VPゲーム テストプレイ
第195話 なお、お遊びとする
「札井と小路須、乙と鳥調はいるか」
鬼瓦先生が私達を訪ねてきたのは、何の変哲もない昼休みだった。私は知恵達と、家森さん達と机をくっつけて昼食を摂っていたところだ。
もしかすると、この間の任務の報告書で何か不備が見つかったのかもしれない。そう思って恐る恐る顔を上げたけど、先生の表情は穏やかだった。
「見ての通り、大集合って感じっすよ」
志音が返事をすると、先生はちょうどよかったと言って咳払いをした。私達に用事があるらしい彼は、家森さん達を見て続ける。
「4人と、家森達も。放課後にA実習室に来てくれ」
「それはいいですけど、もしかしてこの間の依頼絡みですか?」
「うぅん、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。みんな、用事はあるか?」
「私達はないよーん」
「あたしらも平気だ」
知恵と家森さんはそう言って手をひらひらと振ると先生を見送った。家森さん達も呼ばれた、ということはこの間の報告書の件ではない気がする。心当たりがあるかと志音に聞いてみたけど、さっぱりだそうだ。
そうして放課後、A実習室。呼び出された私達6人の他に、夜野さんと鞠尾さんが居た。こんなに大勢呼んでどうするつもりだろう。
「夜野さんも呼ばれてたんだ」
「そりゃあね、今回はウチの発案みたいなとこあるし」
「事情を知ってるのか!?」
知恵は驚いた様子で夜野さんを見る。私もびっくりした。てっきり何も知らされていないかと思いきや、彼女は自ら発案者とまで言った。私が志音と顔を見合って首を傾げていると、井森さんはよそ行きのキャラといった感じで、頬に手を当てて、困った様子で呟いた。
「どういうことなのかしら?」
「先生が来る前にウチから説明するよ。なんかねー、とある会社が新しいゲームを作るんだよ」
「ゲーム?」
「そそ。相性診断とかそういうの。あとは性格診断とかね。女の子が好きそうな感じの」
夜野さんの話によると、そのゲームはバーチャル空間で行われるもので、VPを応用して作られるらしい。ゲーム会社が技術的なアドバイスをデバッカー協会に求めたところ、倫理的に許されるものなのかを精査する必要があるという話になって、若い女子にテストプレイヤーになってもらうことが決定したとか。そうして依頼実績のある私達に白羽の矢が立った、ということだった。
「私達に声が掛かった経緯と、内容については理解したけど、なんで夜野さんが?」
「ウチはゲーム会社側から依頼を受けて技術協力をしてたんだよ。ほら、特許の一件から、そういうところからたまに相談受けててさ」
え、すごい……本当にこの人高校1年生なの……?
なんだか別次元の話だからそこについてはスルーさせてもらったけど、他にも大勢いる学生デバッカーの中から、あえて私達が選ばれた理由についてはよく分かった。
「でも、なんでわざわざVP使ってまで性格診断なんだよ。それこそRPGとかの方が面白そうだろ」
「そう、さすが小路須さん。まだVP自体が広く親しまれているような技術ではないからね。このゲーム自体がそういったゲームへの足掛かりなんだよ。つまり、札井乃助達は、テスト的なゲームのテストプレイヤーってワケ。わくわくしない?」
「なんかよく分かんねーけど、確かに面白そうだな。な、菜華」
「私と知恵の相性なら測るまでもなく1000000000%なんだけど……」
私達は菜華のヤバい発言をスルーすると、口々に好意的な意見を述べた。これが後のリアルダイブ型ゲームに繋がると思えば無理もない。私と志音はゲームが好きだし、知恵達も同じだ。井森さん達もまんざらではないらしく、先生の姿を探していた。
「すまない、待たせたようだな」
「もー、先生遅いですよー。説明はウチの方からしておいたから、あとはダイブするだけですからね」
「そうか。手間を掛けたな。夜野からも聞いたと思うが、今回はVPへのダイブとなり、バグ討伐の心配はない。念のためアームズ枠は1つ設けておくが、これを使用することはないだろう」
鬼瓦先生は実習室に来てすぐにてきぱきと準備を始める。私達はダイビングチェアに座ってナノドリンクを飲み、それぞれダイブに備えた。夜野さん達は机の上のパソコンを覗き込みながらああでもないこうでもないと何やら打ち合わせをしている。
先生が教壇に立って準備が完了したことを告げると、すぐにトリガーを乗せた台が床からせり上がってきた。
「そんじゃま、今回はのんびり遊ぶか」
「だね。前回が過酷過ぎたし。息抜きと行こう」
私と志音は軽く言葉を交わしてトリガーを装着すると、VPへとダイブした。
現れたのは誰かの部屋の中みたいな空間だ。ちょっと広めの部屋で、最低限のものしか揃っていない。あるのは机と、人数分の座布団だけ。私達はそれぞれその上に座っていた。テレビもなければ、外に出るための扉もない。なんだか窮屈に感じる。
——やっほー。みんな無事にダイブできたみたいだね。
——その部屋に入って何か変に感じたことはある? あたしはもうちょっとそれっぽく本棚とか置いといた方がいいって言ったんだけど、哉人っちが、「え? 必要ないものはいらなくない?」とか言うんだよー
なるほど、そこからか。私達に求められているのはテストプレイだけではなく、環境の整備から、ということらしい。夜野さんは既に優れた技術者みたいだけど、ちょっと一般的な感覚に欠けるところがあるし、鞠尾さんの言うことは蔑ろにすべきではないように思う。
「お前、せめて扉はつけろよー。なんか閉じ込められてるみたいで気分悪ぃ」
知恵は頭の中に響く夜野さんに訴える。そうだ、実際にダイブしてみると分かるけど、閉塞感がすごい。彼女の意見は尤もだ。
夜野さんは弱ったような声色で「わかったよー」と返事をして、隣で鞠尾さんに「ほら言ったじゃん」と言われている。
——んじゃ、ちょっと待っててねー
何らかの機器を操作しているらしい。夜野さんがそう言った少しあと、志音の後ろの壁に扉が現れた。
「うお、なんだ。ダイブ中にいじれんのか」
「じゃあついでにベッドも用意してよ。寝っ転がりたいや」
家森さんは冗談なのか本気なのか分からない要望を口にすると、すぐに「やってみるー」と間の抜けた声が聞こえてきた。
部屋の隅にベッドが現れると、家森さんは本当にそこに寝転んでしまった。寝心地はそこそこらしく、「いいねー」と言いながら笑っている。
——それじゃ、そろそろゲームの方を始めてもいいかな? まずはこっちのプログラムの確認で何の変哲もない占いを出すから。挙動としては、テーブルにホロのパネルが出てきて、診断するってボタンを押した人の診断結果を同じように反映させる。もし変だったり気付いたりしたことがあったらすぐに言ってねー。
始める前はただの診断系ゲームだと高を括っていたが、こうしてわざわざダイブしてやってみると、妙な緊張感があって楽しい。テーブルにホロが出るまで、私達はお互いの顔を見合った。
「で? 誰が押す?」
「知恵、押したいの?」
「そりゃな。菜華はそうでもなさそうだな」
「私は占いとか信じないから。知恵はそういうの信じるんだ」
「信じるっつーか、楽しいだろ? そういうの。お前らは……どうせ好きじゃないだろうから、碧、お前はどうだ?」
「どうせ好きじゃないって決めつけるのやめて」
「私はあんまり信じないかも」
「聞かれてないけど、私も全然信じないよー! ははは!」
私の抗議を無視するな。しかし、彼女達の話をまとめると、ここに占いを信じるような女はいないらしい。かく言う私も信じないし、隣に座ってるこのウホ子も信じないだろう。なんとなく察してたけど、私達、このテストプレイ絶対向いてないよね。
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