第236話 なお、白い閃光とする
先輩達の移動の途中、鞠尾さんは的確と思われる指示で無駄なく二人を誘導した。いつもの脱力した話し方も、今は鳴りを潜めている。
「もう少し右ですね。他の隊列からは離れますが、合ってるので安心してください」
今回の演習では、デバッカーの進行方向を基準に指示を出すことになっているらしい。前の時間の説明をろくに聞いていなかった私だが、これについては夏休み前の授業で習ったので知っている。
通信役がデバッカーに進路を案内するのには主に3つの方法がある。一つはあらかじめ決められた地点の名前を告げること。これは互いに共通する地図をもっていることが大前提となる。もう一つは方角で伝えること。リアルであればこれが最も一般的なやり方だろうが、デバッカーはコンパスを持っていない場合が多い。今回のダイブもそうだ。さらに、座標によってはコンパスが上手く作用しないこともあるので、バーチャルの世界ではあまり一般的とは言えない。
なので、通信役は進路について、デバッカーの向きを基準に告げる機会が必然的に多くなるのだ。右とか左とか、そこから何時の方向とか。今回はモニターの隅に映し出されている魚群探知機のようなセンサー映像を頼りに、目標地点まで導くようだ。
「やっと見つかったよぉー……」
「お、夜野か。早く参加しろよ」
「あ、うん。って言っても、ウチは機械的な部分の補助しかできないし、それも今のところは必要なさそうだけどね」
やっとインカムを救出して戻ってきた夜野さんは、情けないと自嘲するように力なく笑っていた。デバッカーとのやり取りにおいては鞠尾さんに軍配が上がる、ということだろうか。まぁ確かに、夜野さんって説明が下手っていうか、自分の頭の中のことばーって喋るクセがあるから、音声で案内される側からしたら分かりにくそうだ。
夜野さんは鞠尾さんの隣に座り、入力端末を膝に乗せたまま、ロボットアニメのような機器を操作している。計器を見ながら、鞠尾さんに状況を報告し、それを受けて鞠尾さんはデバッカーに指示を出す。夜野さんがべらべらと喋っているのに対し、鞠尾さんの出す指示は簡潔だ。おそらくは彼女の中で取捨選択をし、今デバッカーに与えるべき情報のみを伝えているのだろう。まるで翻訳機みたいだと思った。すごいよ、夜野語をあんなに綺麗に訳せるのは鞠尾さんしか、きっと居ない。
それぞれが自分の受け持つ役割を果たす姿は、見事だった。鞠尾さんのことを初めてかっこいいと思った。だって普段は間抜けした喋り方するただのギャルだし……。
「すっげーな」
「何が?」
「鞠尾の通訳力」
「あぁ、やっぱり?」
鞠尾さんの働きには、志音も目を見張っていたらしい。夜野さんが入力機器でコマンドらしきものを入力すると、目の前に表示されている画面が4分割された。映像に映し出されているデバッカー達の足が止まる。
「目標地点に着きました。周辺はどうですか」
——何も見えないよ……?
——ちょっとー、大丈夫?
はぁー? なんだこいつら。
不満そうな声が先輩達から上がる。私の中で先輩への好感度が地獄まで堕ちた。探知機に映し出されている3つの赤い点は、デバッカーである先輩達を示す緑色の点とほぼ重なっている。つまり二人の案内は何も間違っていない。
カメラの映像にバグが映し出されていないことには夜野さん達も気付いていたらしく、その為の分割表示だったらしい。モニターは4方向の地平線を映し出しており、どこにもバグらしきものは見えない。
「あの先輩ちょっとムカつくんだけど」
「まぁ、初っ端の挨拶から躓いてたしな」
「あぁそういえば……」
第一印象って大事なんだなぁなんて思いながら、私はモニターと夜野さん達を交互に見る。二人の後ろ姿からは表情が読み取れない。こんな状況、私なら死ぬほど慌てるけど。
「座標は合ってます。反応もあります。前後左右を見ても何もないなら、残る答えはあと二つです」
——……なるほどね。アンタ、そっちよろしく
——分かった
鞠尾さんが話すと、先輩の一人はアームズを呼び出して空を睨んだ。そうか、空と地中。さすが先輩というべきか、その答えにすぐに気付いて警戒するとは。しかし私の中の好感度はすでに地獄なのでお忘れなきよう。
横を見ると、志音が目を見開いて硬直した笑みを浮かべていた。何その学校に来たら彼女に送った恥ずかしいポエムメッセージを黒板に張り出されてたみたいな顔は。
私は志音の視線を辿って、モニターの端に表示された探知機を見た。見た、けど。なんかよく分からないことになってた。ん? 探知機って背景の色、赤だっけ……?
「いや……違う」
背景の色は深い緑色だった。あそこに表示されていた”赤”は、バグを示す、赤い点だけ……。
「え゛っ」
何が起こっているんだ。私が探知機の異変に気付いて詰まった声を上げた直後、分割されているモニターの全画面が雷が落ちたようにピカッと光った。突如現れたのは白い光の柱だ。大丈夫、先輩達、好感度だけじゃなくて雷まで落ちててウケる、なんて思ってない。ウソ、ちょっと思った。
——これなに!?
——分かんないよ!
周りを見てみると、どこのチームも同じような反応をしている。案内役の絶叫が色んなところから聞こえる、まさに阿鼻叫喚だ。
退避して下さい! とか、大丈夫ですか!? という声が響く中で、凛とした声が響いた。
「探知機の反応から見て、おそらくはその白い光の柱がバグです。こちらで解析をします、念のため少し距離を取って下さい」
鞠尾さんだ。そして、周りがぎゃーぎゃー言ってる間に、夜野さんは入力機器をカタカタ鳴らして作業に入っていたようだ。
かっこいい……私も何か不測の事態が起こった時に「慌てないで。右腕が吹っ飛んだだけですよね。頭が吹っ飛ぶよりマシ、落ち着いて下さい」とか言って先輩を宥めたい……。
「やっぱりアレがバグだね! 実体が極めて薄い状態みたい!」
夜野さんの声を受けた鞠尾さんは先輩達に状況を説明する。あれはほぼ電子の状態で、ぼんやりと体を形成し始めたバグの赤ちゃんのようなものらしい。バーチャル上の質量が無いから、当たってもしっぺをされた程度の痛みしかないだろうとも言っていた。
「なるほどな……ま、ここの先生達が、生徒に死ぬかもしれない情報を隠しておくなんてことしないよな」
「それにしても性格悪いわ……びっくりした……」
つまり、我々高度情報技術科の生徒は機器の操作を、情報処理科の生徒と先輩達は緊急時の対応を見られていた、ということだろう。見た目が派手で実害は大したことないなんて、テストには持ってこいの存在だ。
柱は、よく見ると発光するバグで構成されていた。みんながくっ付いてそこに出現しただけ。先輩のアームズは一人が扇で、一人が弓だった。弓の先輩は手の届かない空中のバグを処理し、扇の先輩は目線の高さでしゅっしゅっしゅっと扇を往復させていた。光ってるだけの雑魚だから、一撃与えられる度に弾けて消えていく。「私は今、何をしてるんだろう」とでも思っているのだろうか、すっごい無表情で腕を動かしている。
「あっ、多分、もう一個後ろに出てくるかも」
夜野さんの呟きに反応して鞠尾さんがまた案内する。
そうして、夜野さん達は計3つの柱を破壊したのだった。
あんなたくさんのボタン、絶対覚えられないって思ってた機械だけど、3回見たら大体分かった。
全てのグループがバグを撃破し終えると、教室にいた居昼先生が第一ウェーブの終了を告げた。イカのゲームか? って思ったけど、黙っといた。
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