第197話 なお、変更点の無い上書き保存とする

 前回のあらすじ。変な花占いをさせられたと思ったら、夜野さんの追加プログラムのせいで、志音がおかしくなった。以上。


「え?  志音?」

「あ、あたし、ご、ごめん、急に。ちょっと積極的過ぎた……」

「キモいんですけど!?」


 私は絶叫して志音から少し離れる。離れられてしまったことにショックを受けたらしい志音は「あっ……」と言って暗い顔をしてみせた。なんかやりにくいからやめろ。


 ——あはは! 上手くいったみたいだね!


 頭の中に夜野さんの楽しげな声が響く。知恵は天井を見つめて「戻してやれ!」なんて言って絶叫している。そこに夜野さんはいないと思うけど、まぁ気持ちは分かる。


「これ、どういうこと?」


 聞かずにはいられなかった。おそらくは更新したというプログラムのせいなんだろうけど、こんなことが可能なのか。私の質問はみんなの総意だったらしく、全員が夜野さん達の返答を待っていた。志音だけはなんとも言えない表情で私を見つめているけど、無視無視!


 ——VP空間っていうのは意識を電子化してバーチャルに飛ばす技術だからね。そこに干渉することができれば、こうやって一時的に性格を操作することも可能なんじゃないかって思って!


 誰かあの邪悪なマッドサイエンティストをどうにかしろ。

 私達は震えながら自分の体を抱いていた。菜華だけは何故か知恵をハグしようとしているけど、あれに突っ込んだら負けだからもういい。


 ——みんな恐ろしい実験に付き合わされてると思ってるかもしれないけど、これはとても有意義なことなんだよ!


 そうして夜野さんは熱弁をふるった。こうやって性格を操作できるってことは、私達がリアルからデバッカーに対して出来ることが広がるということである、と。さらに、元々こういうプログラムのテストがしたくて、技術協力を引き受けたとまできた。

 まぁ確かに、夜野さんがこんな企画に飛びつくなんてなんかおかしいとは思ったけどさ、まさかこんな裏があったなんて。


 とっても素晴らしいことのように言ってるけど、それって「うわ、あのバグ強い! ここは逃げるしかない!」って時に無鉄砲な性格にさせて「俺が死んでもまだデバッカーはいる! 行くぞ!」ってさせられるってことでしょ? やっぱり恐ろしい実験に付き合わされてんじゃん。

 私がそれを告げると、みんなにドン引きの眼差しを向けられることになった。いやおかしいでしょ? なんで私がヤバい奴みたいな扱い受けてんの?


「瞬時にそんな活用法を思いつくお前が怖ぇよ……」

「知恵の言う通り、私も少し驚いた」

「案外札井さんは参謀に向いているのかもね?」

「ウケるよねー。そういう使い方ができるなら、私達は最早人形じゃん。爆弾持って特攻させることもできるってことでしょ?」

「み、みんな……夢幻は、夢幻なりに考えて発言したんだから、そんな言い方は、よくないと思う」


 うるせぇお前のフォローが一番堪えるんじゃクソ。っていうか今さらっと家森さんが私よりもエグいこと言ったけど、それについてはみんなスルーなの? ズルくない?


 ——その発想はなかったなぁ……


 このプログラムを作った夜野さんにまでドン引きされる始末で、恐らく彼女の隣では鞠尾さんが苦笑いを浮かべている。

 じゃあ逆にどんな発想があったのかと言うと、夜野さんはこのプログラムが元々目的ではなかったらしい。あくまで通過点だったと。

 彼女が将来的にしたいと思ってるのは、デバッカーの身体能力の向上。性格に影響を及ぼせるということは、何らかの形で脳に影響を及ぼしてる、というのが彼女の仮説らしい。まぁ、私も、それは間違ってないと思うけど。

 そうして、脳に関与できるなら、リミッターを外すことも不可能じゃない。夜野さんが目指しているのはそこだ。人間は体への影響を考慮して、無意識に加減して使われている。でもバーチャルでそれを考慮する必要はない。実際の体は眠ってるのだから。

 要するに、脳をバーチャル専用に呼び覚ますことができるんじゃないかっていうのが、彼女の狙いということになる。プロのデバッカーともなると、脳がその辺を切り替えられるようになってくるらしくて、それなりに力を引き出せてるって結果もあるみたいだけど。「本当の全力でみんなに戦ってもらえるようになってほしいんだぁ」。そう言って夜野さんは熱弁を締めた。


「うぅん……」


 思ったよりもデバッカーのことをちゃんと考えていてくれて怒りにくい。さらに、これがその足がかりだと言うなら、私達はデバッカー協会からの依頼とかそういうのを差し引いたとしても、この実験に付き合わなきゃいけない気がしてくる。なんていうの、デバッカーとして。


「夜野、お前の言うことは分かった。ダイブしないお前達なりに、色々考えてくれてるってことも」


 知恵は菜華の膝の上に座って腕を組み、うんうんと頷いて言う。しかし、次の瞬間、かっと目を見開いて怒鳴った。


「最初っからそうと言えよ! 騙し打ちみたいなことすんな!」


 そ れ だ 。

 私がなんとなく違和感を感じてたのはそこだ。そうだよ、言ってくれればいいじゃん。夜野さん達が弁明する前に声を発したのは家森さんだった。


「まさかー。言うわけないじゃん。イヤだよって断られたらそれまでなんだから。それに、何も知らない状態での結果が欲しかったんでしょ? プラシーボじゃないけどさ、思い込み激しい子にそれっぽいリアクションされたらやりにくいもんね」


 そ れ だ 。

 家森さんの言う通りだ。連続して他人の意見に完全同意するとか、なんか恥ずかしいね。


「まぁ乗りかかった船だしね。私は最後まで協力させてもらおうかしら」


 井森さんのその言葉は、まさに鶴の一声だった。彼女の意見に異議を唱える人は、ここにはいないらしい。もちろん、私を含め。

 とにかくプログラムが上手く動いていることは確認できたようだし、あとは同じようなことを繰り返していくだけだろう。それに、私達はまだ序盤にいるのだ。忘れてはならない、これがテストのテストだということを。

 一悶着あったけど、私達はお互いに協力しようという空気になっていたところに、家森さんのとぼけた声が響く。


「あれ、ちょっと待って」

「どうしたの?」


 井森さんは首を回して家森さんに向くと、二人は見つめ合って、急に井森さんが笑い出した。

 私達4人は困惑する。だって面白いことなんて何も無かったし。誰かの顔に何か付いているのだろうかと、みんなできょろきょろと顔を見合わせてみるけど、何もない。

 二人にしか分からない方法でコミュニケーション取ったの? エコロケーション的なことした?


「札井さんはプログラムが適用されてないんじゃなくて、元の性格にマッチしすぎてて変化を感じないだけじゃないかしら」

「やっぱそういうこと!? やばっ、めっちゃウケるじゃん」


 二人はケラケラクスクスと笑い、私を見た。


「あぁ……」


 そうか。そういえば、私あのボタン押したな、プログラム更新後に。二人は変化が無いと言って笑っているけど、変化ならある。だって、今こんなに二人に報復したいって思ってる。

 知恵と志音がどうどうと言って私の怒りを鎮めようとする中、私は恨めしそうな目で未だに笑い続ける二人を見つめていた。本当に絶対許さない……何をどうすればいいのか全く思い付かないけど、許してはならないということだけははっきりと分かる……。

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