第132話 なお、放送の時間とする

 鬼瓦先生に誘われてラーフルに会いに来た私達は、何故か放送準備室に居た。2時間程ラーフルと戯れたあと、帰ろうと正面玄関に向かう途中で、クラスメートの木曽さんに声をかけられたのだ。


「4人とも! ちょうどいいところにいた!」

「木曽か。久々だな。どうしたんだ?」

「ちょっと校内放送してかない?」


 この4人で?

 私達はまだしも、菜華がいるのに?

 木曽さん正気?

 狂った?


 機器の設備点検とやらで、選ばれた生徒が適当な会話をしているのは知っている。放送中、放送部員達がスピーカー等のチェックをしており、あまり部員が多くないので、トークをゲストに任せているのだ。私も何度か耳を傾けたことがある。

 放送部の活動の中で、最も人気のある活動だと言っても過言ではないだろう。特に、先生や有名な先輩達の回は、放課後ではなく、昼休みなど、必ず生徒が聞けるような配慮されるほど人気だったりする。


 突然のトラブルで点検が必要になった時などに、手の空いていそうな生徒に声をかけるのは知っているが、それ以外の場合は、大体は各部活動で優秀な成績を収めた者や、部長達、委員会の長などが選抜されているはずだ。


「なんで私達?」

「今日、顧問の先生が来るんだよ。元々点検する予定だったらしいんだけど、先輩が生徒の確保を忘れてたみたいでさ。それに、高度情報技術科についての質問が結構来ててね、私が担当するように言われてたんだけど……」


 放送部以外の生徒にトークを担当してもらうのは伝統のようなものだから、できれば譲りたくなかったらしい。そこに私達が通りかかって、彼女にとっては渡りに舟だったとか。


「今日はあんまり生徒いないかも知れないけどさ。Q&A部分については、放送部のサイトでも回答載せとくし、ね? いいでしょ?」


 放送部のサイトでは各部活や学年、先生達に向けて質問を送れるようになっているらしい。私は高校のそういったオフィシャルな配信をスルーする側の人間なので、詳しくないけど。たまにクラスメート達が「今日の更新見た?」等と話しているのを耳にするので、利用者はそれなりに多いのだろう。


 そうして、連れてこられた放送準備室。志音と知恵がホームページ用の写真を撮られている。あんな仏頂面じゃ駄目、もっと笑顔、もしくはクールに写らなきゃ。

 私が手本を見せようとしたら、木曽さんに「札井さんはいいから!」と、強引にパイプ椅子に座らされてしまった。隣には菜華。嫌な予感しかしない。えっと、まさかと思うけど、私、菜華と同じ扱いを受けてる? 酷くない?


 撮影後、簡単な説明を受け、そのまま放送用のブースに連れられる二人を見て確信した。あ、私は参加できないパターンだ、って。ふて腐れつつも、木曽さんからジュースを受け取り、二人の放送を聞くことになった。


志音:なんであたしらが……

知恵:ま、このメンツはあれだろ。不幸中の幸いっていうか

志音:確かに……夢幻と菜華がいたら……

知恵:もうメンツが放送事故じゃねぇか


 誰が事故じゃ。

 むしろ私が選ばれなかったことが事故だわ。っていうか、放送中に名指しでヤバい奴扱いするな。知らない人が聞いてたらどうするの。

 腕と足を組んで、怒りをあらわにしてみても、隣でうっとりと知恵の声に耳を澄ませている菜華を見ると、空しさが募るだけだった。こんなに楽しめているなんて羨ましい。

 私もオーディエンスとして、どうにかこの時間を有意義に過ごせないだろうか。ブースに入ることは諦めて、別の道を模索してみよう。


志音:あ、もう放送始まってんのか。あたしは高度情報技術科の1年、小路須ころす志音しおん

知恵:あたしは同じクラスのおつ知恵ちえ。よろしくなー

志音:んで、今日は高度情報技術科のQ&Aだっけか

知恵:そんな気になるか? あたしは他の連中がどんな勉強してるかなんて、全く気にならねーけどなー

志音:お前はそうだろ

知恵:なーんか棘がある言い方だな?

志音:ま、気にすんなよ。んじゃ読むか

知恵:これってマジでちゃんと来てんのか? 仕込みとかじゃなくて?

志音:来てなかったら、あたしらがここに呼ばれてないだろ。あ、気になることがあるなら学校支給のタブレットから送れるぞ。何かあたしらに聞きたい事があったら気軽に送ってくれ。来ないと、あたしらもずっとフリートークはキツいかんな

知恵:それもそっか。んじゃ、読んでくれ


 え、この二人、思ったより普通にこなしてない?

 さっきも言ったけど、私もこの放送は何度か聞いたことがある。大体はもっとグダグダだったり、声が小さかったりで、聞きにくいことが多いのだ。まぁ、その素人感がまた楽しかったりするんだけど。


志音:その前に、だ。高度情報技術科がどんな科なのか説明しとこうぜ

知恵:おっ、そうだな。あたしらの学科は、バグやバーチャル空間の知識や対処法を学ぶ、かなり専門性の高いところだ。バーチャルでは、それぞれがイメージしたアームズと呼ばれる武器を使って戦ったりしてるぞ

志音:バーチャル空間でのバグのデリートはもちろん、そこに到るまでのノウハウを学んでいる

知恵:志音達なんかは優秀だからな、実際の捜索任務にも参加したことあるんだぜ

志音:そんなこともあったな。あれはあれで骨が折れたけど。ま、そんな感じで、バーチャルのトラブルの解決、しいてはリアルへの社会貢献できる人材を育てる、ってのがあたしらの科の目標だ。多分な


 だから上手いって。もっとどきまぎしろ。

 「あたしら? えーと、アームズ? とか使って戦ってんだ」とか適当なこと言え。


志音:そんな感じかな。んじゃ、もらった質問の回答に移るか。【高度情報技術科といえば、バーチャルに特化した学科ですが、入試の時に適正テストとか無かったんですか】だとよ

知恵:特に無かったな。ただ、面接でこの科を志望した動機は聞かれたけどな

志音:そんなのあったっけか

知恵:お前のことだ、どうせ「親がそうだから」ってさらっと答えて覚えてねぇってパターンだろ

志音:あ、それっぽいな

知恵:んじゃ次の読んでくれ


 私と菜華は二人の会話を見守りつつ、言葉を交わす。ちなみに、もらったばかりのジュースの缶は既に空だ。おかわりが欲しい。


「ねぇ、菜華。菜華は覚えてる? 面接試験のこと」

「もちろん。ギターが弾きたいと言ったら謎が深まったようだけど」

「そりゃそうでしょうよ」


志音:【ナノドリンクに入っていると言われている、細胞活性化ナノマシンは、便になって出てくるんですか?】だってさ

知恵:あんまり考えたことないけど、そうだろうな。じゃないと怖いだろ、飲んだら飲んだだけ蓄積されるって

志音:だなぁ。あとは体に吸収されるようになってるとか? っていうか、これは専門的過ぎて、あたしらで答えられる範囲を越えてるっつーか

知恵:だなぁ。質問の答えになってなくてごめんな


 どうなんだろう。でも、排出されるなら便に混じる以外、考えられないよね。勝手に毛穴から出てきても嫌だよね。想像したらぞわぞわしてきた、もうこのことについて考えるのやめよ。

 自分の体を抱くようにして鳥肌を抑えていると、ハンドベルのような音が鳴った。二人のリアクションから察するに、新しいメールが来た音のようだ。聞いてる人いるんだね、これ。


知恵:おっ。んじゃ次はあたしが読むな

志音:だ、大丈夫か? 無理すんなよ?

知恵:てめぇが何を心配してんのか手に取るように分かるぜ

志音:あたしはお前が恥かかないように気遣ってやってんだ

知恵:こんぐれー読めるっつの。なんてったって、質問くれた人が、漢字の上にふりがなふってくれてるからな

志音:なんで誇らしげなんだよ。よくこの科受かったよな、マジで

知恵:それじゃ読むぞ。【知恵ちゃんは馬鹿なのに、どうして高度情報技術科に入れたんですか?】っておぉい! 誰が馬鹿だ!

志音:相当アレだと思われてんだな……お前……

知恵:ちっ……

   ばか

   バカ

志音:馬鹿って、二段構えのふりがな初めて見たわ……

知恵:言っとくけど馬鹿くらい読めるし、カタカナだって読めるからな! お前らあたしのこと相当馬鹿だと思ってっけど! そこまでじゃないかんな!?

志音:なんつーか、説得力がねぇんだよなぁ……。まぁいいや、なんでこの科に入れたんだ?

知恵:あー。運だな

志音:それでいいのか、お前の人生

知恵:どうしても入りたかったんだよ

志音:気持ちだけでどうにかなるようなところじゃないだろ……

知恵:ちゃんと勉強もしたし、入試のテストだけならあたしは中の上くらい、そんな悪い成績じゃねーよ

志音:はぁ!? お前が!?

知恵:ヤるときゃヤんだよ! んじゃ次な!


 いや待って、次いかないで。え、知恵が入試で中の上? なんでこんな短期間でここまで成績落とせるの? 逆に怖いんだけど。


「本番に強いのは、知恵の魅力」

「定期テストも本番だから、そこんとこよろしく」


 私は菜華のフォローをぴしゃりと打ち落として、次の質問を待った。


志音:【乙さんに質問です。この間たまたま目撃したんですが、鳥調さんとトイレの個室に入って何をしていたんですか?】

知恵:よし、次の質問だな

志音:華麗にスルーすんなよ。華麗過ぎてスルーされてるのスルーしそうになったっつの

知恵:いや、いいだろ、別に。っていうか、あたしらのことじゃねーじゃん。今日の本題は技術科のことだろ?

志音:おいおい、気軽にメールくれって言っておいて、いざちょっと的が外れた質問が来たくらいでなんだよ

知恵:はぁ!? お前、自分が関係ないからって

志音:っつか、マジでトイレで何してたんだよ

知恵:……これ、本当のこと言って問題になったら……お前、庇ってくれるか?

志音:………………紙とペンを用意した。まず、ここに書いてみろ

知恵:……

志音:……

知恵:……なんとか言えよ

志音:……おっ! 新しいメールが入ってるな! ありがとな

知恵:次はお前宛の質問だといいな

志音:またお前宛だよ

知恵:マジかよ


 知恵ったら大人気じゃない。彼女の尺が増えて、私の隣ではメンヘラギタリストがほくほくしてる。っていうか、なんか機械にスマホ繋いでる。あ、よくわかんないけど、録音して保存しようとしてるな、コレ。


志音:【隣のクラスの高度情報技術科の者です。乙さんはパソコンの扱いに非常に慣れているようですが、どうして情報処理科に入らなかったんですか?】だとさ

知恵:あー……。なんつーか、別に話してもいいんだけど、結構つまんねー上にどっちかっつーと暗い話だからなぁ……ま、端的に言うと、稼げそうな方を選んだんだよ

志音:堅実なのはいいことだろ。でも、頑なにアームズでパソコンを使うのはなんでだ?

知恵:あ? 好きだからだよ。それに、技術科っぽい処理科のヤツがいたり、その逆がいたり、そっちの方が良くないか?

志音:それはそうだな。他分野に少し寄った人間がいると、また違った意見を聞けるかもしれないし、あたしはいいことだと思う。ま、お前がデバッガーになって稼げるようになるかは別として

知恵:うっせー、稼ぐんだよ。次だ、次


 稼ぎたかった、か。

 もしかすると、知恵の家は複雑な家庭環境なのかもしれない。そんな家に入り浸っている隣の女が怖いけど、もう今更なので気にしないことにした。


志音:【バーチャルの世界で、死にかけたことはありますか?】

知恵:あたしは無いぞー。あ、いや、この間の期末で、バグに首を撥ね飛ばされそうになったか

志音:首!? お前……結構危ない橋渡ってんだな……。

知恵:まぁ何とかなるって思ってたから。そーいや、この間の実習で男子が一人、しばらく目を覚まさなかったよな

志音:あぁ、あれは焦った。あと、リアルへの影響はまだ無いけど、あたしは相方のせいで、わりと毎回死にかけてるぞ

知恵:誰とは言わないけど、あのまきびし使いだな


 急に私に飛び火させるのやめろ。

 「え、だれだれ?」って思われるような、事情を知らない人をワクワクさせるような言い回しもやめろ。

 いますぐにでも乗り込んで二人の頬をぎゅうぎゅうに掴んでやりたいところだけど、そんなことをしてしまうと余計ヤバい人だと思われる。ここは耐えるしかない。


志音:ま、あたしらの代はまだ大丈夫だけど、毎年ダイブしたまま戻らない人が出るくらいだし、他人事じゃないんだよな、マジで

知恵:そうだな。そうならない為にも、あたしらはもっと強くならなきゃな


 なんかいい感じで話がまとまっている。これなら安心できる。私はほっとしながら、菜華が木曽さんから貰ったジュースに手を伸ばした。


志音:おっ、また新しいメールだな。【まきびしが武器の人がいるんですか? え、冗談ですよね?】

知恵:ひゃははは!

志音:冗談じゃないんだよなぁ……


 その質問送ったヤツのメールアドレスもしくはIPアドレスを教えろ、今すぐにだ。

 私はオレンジジュースを鼻から垂らしながら、目を血走らせた。そして放送ブースの窓にバン! と張り付き、椅子から笑い転げそうになっている知恵を睨みつける。


知恵:ひ、ひっ……! お、おい! 早く! 次の読んでくれ!

志音:? わ、わかった。【こんにちは、私は普通科の生徒です。私達はエクセルに行くことがほとんどありません。どんな設備があるんですか? 教えて下さい】

知恵:お、おぉ、結構まともな質問もらったな

志音:技術科が主に使う実習室と、処理科が使う部屋がいくつかある。あたしらの実習室はダイビングチェアっていう、バーチャルにダイブする為の装置がずらっと並んでいて、奥には制御ルームがあるぞ。処理科の方は、ヘッドギアと、ダイビングチェアの代わりにごっついパソコンが1クラス分あるぞ

知恵:あとは、講義室があるな。大学の教室みたいなとこだ。作戦会議とかに使うんだ。他にはバーチャルプライベート用の体験室がいくつかと、先生用の準備室か

志音:制御室なんてのもあるみたいだけどな。あれはあたしらも入ったことが無いから、よく分からん


 夜野さんの話によると、情報処理科の教室はかなり愉快な感じみたいだけど、基本的に私達がお邪魔する機会は無い。情報処理科の子達が放送を担当する時に、あの機器達をどうやって使ってるのか質問するのも面白いかもしれない。


知恵:【始めまして! 他校の生徒です! 練習試合があって、そちらの生徒さんに粉末借りてメールしました! 私達の学校には情報技術科のような科は無いので、とても興味深いです! 質問じゃなくてすみません!】だとさ

志音:お前……

知恵:なんだよ

志音:粉末ってなんだよ……端末だろ……

知恵:あっ……ちょ、ちょっと読み間違えただけだろ!?

志音:粉末借りるってなんだよ……やべぇ粉じゃねぇか……

知恵:うっせー! とにかく、メールくれてありがとな!


「知恵……可愛い……」


 菜華は、ブースの小さな窓から知恵を撮影していた。志音はほとんど映っていない。知恵がAIか何かと喋ってるみたいな動画になってる。

 これまでは楽しそうにしている菜華を羨んでいる私だったが、やっと自分なりの楽しみ方を見つけることができた。知恵が言うところの粉末を操作して、私はにっこりと微笑んだ。


志音:えーと……【そちらのクラスに札井さんという、顔良し性格良し成績良し才色兼備文武両道の完璧美少女がいると聞いたのですが、お二人は彼女のどんなところが特に素晴らしいと思いますか?】

知恵:これ絶対本人が送ってきてんだろ

志音:バカ、お前、いくら夢幻でもそこまでしないだろ

知恵:本人しかこんなこと言わないだろ

志音:そんなの分かんないだろ?


 待って、予想してた反応と違う。私の予想では「はいはい。んじゃ次な」ってなると思ってたの。私は私という女の存在を、練習試合で来ていた他校の生徒にちらっと知らしめたかっただけなの。

 それを、なに真に受けてんの? 志音? 菜華化してない? 大丈夫? 大分重度の盲目になってない?


志音:知らない人にも分かるように紹介させてもらうな。札井さつい夢幻むげん、あたしらのクラスメートだ。そして、さっき話したまきびしの使い手、つまりあたしの相方でもある

知恵:随分と丁寧だな。ま、次のメールも来てないし、いいけどよ

志音:こいつの素晴らしいところをあげればキリがないが、まずは人の話を全く聞かないところだろうな

知恵:あー、それには同意する

志音:初回の実習じゃ、みんながそれぞれの武器を呼び出す中、イオナズンを唱えたんだ

知恵:それホントやべーよな


 おい志音やめろ。

 アンタの顔写真使ってエッチなツイッターアカウント作るよ。


志音:夢幻の『人の話聞かない』系のエピソードは他にもたくさんあるが、色々な素晴らしいところを挙げたいからこれくらいにしとくな

知恵:じゃあ他の素晴らしい点ってなんだ?

志音:色々あるが、『咄嗟に思いつく失礼な言葉』は外せないだろうな

知恵:あぁ、あいつほど失礼な奴もいないよな


 いるよ、私の目の前に若干2名ほどいるよ。

 何が菜華化だ、程遠いじゃんか。校内に私の悪口を垂れ流すな。 


志音:アイツ、コンビニで会った見知らぬ女子高生を「美人メンヘラ」って呼んで、本人に聞こえてて絡まれたからな

知恵:夢幻ってマジで色々アレだよな

志音:その子が「美人って言ってくれたから、許してあげる」って言ってくれて事無きを得たんだけどな

知恵:いいヤツだな、ソイツ


 美人メンヘラの株じゃなくて私の株上げろっつってんだよコラ。

 見知らぬ人に失礼なこと言ったとか洒落にならないでしょうが。

 しかもそれ全部事実だからやめて。


志音:知恵は何かないのか?

知恵:あるぞ。さっき話した、意識が戻らなくなった男子が出たときの話だ


 知恵は取っておきの話をするようにそう切り出したけど、私にはなんの心当たりもなかった。

 八木君のとき?

 何度考えても、やっぱりあの時はおかしいことなんてしてない。しかも、バグをデリートする事も出来たし、ほぼ完璧に任務をこなすことが出来た筈だ。


知恵:あいつ、バグの拠点の洋館の壁を、まきびしでいきなり破壊しだしたんだ

志音:ここまでくると、もはや意味不明だな

知恵:作戦としてはありっちゃありなんだろうけど……ペットボトルの蓋開けるみたいに、さらっとやるから怖かった……

志音:なんていうか、ごめんな


 謝ってんじゃないよ、私の保護者面しないで。

 違う、あの時は違うじゃん。私がああしたのは、敵が吸血鬼で太陽が苦手な可能性があると思ったからでしょ。まぁ、その可能性を示唆してもなお、知恵と家森さんはドン引きしてたけど。


志音:お、またメールがきたな。【はじめまして。普通科の者です。パソコンやまきびし等、武器としての用途が思いつかないほど個性的でとても興味深いです。志音さんはどんなアームズを使っているんですか? また、他に面白いアームズを使っている人はいますか?】だとさ

知恵:やっとお前宛の質問きたな

志音:元々あたしらへの個人的なQ&Aじゃないんだけどな。あたしのアームズ、か……

知恵:どうしたんだよ

志音:お前らの後だと絶対霞むだろーが。期待に沿えなくて申し訳ないが、あたしはブーメランとか薙刀とか、まぁ基本的になんでも使うぞ。普通の武器ばっかだけど

知恵:志音ってつまんねーな

志音:普通に傷付くからやめろ


 自分のアームズの紹介をあんな風に辛そうにする人、初めて見た。まぁ、面白いもの期待されてたら、ああいうリアクションにもなるか。

 私はカシャカシャカシャカシャという、とんでもない連写の音を聞き流しながらそんなことを考えた。


「見て、知恵が校内放送してるGIF動画を作ってみたっ……!」

「さっきからイキイキしすぎ」


志音:面白いアームズといえば、あたしらの学年では夢幻と菜華が一番だろ

知恵:やっぱそうなるよな

志音:鳥調とっとと菜華さいか、知恵の相棒だ。名前も割と変だけど、使ってるアームズはもっと変だぞ

知恵:おい、菜華が変人みたいな言い方してやるなよ……

志音:あいつが変じゃなかったら、へんなおじさんも普通のおじさんだぞ

知恵:うっ……菜華のアームズはギターなんだ。それをあたしのパソコンで、バグにダメージを与える音に変換して攻撃する。要は二人で一人って感じだな

志音:ただし、その攻撃は遠くに、それも高範囲に広がるからな、めちゃくちゃ強力だ。バーチャル空間ではアイディア次第で、思わぬものが武器になるっていう、いい例だな

知恵:そそ、確かに変わっちゃいるけど、ふざけてるワケじゃないからなー


 またコイツらはすぐにいい感じでまとめる……。

 私が謎の嫉妬心に苛まれていると、点検作業から木曽さんが戻ってきた。放送ブースとの間仕切り扉の小窓を覗き込み、すぐにノックをする。二人の反応を待たず、木曽さんはブースへと消えていった。


木曽:こんにちは、放送部の木曽です。今日は機材点検ということで、私のクラスメートである二人にお話を担当してもらいました。そろそろ時間なので、最後に放送部顧問の先生からの質問で締めていいかな?

志音:もうそんな時間か

知恵:どんなんでもこいよ!

木曽:二人とも性格に難ありな相方さんみたいだけど、ペア解消しようと思ったことはないの? だってさ。酷いよね、あはは!

志音:まぁ普通はそう思うよな

木曽:で? どうなの、二人とも

志音・知恵:ない

木曽:ヒュー、お熱いねー。それじゃ、次回の点検をお楽しみに! んじゃねー


 色々と言いたいことはあるけど、私が何かアクションを起こす前に、三人がブースから出てきた。サウナからあがったような、さっぱりとした顔をしている。


「結構緊張したな」

「おう、でもあっという間だったな」

「おつかれー! 札井さん達も、ありがとね!」


 木曽さんは私達にも声を掛けて笑った。よく分からないけど、滞りなく予定をこなせたという事だろう。達成感に浸っているところ悪いけど、私にはすぐに確認しなければいけないことがある。


「どういたしまして。ところで木曽さん、顧問の先生の名前は?」

「え? 吉田先生だけど」

「住所と電話番号分かる?」

「何するつもりだよ!」


 志音は慌てて私達の間に割って入った。さすが、反応速度が他とは比べものにならない。私は感心しつつ、質問に答えた。


「性格に難有りとか言われて黙ってられるワケないじゃん!」

「そういうところだぞ」

「うるさいわ!」


 私達が互いの襟首を掴み合うと、今度は木曽さんが割って入る。胸元を押されて志音との距離が生まれると、間髪空けずに知恵が私を羽交い締めにした。


「落ち着け、な?」

「夢幻、背中に知恵の胸が当たってるかだけ答えて」


 え、ヤバい。

 なんかどう答えても寿命縮まりそうな質問投げかけられたんだけど。

 やだ怖い。


 こんなの、当たってるって言ったらミンチになるでしょ? 素人は「当たってないって言う以外の選択肢無いでしょ」って言うと思うの。でもそれじゃ全然ダメダメなの。

 何故か。簡単。当たってないなんて言ったら「こんなに密着してるのに当たらないワケないでしょう。知恵のことを貧乳だと暗にバカにしているのでは?」となる。

 絶対そう。

 ここは冷静になったふりをして話を逸らそう。そうするしかない。適当に折れようとした瞬間、木曽さんがある提案をした。


「あっ、じゃあさ。今度またやろうよ。今度は札井さんと鳥調さんで。結構反応も良かったし、ヤバいヤバいって言われてるけど普通ですってアピールしたら?」

「別に、出て欲しいってんなら、出ないこともないけど」


 ヤバい、どうしよう、嬉しい。嬉し過ぎて情緒不安定なツンデレみたいになってしまった。

 しかし、志音は明らかに嫌そうな顔をしている。ジジイが痰を吐き捨てる瞬間を目撃してしまったような顔だ。


「いや……その組み合わせは駄目だろ……」

「まぁまぁ小路須さん! まともだというアピールの為に放送やるんだよ? さすがにこの二人も、いや、札井さんは普通にやってくれるよね?」

「オイ菜華のこと諦めんなよ、可哀想だろうが」

「知恵、気にしなくていい。私はいつも通りに振る舞うだけ」

「おめーもちょっとはよそゆきの態度しようとしろよ!」


 菜華と知恵は相変わらず夫婦漫才を繰り広げているが、知ったことではない。近い将来、私にスポットライトが当たる日が来るのだ。その事実だけでご飯6杯はいける。


 放送室に戻ってきた吉田先生に帰るよう促されたが、彼への怒りは既にトーク出演への喜びに昇華されている。私はターンを決めながら放送室を出た。

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