VP免許試験

第133話 なお、おっぱじめとする

「っていうワケで、試験の性質上、今日中に合否がはっきりするのは技術科だけだね。んじゃ説明はこんなもんかな。普通科はここで筆記試験。技術科と情報科はそれぞれ実習室に移動してー」


 平常運転とも言える、やる気の無い声がマイクで拡散される。講義室に響くその声は、まだ午前中だというのに、しかも試験中だというのに、RPGでいうところの”猛毒”の勢いで私達の気力を削いでいった。


 そう、今日は待ちに待った……いや、別に待ってはいないかな。緊張して明日が来ないで欲しいとも考えたし。まぁとにかく、今年の夏の大イベント、免許試験当日である。

 迎えてみると実に平凡な一日だった。お母さんはいつも通り、朝の情報番組で司会者がヅラどうかを真面目に検証していたし、志音からは「ちゃんと起きてるか?」というメッセージが届いた。私はそれに既読をつけてスルーする。返事はいいの。面倒だから。

 志音と関わるようになって知ったのは、思った以上に心配性だということ。一週間に2回ほど寝坊するくらいで、毎日起きてるか確認してくるなんて、案外肝っ玉の小さい奴である。


 ぞろぞろと講義室を出る人ごみは、少し歩くと左右に分かれ、割り当てられた教室へと赴く。隣の利口めのゴリラは物珍しそうに周囲を見渡している。立ち止まると、窓から見える太陽を睨み付けた。


「あ、それはね。ガラスっていうの。映ってるのは自分、敵じゃないんだよ?」

「お前ってたまにあたしのことゴリラ扱いするよな」

「たまにじゃなくていつもだけど。むしろ”たまに人間扱いしてる”という言い方の方が適切だよ」

「せめてニホンザルとかチンパンジーとか、もうちょっと可愛いのにしてくれ」

「志音のゴリラっぽさは猿っぽさに起因するものではなく、デカくて頑丈そうで乱暴そうなところに起因するものだから無理」

「お前それ傷付きやすい奴が言われたら不登校になるからな」


 A実習室に着くと、私達は自分の名前が表示されたモニターの席を確認する。運の悪いことに、最前列のド真ん中だ。なんとなく面倒な気持ちになりながら席につく。右隣は志音、左側には菜華が居た。


「最近よく会うね」

「言われてみれば。夢幻、今日の私達はライバル。知恵がVR許可証を欲しがっている以上、私は手を抜かない」

「知ってる」


 こいつが私と知恵の希望を天秤に掛けて私を取るなんて絶対に有り得ない。そんなこと分かりきっている。なんなら生まれる前から知ってるというレベルである。


「どんな試験なのかも分からないし、仲良くしろよ」

「分かった。夢幻、私の膝に頭を置いてもいい」

「極端かよ」

「ダイビングチェアに座った状態でそんなこと言われても」

「っていうか菜華の膝まで頭が届くって、それ人間の胴の長さじゃねぇぞ」


 私達は呆れながら菜華を見つめた。すると、背後から声を掛けられる。志音の隣の席からだ。


「相変わらず面白いよねー」

「朝から元気があって羨ましいわね」


 彼女達の顔を確認すると、私は硬直した。井森さんと家森さんである。高度技術科一年の最凶ペアと言っても過言ではないだろう。この二人が敵に回ったら厄介そうだ。そうならない事を心から祈るしかないけど。


「おう。お前らも相変わらずだな」

「今日の試験の内容、知ってる?」

「さぁ。お前は何か知ってるのか?」

「ううん! 全然!」


 志音は家森さんに振り回されつつも、雑談を楽しんでいるようだった。っていうか、あの二人、志音いじって遊ぶの好きだよね。だからあの二人って好き。

 勢いよく扉が開き、出入口に目を向ける。そこには粋先生と、もう一人居た。顔は見えないけど……なんだろう。あの頭、見た事があるような……。私が人影の正体をつきとめる前に、二人は教員用モニターの裏に回って見えなくなってしまった。


「まだ始まらないのか」

「準備してるみたいだけど……ねぇ、あれ、誰か分かる? 志音の位置からは顔、見えたんじゃない?」

「あ? あんまよく見てなかった」

「はぁ、つっかえ……」

「確かにちゃんと見てなかったけどよ!」


 私達が言い争いをしていると、意外な人物がその答えをくれた。家森さんだ。


「あれ先輩だよね? ほら、井森さん達が捜索任務で戻らなかった日の朝、廊下ですれ違った時の」

「……雨々先輩!?」

「あぁ、そんな名前だったね! 顔がいい人のことは覚えちゃうんだよねー」


 前々から思ってたけど、家森さんってちょっと欲望に忠実過ぎない? あと、あの先輩は多分やめといた方がいいと思う。なんていうんだろ、どことなく家森さんと同じ臭いがするから。サイ的なコのパスみたいな。


「私のことすごい目で見てるけど、別に狙ってないよ?」

「あ、そうなの?」

「狙ってるっていうよりは、持ってかれちゃいそうだなって思ってただけ」

「あー……」


 なるほど。私は先輩の凛々しい姿を思い出しながら静かに頷いた。初めて会ったときは私ですらときめいたし、あの人に惹かれる女の子はたくさんいるだろう。というか、私の隣のゴリラやギターみたいな特殊な生物以外は大体惹かれるだろう。


「また失礼なこと考えてるだろ」

「別に。先輩は美形だし成績優秀だし、そりゃみんな惹かれちゃうよねって思ってただけ」

「でもミニ四駆のタイムアタックならあたしのが速い」

「なんだコイツ」

「札井さんに引かれてちゃってるじゃん」


 突然意味不明なこと言い出した志音だが、気持ちは分かる。妙にスペックの高い人間を見つけたときは勝てるポイントを見つけ、自身の心の安定を図るのだ。


「まぁね。そりゃね、私の方が狭い穴とか抜けるの得意だし」

「本当に何も思いつかなかったんだな、お前」

「仕方ないでしょ、私にはミニ四駆なんていう子供っぽい趣味はないし」

「私、ミニ四駆で関東の大会出たことあるし、狭い穴については札井さんの方がお尻大きそうだけど大丈夫?」

「へあ!?」


 慌てて振り返ると、私と志音の席の間に雨々先輩が立っていた。今日も麗しいその姿にため息が出そうになる。

 ……え、待って、私いますごいディスられ方しなかった?


「関東の大会……マジっすか……」

「うん。ま、小学生の頃の話だけど」

「先輩、私のお尻の悪口言うのやめて下さい」

「夢幻はちょっと黙ってような」


 私はいま、私のお尻の話以外したくないんだけど。志音が悉く遮ってくる。なんなのコイツ、スマッシュブラジャーズのバンパーか何か?

 イライラしていると、知恵が先輩に問いかけた。何故ここにいるのか、と。知恵達は先輩とは面識が無かった筈だ。いきなり会話の輪に入って話しかけれるなんて、やっぱりヤンキーってコミュ力高いんだね。


「私は粋先生の助手というか……試験は二人のVP管理の資格者が立ち会う事になってるんだよ。で、もう一人の先生が産休だから私が呼ばれたの」


 私は雨々先輩の言葉を理解することができなかった。志音も同じだったようで、二人でただ呆然としてしまった。


「えっと……え、資格者?」

「そうそう。説明が面倒で言ってなかったんだけど、私は許可証持ちじゃなくて、管理者の資格持ちなの」


 はっきりとそう断言され、沈黙は私達の両隣のペアにも広がる。知恵達はまだしも、家森さん達ですらちょっとビビってるなんて。先輩すごい。

 以前、許可証持ち同士の小競り合いについて質問した時、よく分からないと言っていたのはそういうことだったのか。


「確かに難しい資格だけど、年齢制限は無いからね。この間、5歳の天才少年がこの資格を取ったってニュースになったの、知ってる?」

「あぁ、見ました」

「そういうことだから。私はたまたま人よりちょっと優秀だっただけ。今日はみんな頑張ってね」


 そう言って先輩は柔らかく微笑んだ。駄目だ、多分、先輩に休日どこかに誘われたら、めちゃくちゃ気合いの入った格好をして行ってしまう。彼女の持ち合わせる引力に、畏怖すら感じる。


「わざわざそんなこと言う為に準備抜け出してくれたんスか?」

「うん。だって、小路須さんはともかくとして、札井さんがこの場にいるなんて奇跡じゃない。私、嬉しくなっちゃって」


 うん? またディスられた? ディスられたね? 確実に”お前ごときがよくこの場に来れたな”感出してきたね?

 しかし、先輩が私の姿を見て駆けつけてくれたことは事実。嬉しい、いや、ムカつく、ううん、分かんない。

 相反する気持ちがぶつかり合ったせいか、気付くとは私は、握り拳を震わせながら「う〜〜……!」と奇妙な声を発していた。


「どういう感情だよ、それは」

「わかんない……! わかんない……!」

「あはは。そうそう、今日の試験、私も受けたんだよ」

「え!? そうなんですか!?」

「うん、リハ? 的な。一応、課題こなして17時までに戻って来れれば合格だから。早いチームだと、どれくらいだろ。2〜3時間ってとこかな」


 鬼瓦先生も粋先生も教えてくれなかったことを、この先輩はスラスラと教えてくれる。なんなら進んで情報提供してくれる。やっぱり持つべきものは先輩だと確信した。

 志音は時計を見ながら、持ち時間を逆算している。10時からスタートとして、7時間。かなり過酷な試験になることが予想される。


「長丁場っすね。ちなみに、先輩は何時間でクリアしたんすか?」

「んー? うーん……」


 先輩は腕を組んで、志音の質問に答えようか思案しているようだった。横から私や家森さん、知恵が教えて欲しいと声をかける。この先輩ならスムーズにいって2〜3時間の想定のところを2時間切ってクリアしてそうだ。

 ちなみに、菜華も私達に倣って「おしえてー」と声を発したが、めちゃくちゃ棒読みだったのですぐにやめさせた。教えて欲しくないとすら感じさせる、強烈な”お願い”だったのだ。


「ま、これくらいいっか。私はね、15分」

「……?」

「え、今なんか聞こえたか?」

「やぁー……急に耳が変になったかも……」


 チートでは?


 私達は動揺を隠しきれず、それぞれが先輩にドン引きする。先輩はそんな視線をものともせず、颯爽と準備へと戻って行った。


 その後、粋先生が説明の為にホワイトボードの前に立ったけど、6人の中でその内容が頭に入った人は居なかったと思う。みんなもっとしっかりしてって感じだけど、仕方がないよね。

 大丈夫、私はみんなの動揺を責めたりしないから。ところで、このトリガー? とかいうパーツ、どうやって使うんだっけ?

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