第235話 なお、隙間に入っちゃったとする

 前回のあらすじ。頑張ってこれから使う機器の操作方法を覚えていったのに、改造して全く別の姿になった機械を宛てがわれた。以上。以上じゃないわ、異常だわ。

 私は目の前に広がる強そうな機械を眺めていた。私だけじゃない、志音はもちろん、近くの席の生徒達までこのロボットアニメから出てきたような機器を見つめている。


「元の機械とはちょっと勝手が違うかもだけど……分からないことがあったらウチが教えるからね!」

「そっか。じゃあ夜野さん、一つ質問いいかな?」

「なになに!?」

「シバいていい?」

「え!?」


 私の質問を聞いた彼女は、驚いた顔を見せてすぐに鞠尾さんの後ろに隠れた。そういえば付き合ってるんだっけ、この二人。彼女を盾にするなんていい度胸してる。っていうか、私達の反応にどうしてそこまで驚けるんだ。


「え!? じゃないわ! せっかく頑張ってボタンの配置とか覚えてきたのに!」

「で、でも……こっちの方が多機能だし……」

「素人が機能の多さを求めてるワケないでしょうが! 志音、アンタも何か言ってやりなさいよ!」

「え、えぇと、よくないぞ」


 子供を叱れないお父さんか、お前は。

 しかし、こいつは思ってもいないことは言わない性格だ。客観的に見て、褒められたことではないと思っているのは間違いないだろう。それに、鞠尾さんもさっき言ってた、私は止めたんだよ? と。つまり彼女もまた、与えられるはずの資料と別の機械を用意することを良く思っていないということになる。

 だというのに、夜野さんはまだ諦めきれないようで、自分が改造を施した機械のプレゼンを始めた。


「ぱっと見は難しく感じるかもしれないけど、覚えたら簡単なんだって! 例えば、資料でレバーの操作になってるカメラワークだけど、これはキーボードの矢印キーみたいに、全部がボタン制御になってるんだよ。斜めまで動かせるように作ってるからボタンがいっぱいあるけど、慣れたらすごく簡単だよ。この加速キーを押しながらボタン操作をすると、レバーを倒すよりも早く移動が出来るんだ。あと、他の通信の傍受ができるにもしてあるよ! 上にずらっと並んでるのは、そのショートカットボタンで、聞きたいチャンネルを登録しておいていつでも聞けるようにしてみたんだけど」


 なんかめっちゃ早口で説明し始めた。夜野さんのこれは毎度のことだから、私は「そんなにしたくないけど、早めに行っとくか」とトイレに並んでる時の真の無表情で「フゥン、スゴイネ」と答えた。しかし、私よりも真面目に聞いていたらしい志音は、ふんふんと身を乗り出している。そして、私の方へと振り返る。


「聞いてみると夜野の言う通り、こっちの方が便利そうだぞ」

「はいアンタ今日の夕飯抜き」

「なんでだよ!」


 寝返るのが早いんじゃ。秒じゃん。なんなのコイツ。

 私の言ったことに従うって言ったじゃん、言ってないけど。でも言ってたってことにしたから言ってたよね。


「ホンットにごめんね、二人とも。哉人っちも悪気はないから……改造してるところは見てたから、あたしが通訳するからさ」


 鞠尾さんは今日もばっちりなセットの毛先をくるくると指で巻きながらそう言った。見かける度に違う髪型をしているJK真っ盛り・オシャレ魔人な彼女だけど、夜野さんの相方ということは、こういう苦労を結構してるんだと思う。なんか慣れた様子で謝ってるからちょっと不憫に思えてきた。


「ま、なんとなるだろ。それよりもモニター見ろよ」

「お、チャンネルが表示されたね。じゃあ札井乃助。この入力端末でチャンネルを入力して、コネクトボタン押してくれる?」

「えっと、コネクトっていうのはCONって書いてあるボタンだよ」


 指差された入力端末は未改造のようだ。資料と同じなので最低限の操作はなんとかなる気がする。これまで謎の改造を施されていた日には、きっと私の精神が崩壊していただろう。

 私は椅子に座ると、5桁のチャンネル番号を入力して、最後に右側にごちゃっと並んでいるボタンの内、CONというボタンに触れた。

 接続が確立する僅かな時間で、鞠尾さんはインカムを志音に手渡しながら指示を出す。誰も渡してくれなかったから、私は自分で手に取って耳に装着した。これ、かっこいいから好き。

 向こうの映像がモニターに表示されると同時に、志音は立ったまま言われた通りの操作をしていた。


「えー、こちら演習8班。札井・小路須ペアです。今日はよろしくお願いします」

 ——うん。よろしくねー。


 志音は眉間に皺を寄せた。私は志音の挨拶に乗っかるように「しまーす」とだけ言ったせいではない。有り得ない光景が目の前に広がっており、私は先輩達がした自己紹介を全く聞いていなかった。

 誰だ、このモニターに映ってる女共は。早く我らが大魔王の雨々先輩を出せ。オイ。


 志音は簡単な挨拶を済ませると、すぐにボタンを離した。あれはボタンを押している間だけ通信の声を届けられる仕様らしい。


「オイ、デバッカーって雨々先輩じゃねぇのかよ」

「欠席があって人数の調整があったらしいよー。ま、誰が相手だろうが素早く正確に情報を伝達できなきゃ意味ないじゃん?」

「お前の改造がその成功率を著しく下げたんだろうが!!」

「ひえっ」


 血走った目で夜野さんをキッと見つめると、彼女は鞠尾さんの服の裾を掴みながら「ご、ごめんって〜」と言った。鞠尾さんは「あぁもうお乳の時間か」という顔をして、慣れた手付きで自分の胸に夜野さんの顔を収めたあと、モニターやら何やらを確認して告げた。


「思ったよりも落ち着いてるし、二人ともきっと大丈夫だよー。で、今のとこモニターの挙動も正常。あ、カメラワークだけ確認してみてくれる?」

「ここだったよな」


 私が入力端末を操作し、志音が夜野さんの改造した機器を扱う流れになっている。自然だったから今の今まで気付かなかったけど、これって私があのイカれた機器を操作しなくてもいい感じになってる? 志音のフォローだと思うとちょっと悔しいけど、今はあいつの優しさに甘えておくことにしよう。


「あ、札井乃助、このボタン押してみてくれる?」

「これ?」


 夜野さんに言われるまま押してみると、モニターの右下に魚群探知機のような映像が映し出された。私達はあのマップを頼りに指示を出せばいいのだろう。


「オッケー。じゃあウチらとバトンタッチね。夏都、ヘイパス!」


 かけ声に応じるように、機器の横に掛けられていたインカムを手に取り、鞠尾さんは夜野さんへと投げた。そして、夜野さんは上手くキャッチ出来ずに、シャー! とタイルの上を滑っていくインカムを追いかけて行った。もう不安しかない。なんだこいつら。


「通信代わりましたー、演習8班補助の鞠尾・夜野ペアです。よろしくお願いしますー」

 ——よろしくー。あれ? もう一人の子は?

「あ、すぐ戻ってくるんで、気にしないで下さぁい」


 いや気になるわ。これから第一ウェーブが始まるって時に、手本として補助するペアが居ないとかヤバいわ。

 先輩達は苦笑いを浮かべて、鞠尾さんの指示がある前に歩き出した。きっと周りのデバッカーがそう動いたのだろう。とりあえずはデッドラインを越えて、スポットに向かうことになるので、先輩達の判断は何も間違えていない。


 少し離れたところから「すみません、足避けてもらっていいですか!?」という声が聞こえる。インカムが変なところに入っちゃったっぽい。

 鞠尾さんは通話ボタンから手を離して「哉人っち早くー!」と、彼女が走っていった方へと声をかけている。

 この演習、上手くいかなくても私達は怒られずに済みそう。監督不行届ってことで。

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