第196話 なお、実はラッキーアイテムの紐を持ち歩いてたとする

 占いとか微塵も信じなさそうな面子でこんなことするなんて、なんか特殊なバチが当たりそう。そんな予感を感じながら、私は志音を見た。


「あたしは信じるっつーか、参考にはするけどな」

「嘘でしょ? 占いって、あれだよ? 食べ物じゃないんだよ?」

「分かってるぞ」

「あなたは○○でしょう〜□□しなさぁ〜いって、誰にでも当てはまりそうなことを言って反応見て適当なアドバイスするアレだよ?」

「悪意ある言い方しすぎだろ」


 志音は腕を組んで苦笑いしていた。どこまで信じるんだろう。「今日のラッキーアイテム、石らしいよ」って言ったら、その辺の石拾ってポケットに入れたりするのかな。やだ、かわいい。


「占いを聞いてどう感じるかで自分の精神的なコンディションが分かるっつーか」

「なるほどね。本当に参考にしているだけなのね」

「おう。井森が信じないって断言してるのはなんでだ?」

「女の子の付き添いで占いには何度か行ったことあるんだけど、みんなが口を揃えて異性に対する見当違いなことを言ってくるし、私と女の子の関係を見抜けた人が一人もいないんだもの。馬鹿馬鹿しくもなるわよ」

「な、なるほどな……」


 井森さんの言い分にはリアリティがあるっていうか、そりゃ女の子同士で行ったら大体はそう言われるだろうな。ベッドに寝転んでいた家森さんも「私も全く一緒」なんて言って笑っている。見当違いの発言を何度も目の当たりにしていれば、彼女たちのようになってしまうのも無理はないだろう。しかも大体は有料だしね、ホントにアホくさいだろうね。


 ——準備できたよー。多分みんなが思ってるような占いじゃないと思うけど、それじゃ始めるねー。


 夜野さんの声が響いたと思うと、テーブルがパッと黒っぽくなって、そこに文字が表示される。説明というか、内容は非常にシンプルだ。【あなたをあらわす花】、そう書かれて、すぐ下に診断ボタンがある。


「ツイッターの簡易診断みたい」

「まぁテストっつってたし、こんなもんだろ」


 知恵はボタンに手を伸ばして、とんと押す。すると、内容がぱっと切り変わった。打って変わって長い文章が表示される。知恵の診断結果だろう。


【カスミソウ:花言葉は清らかな心。清楚な人で、マナーやルールを守らない人が苦手。主役を引き立てるのが上手で、サポートに回るのが得意。じっくりと物事を考える性質を持ちます。チューリップの人と気が合うようです】


「何これ、診断内容バグってんじゃない?」

「失礼だろ!」


 知恵はぷんすこと怒りながら私の頭を叩く。いや、後半はともかくとして、前半は確実にバグでしょ。何? 清楚って。清楚って言葉を知ってるのか、この診断は。


 ——まぁまぁ、内容はともかくとして、ちゃんとプログラムは動いてるみたいだし、今のところ問題はなさそうだね。良かった良かった。


 内容をともかくとしちゃうのがプログラムのことしか考えてない人って感じだけど、まぁ夜野さん達が良ければとりあえずはスルーするしかなさそうだ。私は「じゃあ私はチューリップなんだ……」と謎の確信を深めている菜華を見ながらため息をついた。


「んじゃ、次はあたしだな」


 診断に戻るというボタンを押して志音が画面を戻す。続けてボタンを押そうとすると、夜野さんに待ったをかけられてしまった。ゴリラの指には反応しないということかと思ったけど、そうではないらしい。同じ人の指を認識して、同じ診断結果を出さなければいけないらしく、知恵にボタンを押すよう指示が出る。

 確かに、次に知恵がボタンを押して「あなたはバラです。いつも物事の主役になっている人物です。チューリップの人とは相性が悪いです」なんて出たら「え!?」ってなるもんね。


 指示の通り、知恵がボタンを押すと、先ほどと同じ診断結果が表示される。鞠尾さんが担当したプログラムだったらしく、彼女はほっと一息付いている。


 ——だから大丈夫だって言ったじゃん。夏都は自己評価低すぎるんだよ

 ——そうかなぁ


 私は鞠尾さんのおかげでサトラレと化してしまったことがある事実を思い出しながら苦笑いをしていた。しかし、これで今度こそ志音の出番だ。

 志音はキラキラした目でボタンに手を伸ばす。なんていうか、こいつ、結構好きなんだな、こういうの。ちょっとした意外性に驚きながら、モニターというかテーブルに目を向ける。表示された内容を見ると、私達は絶句した。


【シクラメン:花言葉ははにかみ、内気。照れ屋で可愛らしい人。遠慮がちではっきりとした主張をするのが苦手。優しくて、怒ると黙るタイプ。冷静な毒舌になってしまうことも】


「何この診断、バグるどころか腐ったの?」

「あたしもおいおいとは思ったけど、言い過ぎだろ」


 しかしこの診断結果に異議があるのは私だけではない。他の四人は顔を真っ赤にして笑いを堪えている。みんなのリアクションを見た志音は流石に何も言えなくなってしまったのか、決まりが悪そうな顔をして頭を掻いている。


「だ、大丈夫。志音さんは、ほら、遠慮がちで控えめなぶふっっ人だからね」

「思ってもないフォロー入れるのやめろ」


 井森さんは肩を震わせて、手で顔を覆っている。チラリと見える耳は真っ赤だ。まぁ、無理もないけど。


 ——まぁまぁ、本人の性格からかけ離れた結果が出るのもこういう診断の面白みじゃん


「お前もお前で“かけ離れた結果”とか言ってんじゃねぇよ」


 志音の抗議は無視して、ボタンに触れる。今度は私の番だ。ワクワクしながら結果を待つと、すぐにモニターがぱっと切り替わった。


【アザミ:花言葉は復讐。触れないで。とにかく執念深く、嫌なことをされたら生涯を終えるまで覚えています。あまり人と仲良くすることは得意ではない、孤高の存在です】


「なっ……」


 色々と言いたいことはあるけど、孤高の存在なんて遠回しな言い方してるけど、ようするに友達できないってことじゃない? やっぱりこの診断、壊れている。私はそう主張しようとしたけど、周りを見ると、みんなが腕を組んでうんうんと頷いている。いや、おかしいでしょ。私こそシクラメンでしょ。ふざけないで。


「なんつーか、ここにきてドンピシャな結果が出たな」

「札井さんさすがじゃーん」


 気まずそうにしている志音はともかくとして、家森さんはベッドの上でギャグ漫画でも読んでるようなテンションで文字通り笑い転げるのを今すぐやめろ。

 私は目を血走らせながら夜野さんに訴えた。


「どういうこと?」


 ——あー……と、とりあえずもう一回押してくれる? プログラム更新したからさ


 鞠尾さんが私を落ち着かせるように言う。更新したってことは、診断結果が変わる、ということだろう。私は嬉々としてボタンを連打した。


【アザミ:花言葉は復讐。触れないで。とにかく執念深く、嫌なことをされたら生涯を終えるまで覚えています。あまり人と仲良くすることは得意ではない、孤高の存在です】


「絶対に許さないから」

「夢幻、落ち着け」


 菜華が真っ赤な顔をして吹き出したことにより、私の怒りは頂点に達した。キェェェェ! と奇声を発して菜華に飛びかかろうとしたところを志音に片手で取り押さえられてしまう。さらに後ろから腕を回して肩を掴まれる。なんか抱きしめられてるみたいでちょっとイヤ。抗議の声をあげようと志音を見ると、彼女は空いた方の手で、診断ボタンを押していた。


「何が変わったんだろうな」

「知らない。何も変わってない」

「プログラム更新したっつってたろ」


 テーブルに再度表示されるのは、診断結果であるシクラメンの説明文。読めば読むほど、志音のキャラに合ってなくて笑えてくる。そのときだった。


「きゃっ!? あ、あたし、夢幻に、なんてことを……やだっ、恥ずかしい……死んでしまいたい……!」

「どうした?」


 志音は驚いた様子でばっと私から手を離すと、顔を真っ赤にして俯いた。スカートをぎゅっと握って、今にも泣きそうな表情で震えている。


「……まさか」


 更新されたプログラムの正体というものが分かってしまったかもしれない。それが事実だとしたら、それって。

 志音以外の面々も、それに気付いたらしい。VP空間の中に作られた狭い部屋の中で、私達は静かに息を飲んだ。

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