第22話 なお、晒し者になるとする
私達はダイビングチェアに座りながら、先生の説明を聞いていた。モニターには、コアと呼ばれるパーツが映っている。コアはかなりシンプルな構造だった。これなら呼び出すことも容易いだろう。
黒くて丸いパーツで、真ん中に貫通するような穴が一つ開いている。ここにアンカーを通すらしい。
「材質は情報記憶合金だ。間違っても鉄やアルミで呼び出すなよ。起動用のプログラムを読み込まなくなるぞ」
気になっていたプログラムの入力も、からくりが分かればどうということはない。情報記憶合金とは、簡単に言うと、うん、分からない。しかしたまに耳にする名称だ。
触れたり呼びかけたり、特定の操作をすることで、プログラムされている動作を復元できる。ということくらいしか知らない。
「お前達も街で見かけたことがあるだろう。各所に設置されている案内板等に使用されており、今や我々の生活には欠かすことのできない便利な金属だ。リアルで使用する際は当然だが電源が必要になる。しかし、バーチャルの世界では電源を必要とせず、半永久的に動く」
なにそれ神じゃん。
私は阿呆のように口をぽかーんと開けながら感心していた。
「というか、情報記憶合金は元々バーチャル空間のために開発された素材だ。
リアルの世界ではそれが転用されているということだな。この世界用に電源を必要としない合金を発明できれば、間違いなくノーベル賞ものだ」
私はうんうんと頷きながら先生の話に耳を傾けた。
だが、隣の志音は浮かない顔をしている。
「どうしたの?」
「お前、情報記憶合金の金属の配合とか分かるか?」
「え? 知らないよ。知ってるワケないじゃん」
「あたしもだけど……じゃあそんなもん、どうやってイメージすんだよ」
「あ」
いきなり大問題発生だ。志音の言う通り、合金の金属の配合なんて分からないし、知っていたとしてもイメージできなければ意味がない。
他のみんなにはできるのだろうか。周囲を見渡すと、皆困惑した表情を見せている。恐らくここにいる全員が同じ疑問を抱え、打つ手がない状況だ。
「お前達の引率の先輩達にはこのカードを配ってある。アームズの呼び出し係は
各自、先輩からそれを受け取るように」
隣に座っていた先輩が私に黒いカードを差し出した。
クレジットカードのようなそれには、”ロッジ コア等”とだけ書かれていた。
「これは金属の情報が記録されてるカードだよ。金属のことが知らなくても、このカードを使って呼び出しをすると、イメージを助けてくれるの」
便利か。
私は感嘆しながらそのカードを眺めた。
「コアの呼び出しは札井さんに任せた方がいいと思う」
いきなり大役を任されてしまった。
その真意を問うように、先輩を見る。
「コアよりもアンカーの方がイメージが難しいからね。札井さん、刀を呼び出そうとしてまきびしを呼び出したんでしょ? アンカーは小路須さんに任せた方が無難だと思うわ」
先輩は言った。肩を震わせ、顔を赤くしながら。
ねぇ、バカにしすぎでしょ。
百歩譲って面白いのは分かるけど、笑いを堪えながらそんなことを言われたら、私だって人間なんだから傷付く。
「ご、ごめんごめん、まきびしなんてアームズ、聞いたことなかったから……」
口元を押さえて涙を堪えている先輩を見ていると、悲しい気持ちになってきた。
うん、分かるよ。面白いよね。私も多分、志音が同じことをしたら盛大に笑ってたと思う。
でも私にはそれ止めて。
「先輩、コアの呼び出し、先輩にやってもらうことってできないっスか?」
「それでも演習のルール上は構わないって説明を受けてるけど、アームズの呼び出しはデバッカーの基本だからね。札井さんもマスターしないといけないと思うよ」
志音に至っては私を見限っていた。
私は亡霊のような顔で志音を睨みつける。
びくっと肩を跳ね上がらせた志音だったが、負けじと先輩に反論した。
「分かってますけど……前回なんてイメージしやすい刀を、しかも資料を見ながら呼び出した結果が、まきびしですよ? コアを呼び出すなんて今のこいつにはまだ早いっていうか」
「資料見ながらだったの!?」
先輩は嬉しそうにそう言うと、遂に腹を抱えた。
そして「死ぬ……」と言いながら、ダイビングチェアの上でうずくまった。
もういっそ死ね。
「続いてアンカーだが、こちらは少し複雑な形状をしている。基本形状は杭の形をしているが、地面に刺すとこのように、刺さっている部分が開き、抜けない構造になっている」
鬼瓦はモニターの画像を観ながら、レーザーポインタを使ってその部分を指した。
確かに、あれをイメージするのは難しいだろう。
隣に図面のようなものが映し出されているが、果たしてあんなものを呼び出せるのか。
志音はじっとその図を見つめていた。
こいつ、やるつもりだ。口も態度も目つきも、なんなら柄も悪いが、こういう時のこいつは頼りになる。
私はアンカーの一切を志音に任せようと決めた。
「アンカーはコアに触れる部分が情報記憶合金、地面に設置する部分が定着合金で出来ている。定着合金はバーチャルの世界のものに触れ、特定のプログラムを流すと固着する特性を持つ。こちらも引率者にカードを渡してあるから、それを使ってイメージしてくれ」
志音は先輩から赤いカードを受け取ると、それをまじまじと眺めた。
しかし、そこである疑問が湧いた。
「ここで受け取っても、仮想空間にカードは持っていけないんじゃないですか?」
「うん、このまま持っててもね。小さな穴が開いているでしょ? それをトリガーに通して使用すると、カードを持った状態であっちの世界に行けるんだよ」
私はトリガーの形状を思い出しながら、彼女の言ったことを反芻した。
トリガーにそんなパーツ、ついてたか……?
もしかしたら、口に入らない部分のあの突起がそうなのか?
「多分イメージしてる通りだよ」
「そうですか」と相槌を打ち、私は再び受け取ったカードを見た。
よく見ると、カードに開いている穴の断面だけが虹色に光っている。
なるほど、何か仕掛けがありそうな感じがする。
「説明は以上だ。これより、先行部隊の抽選に入る。各自、トリガーにカードをセットした上、準備しろ」
先行部隊……?
先生の言葉の意味は分からなかったけど、とりあえず床からせり上がってきた
テーブルに乗ったトリガーを手に取った。
「先行部隊って何?」
「今回の演習では、ランダムに選出されたチームが先に課題をこなして、手本になるんだよ。あのモニターに映し出されて、ね」
「はぁ!? そんなの初耳だぞ」
「だからいま先生が言ったでしょ。ま、選ばれるのは1チームだけだから、確率はかなり低いけどね」
トリガーを装着しながら、もし自分達が選ばれたらと震えた。
低いと言っても、十分現実的な確率だ。
「よし、準備は出来たな。ブザーが鳴ったら一斉にトリガーを噛め。選出されたチームのトリガーのみが発動するようになっている。誰が行っても恨みっこなしだ」
嫌だ。恨む。
大体、先行部隊ってなんだ。
手本になるかどうか、結局そのチームの実力次第じゃないか。
失敗したら晒し者もいいところだ。
先生が手を挙げ、それを合図にブザーが鳴る。
私は意を決してトリガーを噛んだ。
目を開けると、そこはバーチャル空間だった。
「うん、まぁね。そんなことだろうと思った」
私は項垂れて呟いた。
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