいくとアンタいま浮気したよね。

 わたわたしてると、部屋の隅でごそごそやってた知恵が戻ってきた。良かった、なんとなく命拾いしたような気持ちで彼女の姿を眺めていると、知恵を私に何かを握らせた。


「これ、誕生日プレゼントな」

「え? 賞味期限切れた何かじゃないよね?」

「そんなのプレゼントしたらイカれてるだろ」

「言っとくけど、遊びに来た友達に何も言わずにそれを振る舞うのも大分おかしいからね」


 悪態を付きながら手を開くと、握らされていたのは小さなピンバッジだった。なんだこれ。私は天井にそれをかざしてまじまじと観察してみる。だけど、何の変哲もないバッジにしか見えない。


「GPS機能付きなんだ、それ。付けてる相手の居場所がスマホで追えるぞ」

「何に使うのよ」

「え……志音にだぞ……」

「いらないんだけど!? っていうか怖いんだけど!?」

「いらないのか!? 菜華なら大喜びだぞ!?」

「そりゃあんたの彼女はそうでしょうよ!」


 私をそこの変人と一緒にするな。

 渡されたバッジを丁重に断ると、知恵はそれを持ってまたガラクタの山の元に歩いていき、今度はすぐ戻ってきた。


「じゃあこれやる」

「え、可愛いじゃん」


 渡されたのは小さなくまのぬいぐるみだ。ストラップがついていて、ギリギリ鞄に付けられるくらいのサイズをしている。これなら、プレゼントとしてもらっても全然普通だろう。渡されたものが存外まともであることにほっとしていると、知恵はニコニコしながら言った。


「それ、中にレコーダーが入ってるんだ」

「却下」


 即座に知恵にくまさんを返す。しかし、知恵は驚きを隠せないようだ。いやそのリアクションに驚きだよ。なんなの。


「菜華は喜ぶぞ!?」

「だからあんたの彼女はそうでしょうよ!」


 私は喉から血が出そうなくらい勢いよく突っ込む。貰って嬉しいかどうかを他人に確かめるのは構わないが、その確認役に変人を選出するのをやめろ。


「もうちょっと平和なものはないの?」

「レコーダーにスピーカーを付けて、定期的に【喧嘩はやめましょう】って言わせる機能でも付けるか?」

「実装もされてないのにいま既に喧嘩の火種になりかけてるわ」


 知恵はうーんと頭を抱えて、じゃあと言ってペンを渡してきた。これに盗聴器とかが仕込まれてたらいい加減しばく。菜華の目があろうとも絶対にしばく。私は知恵を訝しげに見ると、彼女は言った。


「この間、鬼瓦先生がペン型の端末使ってたろ。いいなぁと思って自作したんだよ」

「現代のキテレツかな?」


 しかしこれはすごい。

 知恵に使い方を聞いて早速起動させてみると、ペンが光ってキーボードがテーブルの上に映写された。マジじゃん。すごすぎる。


「モニターは真似出来なかったから、眼鏡にすることで解決したんだ。ちょっとこれかけてみろ」


 渡された眼鏡をかけてみると、そこにはデスクトップ画面のようなものが表示されていた。このカップルは本当に、才能の無駄遣いの才能に溢れていると言うか、なんというか……。


「いいだろ? キーボードの横に四角い領域があるだろ。そこがマウスだ。一昔前のノートパソコンのパッドと同じように操作すりゃいい」

「すごい……これ、眼鏡は外からはどう見えるの?」

「普通に眼鏡かけてるようにしか見えないぞ」

「じゃあ、ムカつく奴を目の当たりにして【くたばれ】って打っても本人に見えないんだ」

「確かにそうだけど、なんて使い道思いつくんだよ」


 気に入った。私は知恵に本当にもらっていいのかと確認して了承を得たので、遠慮せず制服の胸ポケットにペンと眼鏡を突っ込んだ。


「なんていうか、ありがとう」

「いいって。誕生日当日に祝ってやれなくてごめんな。ほら、菜華も」

「ごめん?」

「いいよ、言ってなかったし。ところで二人の誕生日はいつなの?」

「あたしは11月だ」

「私は2月」

「あー。っぽい」

「お前、今2月生まれに失礼なこと言ったろ」


 そんなことない。私の統計上、2月生まれは変な人が多いのだ。私の母も2月生まれだし。携帯がちかちかと光っているので見てみると、志音から、今からそっちに行っていいか、というメッセージが届いていた。


「志音呼んでもいい?」

「おう、当たり前だろ。あ、志音にさっきのバッジとくまさんあげたら怒るから」

「あいつの誕生日は?」

「4月だけど?」

「ちょっと遅い誕生日プレゼントにいいな」

「うん、いい」

「良くないんだよ!」


 私は二人を叱りつけると、志音に「とっとと来い」と返事を送った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る