第23話 なお、マジカル頭脳パワー顔負けの連想力とする


 目を開けると、前回同様、森のような場所に立っていた。もしかしたら初回のスタート地点も近いのかもしれない。


 相変わらず幻想的な雰囲気だ。青々とした樹々、葉の隙間から差す木漏れ日。風がそよぎ、微風が草の爽やかな匂いを運んでいる。こんなところに自分達のロッジを作れたら、心身共に安らぎそうだ。


 晒し者確定だと凹んでいる私とは対称的に、志音はクールだった。ここに立ってることについて何も思わないのだろうか。もう少しびっくりしたりしたらどうだ。私は志音に感じたままを伝えた。


「……この会話もクラスメートに筒抜けなの、わかってるか?」


 私は言葉を失った。そして即座に閃いた。

 そうだ、ここで私達が付き合っていないというアピールができれば、それって最強では?


「札井さんが何考えてるのかは大体わかるけど、そんなことより今は課題。でしょ?」


 背後からとんと肩を叩かれる。

 先輩の無言の圧力がすごい。ゴゴゴゴと、オーラの音が聞こえるようだ。


「わ、わかってますよ」

「ならいいんだけど。それじゃ、まずは情報処理科と連絡が取れるか確認しよっか。コアの呼び出しはそのあとで」


 すっかり忘れていたが、そうだった。今回は合同演習。私達が正しくアンカーとコアを呼び出しても、それを発動できる人間がいないと意味が無い。

 なんとなく、ファンタジーでいうと、私達は戦士タイプで、あっちは魔法使いタイプな感じがする。


「夜野さんだったよね? どうやって呼びかけたらいいんだろう」

「多分、こっちからやれることは今のところ無いぞ」

「え? そうなの?」

「接続が確立するまで、向こうからの連絡待ちってところね」


 言われてみれば、合同演習だと言うのに通信機器の一つも持たされていない。説明を聞いたときは現地集合だとばかり思っていたけど、姿はなさそうだ。


「もしかして、情報処理科ってこっちに来てないんですか?」

「えぇ、あの人達はリアルからこちらの座標を探って通信してくるわ」

「でも、どうやってですか?」

「え?」


 先輩は私が疑問を持つ事に驚いているようだけど、これは至極当然の疑問だと思う。つまり、座標をどうやって割り出すか、ということだ。

 先程も言ったように、私達はコアやアンカーのカード以外何も持って来ていない。


「そういえば、先生は明確に説明していなかったわね。私達の座標はトリガーが知らせてくれるのよ」

「トリガーが、ですか?」

「初回こそみんな同じトリガーを配られるけど、二回目以降は初回使ったトリガーをそのまま継続して使うことになっているのは知ってる?」


 知らなかったけど、それは有り難い。口の端に引っ掛けてボタンを歯で噛むのだ。誰かと共有していると考えると、さすがに気持ち悪い。


「間接キスとかくだらないこと考えてるでしょ」

「あー、っぽい。札井って変なとこ神経質そうだし」

「なっ! 衛生面を考慮するのはくだらなくなんかないですよ! あと志音はスマホ水没させろ」

「なんでだよ!?」


 しかしトリガーというのは、思っていたよりも重要なアイテムのようだ。

 バーチャルの世界に飛ぶための装置だ、重要な役割を担っているのも当然と言えば当然なのかもしれない。


「知らなさそうだから教えておくね。トリガーにはそれぞれ持ち主の情報が記憶されて、管理されているの」

「情報、ですか?」

「そう。例えば、私達は基本的にアームズを一つしか呼び出せないようになっているけど、先生達は目的に合わせてある程度好きに調節できたり」

「あぁ! 前回の追試のとき、凪先生も二つ呼び出してました」


 そう、あの時は武器として使用したナックルの他に、私のために革の袋を呼び出してくれた。トリガーでそんなことまで調節できるとは……。感じていた以上に重要なアイテムだったようだ。


「活躍が認められれば生徒でも複数アームズの使用が認められるから、多彩な戦い方をしたいなら頑張った方がいいかもね」


 なんというか、先生よりも先輩の方が先生らしい感じがする。

 こんなこと、みんなが観てるモニターの前では絶対に言えないけど。


「にしても、情報処理科の奴、遅くねーか?」

「そうねぇ……ま、お陰でこうやって札井さんにトリガーの話も出来たし、良しとしましょう」

「はい! ありがとうございました!」


 うん、なんかいつもより先輩が優しい気がするけど、スルーしよう。多分、引率者としての先生達からの評価を気にしてのことだと思う。

 ここで「あれれ〜?いつもと違うよ〜?」なんて、体は子供♪頭脳は大人☆な名推理を口にしてしまえば、私の命は迷宮入り確定だ。黙っておいた方がいい。普段は空気の読めない私でもこれくらいは分かる。


 私達にとってはただの待ち時間でしかないけど、情報処理科からすると接続を確立できるかどうかも、演習の大きなポイントなんだろう。

 コアの呼び出しやトリガーについて考え込んでいる私の耳に、唐突に声が聞こえた。


「よーっす! これで聞こえるかな?」


 いや、頭に声が響いた、という方が的確かもしれない。どこからともなく、しかし鮮明に聞こえたその声の主は見当たらない。

 バーチャルとリアルの世界の通信なんて初めてだったけど、こんなにはっきりと会話できるなんて。未体験の出来事に、私の心は密かに踊っていた。


「あなたが夜野さんね? 遅いわよ」

「すいませ〜ん、ちょっと接続に手間取りまして」


 先輩が呆れたようにため息をつくと、声の主はたははと笑いながら謝罪した。

 男性であればチャラい等と言われそうな態度だ。


「初めまして。今回実習を共にする、札井です」

「あたしは小路須だ、よろしくな」

「ウチは哉人! よろしくねー!」

「っつかお前、女だったんだな」

「え!? 何!? チョー失礼じゃない!?」

「あ、ごめんね、夜野さん。こいつちょっと常識とデリカシーと人の心が無いから……」

「そんな無い無い尽くしじゃねーよ!」


 志音を悪者にしてなんとなく誤摩化したけど、私も正直驚いた。哉人なんて漢字を見たら誰だって男性を想像するだろう。


「遅れたウチが言うのもなんだけど、とっとと始めちゃおっか!」

「いいえ、あなたの言う通りだわ。二人とも、準備はいい?」


 おうよ! と返事をしたいところだけど、それはできなかった。私がコアの形状を忘れつつあるからだ。丸いのと黒いのは覚えている。情報記憶合金とやらで出来ていることも。

 だけど、肝心のアンカーを通す穴のサイズを忘れてしまったのだ。


「……」

「なんで黙ってんだよ」

「穴の大きさって、どれくらいだっけ?」


 私の質問を聞くと、志音は俯いた。

 うん、気持ちは分かる。だけど、そのリアクションは傷つくからやめて。っていうかやめろ。


「コア全体の直径が25cm。穴のサイズは直径8cmだ」

「なんで即答できるの? ムカつく」

「それこそなんでだよ」


 しかし、これでサイズはわかった。あとはコアのカードを持ってアームズとして召還するだけだ。


「そうだ。コアのカードはベルトについてる小物入れに入ってるはずだから、確認してみて」


 言われた通り確認してみると、腰には何かがついていた。美容師さんがつけているそれにちょっと似てる。アレなんて言うんだっけ。シザーポケット?

 これならいざというときも取り出しやすそうだ。中を調べると、確かにあのカードが裸で入っていた。


「これですね」

「えぇ。そのカードを握ったまま呼び出しをしてくれる?」

「札井之助のカード、黒くてかっこいいねー! VIPって感じ〜!」

「え? あ、あぁ、うん。ありがとう」


 夜野さんのノリは恐ろしいほど軽かった。この子がデバッカーだったら、バグに遭遇しても「あちゃー」なんて言って笑ってそうだ。

 っていうか札井之助ってなんだ。


「札井之助ってなんだよ」


 よく言った志音。今回ばかりは志音のつっこみが有り難かった。

 いや、別に好きに呼んでくれていいんだけど、之助って……。


「え!? だめだった!?」

「何言ってんだお前。変だろ」

「駄目じゃないんだけど、できればビューティー札井とかの方がいいかな?」

「お前も何言ってんだ」

「三人とも、早く実習進めて」


 振り向くと、先輩が腕を組んで笑っていた。怖い。

 すぐにでも取りかからないと命を刈り取られる気がする。


 恐怖に身震いしながら、カードを握りしめ、気を取り直してイメージを始めた。

 25cm、中の空洞は8cm。空洞の地面に接する出口の部分は、杭型のアンカーが当たって、固定できるように段を付ける。確か1cmの段だと言っていたから、直径8cm、マイナス2cmで接地面は6cmの穴になる。段の高さは1cm。うん。かなり順調にイメージできている。

 あとは、材質。とても硬度が高く、特殊な合金をぼんやりイメージする。


「札井之助〜! がんばれ〜!」


 夜野さんの声が直接脳に響く。慣れるまでは煩わしい思いをしそうだ。っていうか、さっきビューティー札井って呼んでって言ったよね。之助ってなんなんだ。大昔の人の名前みたい。大昔と言えば、忍者も大昔に活躍した職業だよね。

 忍者と言えばまきびs……だめだめ!

 もう絶対にまきびしなんて呼び出さないんだから!

 まきびしのことは忘れる! はいもう忘れた!

 まきびしなんて眼中にないよ!

 よし……!


「アームズ召還! ロッジのコア!」


 私が言い終わるや否や、辺りは前回同様、濃い霧に包まれた。おかしい。確か、凪先生が言っていた。イメージと呼び出したものの名称があまりにかけ離れる場合のみ、霧は発生すると。手の平にずっしりと重たい感触が伝わる。

 もうやだ。確かに金属のように重たいけど、コアは誓って、こんなにつぶつぶじゃない。


 霧が晴れていく中、私は恐る恐る手元を確認した。

 ……。

 はいまきびし。紛うこと無きまきびし。

 この霧に乗じて逃げてしまいたくなる気持ちでいっぱいだ。

 もちろん、そんなことはできないけど。

 私は死刑宣告を待つ犯罪者のような、絶望的な気持ちで霧が晴れるのを待った。


「どうだ? コアはできたか? って、おい!」


 志音の若干上ずった怒号が聞こえる。

 アンタいま笑うの我慢してるだろ。


「何? どうしたの? って、ちょっと!」


 先輩に至っては私の手の上から零れ落ちる大量のまきびしを見て顔を覆った。

 そして、いーん! いーん! と、謎の鳴き声をあげている。


「こんな面白いことがあっていいの? 無理、駄目よ、こんなの、ダメ。人類には耐えられない」


 先輩がブツブツと何かとてつもなく失礼なことを呟いているが、それに突っ込む余裕は無かった。何故ならばもう一人が派手にリアクションしてくれたおかげてある。


「ちょっ! 待って!? 札井之助それヤバくない!? えー!? きゃーウケるー! きゃははははっはひっはっ、っは、っはひっ……!」


 夜野さんの声は直接脳に響くので、この上なくうるさかった。というか、通信手段のせいだけではなく、彼女の地声が高めだから、対面して普通に喋ってもうるさいと思う。

 そんな人の笑い声が脳にぶつかってくるのだ。うん、普通にムカつく。っていうか過呼吸起こしかけてるよね、大丈夫かよ。


「やめてよ! 笑わないでよ! 私だって一生懸命やったんだから!」

「いやお前、一生懸命やってそれって一番ヤバいじゃん」

「志音は生物兵器の人体実験に使われて惨たらしく死ね」

「八つ当たりやめろよ!」


 私達が言い合いをしていると、片手で腹を抱えて俯いたまま、先輩が手を上げた。


「えんっ………ふははは……えっとね……くっ……札井さんがんっ……アームズの枠を……ふはははひっ……まき、まきび……に使っちゃったからんっ………ひはははは……」


 この人ほっといたら死ぬんじゃないだろうか。そんな風に思える程、爆笑しまくっている。しかし、途切れ途切れだが、先輩の言ってる事は分かる。

 もう私がアームズを呼び出すことは出来ない。志音の枠もアンカー用に取っておく必要がある為、コアの呼び出しは先輩に頼らざるを得ない状況になった。


「でも……今の私に……コアの呼び出しなんて……ふふははは……まきび、呼び出しちゃいそう……くははは……」


 それはやめて。

 パーティーのうち二人がまきびしを持っている光景を思い浮かべてみる。

 狂気の沙汰だ。


「そーいや夜野は?」

「あぁ、いつの間にか静かになってたよね」


 さっきまで脳直で笑い声を届けてくれていた夜野さんだったが、今は何をしているんだろう。

 まさか、本格的に過呼吸起こしたとか? いや、もしかすると、情報を流し込む準備に既に取りかかっているのかもしれない。


「笑い過ぎて倒れてるのかもな」

「そんな失礼なことしてる訳ないでしょ」

「お前、先輩の姿を見ても同じこと言えるのかよ」


 先輩は木にもたれかかって、肩を上下させながらなんとか呼吸をしていた。事情を知らない人が見たら扇情的に映るかもしれない。もちろん私は事情を知ってるから、怒りしか生まれないんだけど。


「やー、ごめんごめん」

「! 夜野さん!」

「お前、何してたんだよ!」

「え? クラスメートとみんなで爆笑してたよ? 流石にうるさいかなぁと思って通信切って笑ってた」


 そんな失礼なことしてる訳ないでしょって言った私の立場はなんなんだよ。軽々とそれ以上に失礼なことをしてるんじゃないよ。

 っていうか……そうか……これ、みんながモニターで見てるんだった……。私と志音が付き合っていないというアピールをするつもりが、まきびしをアピールする羽目になるなんて……。


「あー……なんつーか、そーいやそうだったな。これ、みんな見てるんだったよな……」


 いつもは毒舌な志音だが、いまは気の毒そうに私を見ている。

 あんたにそんなに気を遣われるとかえって傷付く。


「ねぇ志音、すぐに調べて欲しいことがあるの」

「な、なんだ?」

「一番楽な自殺の仕方」

「早まるなよ!」


 これが早まらないでいられるか。

 いい加減重たくてうざったく感じてきたまきびしを邪魔にならなさそうなところにばらまいた。

 じっと見つめていると、その上にダイブしたくなってくる。


「だから早まるなっつの」


 志音はそう言って、私の手を握った。何か言い返そうと思ったけど、何も思いつかない。鬱憤を晴らすように、志音の手を強く握り返すことしかできなかった。


「いてぇ! いてぇよ! おい!」


 あ、これいいかもしれない。うん、死ぬより全然、建設的で前向きだ。

 そっか、何か辛いことがあったときはこうやって志音に物理で八つ当たりすればいいんだ。


 とある平日、午後三時過ぎ。

 悲鳴をバックに、私は小さな悟りを開いた。

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