第198話 なお、面白そうなことが起こるタイミングは逃さないとする

 ——と、いうわけで! 次はお待ちかね! 相性診断だよ! 今回のメインだよー!


 嬉しそうに声をあげる夜野さんと、隣で「どんどんぱふぱふー」とのんびりした口調で言う鞠尾さん。随分と楽しげで微笑ましい。なんだこいつら。

 新しい診断に入る前に、私達はとある誓いを立てた。それは、何が起ころうと、ここで起こったことはリアルには持ち越さない、というものである。菜華がいるこの場面では、絶対に決めておかなければいけないことだった。まぁ菜華がいなくても、やっぱりこういうのって声に出しておくことで保険になるっていうかさ。こんなことでずっともやもやしてるのもイヤだしね。


「いつでもいいぞっ」


 口調は変わらないけど、いつもよりもかなりふんわりとした印象の声色の志音は、そう言って両手をぐっと胸の前で握った。拳をこちらに見せるようなその手の動きは、明らかにぶりっ子ちゃんのそれだ。すごい……言葉と顔と仕草がバラバラで一人でバグり続けてる……なんだこれ……。

 志音は私と目が合うと、耳まで真っ赤にして顔を伏せる。そうしてスカートを握る。それさっきもやってたよね。趣味なの?


 夜野さんが「いくよー」というと、テーブルの画面がまた切り替わって、今度は真っ暗になる。どうやら、相性診断とやらもこの卓を使って行うようだ。


 黒い画面が切り替わるのをじっと待っていた私達だけど、待っても待っても真っ暗なままだ。痺れを切らした知恵が夜野さんに話し掛けると、彼女はあっけらかんと「起動に時間がかかるんだよー」と言ってのけた。

 もうかれこれ5分は待たされてる。なんとなく気になってベッド上に寝転がっていた家森さんを見ると、案の定爆睡していた。飽きちゃったのかな。


 そうしてテーブルの上に徐々に浮き上がって来たのは、二つの白い四角。他には何も表示されない。きっと遅れて出てくるのだろうと、更に待つこと一分。全然そこから見た目が変わらないから抗議したら、「え!? さっき立ち上がったよ!?」と言われてしまった。

 言えよ、こんなので完了だと思わないでしょ。


 ——いやぁ、ごめんごめん。本当にちゃんと立ち上がってるか、ちょっと確認しててさー


 頭を掻きながらヘラヘラと笑う姿が脳内再生される。あの毒気の無い表情でそんなこと言われたらなぁ……菜華と雨々先輩くらいじゃないかな、許さない人。


 ——よし、大丈夫そうだね。じゃあその白い四角の上に、手を置いて欲しいんだ。右側に立ってるとか、そういうのは抜きにして利き手で考えてね。相性診断する二人は、それぞれ自分の利き手を、その四角からはみ出ないように置いてほしい


 あとはメンバーを誰にするかだ。家森さんはそこで寝てるから無しとして。あと志音も「できればあんたがずっと寝てればいいのに」って感じのめんどくさいテンションでそわそわしてるから無しね。多分問題はないんだろうけど、やっぱり既に他の効果がかかっている人はやるべきじゃないよね。つまり、全く変わっていないと言われまくりだけど、一応私もアザミの花の性格になっているので、除外。


「つまり、あたしと菜華、あと碧しかいねーじゃん」

「じゃあ知恵と井森さんでいいんじゃない?」

「……何故?」


 菜華は悲しそうな顔をしてこちらを見る。普段は剥き身のカミソリみたいな目をしてるのに、なんでこういう時だけ普通の女子高生っぽい表情するの? 作戦? 作戦だよね?

 志音と知恵は口を揃えて私の提案を肯定した。それがまた菜華に寂しそうな顔をさせている。この部分だけ切り取ってみれば、確かに普通に菜華は可哀想かもしれない。だけどよく考えて。


「だって菜華と知恵の相性が悪かったら、菜華怒るでしょ」

「怒りはしない。何故そのような結果が出てしまったのか確認する。直前にしたことが鍵になっているかもしれないので、試しに知恵に触れるくらいのことしかしない」

「ひぇ……」

「あたしはいいって言ってねーぞ!」

「さすがの私も少し引いちゃうかも」


 こわ……いきなり友達の公開レイプを間近で見せられるなんてヤバすぎる。すんすんという音が聞こえたので振り返ってみると、志音が「知恵、可哀想」と言って目尻を押さえていた。気持ち悪いから早く普段の志音に戻ってほしいな。


「あたしはいいけど、碧はどうだ?」

「平気よ。ただ、さっきの約束……忘れないでね」


 井森さんは菜華と目を合わせて微笑む。約束というのは、リアルにその結果を持ち込まない、というあの誓いのことだろう。私だったら下手に相性抜群ですとか言われたら面倒だし、絶対知恵とは相性診断やりたくないけどな。世界で一番したくない相手かも。

 だというのに、井森さんは落ち着き払っている。単純に菜華が襲ってきても私の方が強いとでも思っているのだろうか。何それこわい。


「多分、相性がそれほどよくないって知ってるから、じゃないか」


 志音はぽつりと言った。性格こそ魔改造というかやけに乙女ちっくにされてしまったけど、やっぱり根本は志音だ。私が何かに疑問を持っていることに気付くのも、話し掛けるタイミングも。いつもの志音と一緒だった。そのアンバランスさを空恐ろしく感じながら、私は志音の言った言葉について考えてみた。


「性格を抽出して、きちんとした相性診断がされると分かっているから、井森さんはあんなに落ち着いていられるんだ」

「多分、そういうこと」


 私達が頷きながら話をする中、知恵と井森さんは同時に白い枠の中に手を置いた。白かった正方形の何かが、グラデーションで様々な色に変わっていく。真っ黒になって背景と同化したかと思うと、テーブルの色が真っ白になった。


「うおっ、びっくりした」


 知恵が驚いて手を離すと、井森さんもそれにつられる。おかげでテーブルの上が見やすくなった。白い背景に、黒い何かが浮かぶ。揺れた水面が徐々に平穏を取り戻していくように、黒いそれの振れ幅が小さくなっていき、やがてそれが文字で、診断結果であることが分かった。


「すごい凝った演出だな」

「そうね。まぁ、こういう相性診断ってどうしても似たり寄ったりになりがちだから。せっかくVP空間にいるんだし、演出で差をつけようとするのは当然じゃないかしら」

「うーん、そうかもな」


 私達は文字の揺れが落ち着くのを待ってから、表示された文章に目を走らせた。


【相性 30%

 決して高いとは言えない数値ですが、これは二人の仲が悪い、というよりは関係が十分に育まれていないことを表します。ただRの自由奔放さに、Lは少し付いていけないかもしれません。また、Lの関心のあることにのめり込みがちな部分は、同じようにRにとっては理解できない部分でしょう。しかし、RとLにはお互いの違いを許容し合う寛容さがありますので、全体的にはいい関係を築けます。】


「なぁ、RとLってなんだ?」

「ResとLesでしょ」

「どっちもレズじゃねーか」

「Resなんて言葉は無い」


 志音がおろおろしているせいで、なんと菜華がつっこみ役を担うことになってしまった。なんだろう、今のは私は悪かった。すごい反省してる。っていうか菜華に呆れた顔で発言の訂正をされたらわりと傷付く。


 何はともあれ、診断の結果は「え? この二人のこと知ってる?」と聞きたくなるくらい、両者の性格を汲んだ的確なものだった。私と志音は読みながら「おぉ」って言っちゃったもん。Rが井森さんで、Lが知恵でしょ。ばっちり分かったよ。

 私達が文章を読み終えた頃、文章の下に黒い何かが現れた。先ほどと同じように水面が落ち着きを取り戻すように、形を露わにする。


「……バー?」


 目盛りが半端なところで止まっている。目盛りの最初と最後にはMIN、MAXと記されており、ツマミのような動かせそうなパーツが、30%くらいのところで止まっているようにも見える。


 私達はそれが何かを即座に察し、直後に青ざめた。左上の”診断に戻る”ボタンに触れようとしたけど、いつの間にか私達の背後に移動していた家森さんが指を伸ばす方が早かった。


「何これ! 楽しそうじゃん!」


 何の躊躇いもなくぎゅん! と動かされるツマミ君は、MAXという文字にぶつかって止まった。

 ついでに言うと時も止まった。家森さんの笑い声だけが、不気味に響いていた。


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