第134話 なお、Nobody knowsとする

 なんとかトリガーの使い方を思い出した私は、志音と共にバーチャル空間へと降り立った。スタート地点はロッジ、だと思う。ロッジというか、内装は完全にコテージなんだけど。

 ロッジは通常ほぼ透明のはず。わざわざその中に建物を建てたのだろうか。新しい樹の匂いが仄かに香る。空気の綺麗な山奥に遊びにきたかのような錯覚に陥りそうだ。

 とにもかくにも、スタート地点はここ。目的地は不明。そう、不明なのだ。放心していた私だが、粋先生の言葉で一番重要そうなものはちゃんと覚えている。


 ——ゲートをくぐれ


 である。ただし、何の扉か、どこにあるのか、全て不明。私達はこれからその扉とやらを探さなければいけないのだ。


「はぁ……もっと分かりやすく言って欲しいよね」

「そりゃそうだけど、探すのも試験の内なんだろ」

「ロッジから東に7歩、北に8歩のところを調べろ、とかさ」

「だからドラクエ好き過ぎだろ。7時間あるんだ、じっくり行こうぜ」


 私と志音は無駄口を叩きながら外に出た。コテージの扉を手前に引くと、ほとんど見えないもう一枚の壁に行く手を阻まれ、やはりロッジ内に建設された建物の中だったという事が分かった。

 

 舗装はされていないが、それなりに歩きやすそうな道が、見えないほど遠くから伸びてきている。それはこのロッジを素通りするように、どこまでも続いていた。


「……どっち行く?」

「右だ」

「なんで?」

「勘」


 志音は悪怯れもなくそう断言して、私の返事を聞く前に歩き出した。しかし、私は志音の決定に逆らうつもりはない。

 今にも野生に帰りそうなゴリっている女が”勘”というのだ。つまり、これは野生の勘が働いた、ということに他ならない。これに対抗できるのは”オンナの勘”くらいである。


「いいのかよ。勝手に進んだあたしが言えた義理じゃねーけど」

「いいよ、どっちだって一緒だと思ってたからアンタに聞いたんだし」

「……なるほどな」


 起伏の激しい道をしばらく歩くと、人影を見つけることが出来た。見慣れた凸凹コンビ。遠目にもわかる、柄の悪そうなチビと、悪い遊びに誘われているようにしか見えない美女。菜華達だ。


「よう、10分ぶりくらいか?」

「夢幻達か……ま、いっか」

「え、なんで一瞬不満そうな顔したの?」


 私は知恵の表情の変化を見逃さなかった。

 こいつ絶対「うわ」って思ったよ。


「不満はないけど、ほら、夢幻ってちょっと何するか分かんないだろ? だからちょっと、不安だったっていうか」

「むき出しのナイフみたいな相方連れて歩いてるアンタに言われたくないんだけど!」

「夢幻、それは間違っている。強いて言うなら、手乗りのハムスター」

「何にもかかってないし、厚かまし過ぎるだろ!」


 知恵は私のことをパルプンテか何かだと思っているようだけど、その認識はおかしい。っていうか、まきびし一つで取り返しがつかなくなるような事態になるワケないでしょ。どっちかと言うと、あんたらのアームズでヘマしたときの方が怖いっての。


「で、お前らはあたしらを待ってたのか」

「あぁ。道が繋がってんだろ? 3チームで行けってことかと思って。お前らが来るとは思ってなかったけどな」

「……なるほどな」


 彼女の言う通り、この先は3本の道を束ねるように一つにまとまっている。私達が歩んできたのは真ん中の道。さっきから知恵が右側の道をちらちらと見ているので、おそらくこれから誰かが来るとしたら、右側の道なんだと思う。


 実は全部偶然で、知恵の考え過ぎだったってことも充分有り得る。いや、むしろ何かの罠かもしれない。だけど、私は彼女の考え方に賛同せざるを得なかった。

 それは知恵が今まで積み重ねてきた実績によるものである。何も分からない状況での、こいつの判断力は信用に値する。要するに、コイツにはなんとなく信じられる要素しかない、ただそれだけだった。


「じゃあ私達も待つよ、もう1チームを」

「いや、時間を無駄にはできないし、ちんたら進むぞ」


 もう1つの道から来たペアは自分達よりも先行している、もしくはこの道自体がダミーである可能性がある、というのが知恵の言い分である。理屈は間違っていない。何かしらアクションを起こすべきだと思う。


「この道を先行したチームがあるとしたら、多分、月光達だと思う」

「……なるほどな。あたしも知恵の意見に賛成だ。ちんたらと言わず、とっとと行こうぜ」

「え、なに? なんで家森さん達なの?」

「取り返しのつかない試験だぞ。並の連中なら慎重になるさ。よっぽど自分達の腕に自信があって、他者を必要とせずクリアできる確信がなきゃ、な」

「あー……」


 あの二人なら腕に自信がありそうだし、自分達以外の他人をお荷物だと思っていてもおかしくない。自分達に追いつけない程度では、居ても足手まとい、という判断くらいは下しそうだ。


「ま、違ったとしてもだ。2時間後にどこかのペアがここに来ても、もう遅いだろ」

「そうだね。それこそ邪魔っていうか」

「そういうこった」


 私達だって、ロッジから出た道を逆に行ってたら、ここに辿り着いてないしね。

 少し冷たいかもしれないが、私達は3つの道が1本にまとまった、これまでよりも少し太い道を進むことにした。

 ”扉”についての考察だとか情報交換だとか、そんなことをしてなけなしの引き締まった空気を保持しようとしたが、何も知らないのは知恵達も一緒である。


 すぐに話すことが無くなった私達は、無言で一本道を進む。一応周囲に気を配ってはいるが、異常は見当たらない。見兼ねたように口を開いたのは、菜華だった。


「心理テストでもする?」

「? 珍しいな、お前がそういうの振ってくんの」

「イヤならいい」


 彼女は拗ねたようにそう言った。

 ねぇ、知恵ってさ、もうはっきり言っちゃうけど、菜華と付き合ってるよね? なんで扱い方心得てないの? おかしくない?


 私の非難するような視線に気付いたのかは分からないが、知恵はすぐに謝って仕切り直しを要求した。私の隣では、志音が呆れたような顔で、こっそりとため息をついている。

 そして、菜華は心理テストを出題した。


「知恵の今日の下着は何色?」

「それ絶対心理テストじゃないよな」

「そんなことない、今日の知恵の気分が分かる」

「自分の気分は自分で分かるからテストする必要ねぇよ」


 言われてみれば。そんな事を言って、菜華は納得したように頷いた。私と志音は、白昼堂々とセクハラが敢行されるとは思ってもいなくて、目の前の光景を疑う。

 道は真っ直ぐと、まだまだ続いている。知恵は、呆れながら「もっとマシなのねぇのかよ」と菜華に問うた。


「……知恵はどこが一番感じる? 性的な話なんだけど」

「だからそれ心理テストじゃねぇし、重大なセクハラだぞ」

「っていうか聞かなくても菜華なら知ってそうだよね」

「それな」

「聞こえてんだよ!!!」


 知恵は振り返って私達を怒鳴り付けたが、はっきり言って八つ当たりである。っていうか事実でしょ。顔真っ赤にしながら怒っても説得力無いよ。

 もういいと言わんばかりに、知恵はズンズンと歩いていく。しかし、そんな彼女に菜華は次なる質問をした。


「ご飯とパン、どっち派?」

「あぁ? ……どっちかってーとご飯かな」

「なるほど、つまり私のことが好き、ということ……?」

「なんだよこのポンコツアキネイター」


 ポンコツどころの騒ぎじゃないね。多分そいつ、イエスって答えるまでずっとその質問繰り返すよ。なんならいいえって答えても、「ん〜、あなたの想い人は……私」って結論出すよ。

 私達はなんとも言えない気持ちで知恵を見守るしかなかった。道の向こう側には、背の高い木々を迂回するようなカーブが見えてくる。それを目指して歩き続けた。


「知恵」

「もういい。変なことしか言わないし」

「赤と白と青。どれが好き? あ、黄色でもいい」

「ここで赤って答えたらお前のギターの色だからってさっきと同じ流れになりそうだな……」


 知恵が通常では考えられないほど警戒レベルを上げている。

 すごい、私なんてその発想すらなかったよ。

 やっぱりベテラン被害者は格が違う。扱いを心得てないなんて思ってごめん。


 私は感心しつつ、知恵の後頭部を見つめた。そうだよね、この人、学校から帰っててもまだ菜華と一緒にいるんだもんね。

 菜華とかいう危険物の扱いに慣れてきたと思っていたけど、それは私の思い上がりでしかなかった。プロにはまだまだ敵わない。

 うんうんと唸りながら進んでいると、前列の二人が足を止めたので、周囲を見渡した。


「は、はい……?」


 ようやく辿り着いた、曲がり角の先に広がる光景に目を疑う。

 地上を照らしていたはずの太陽は姿を消し、頭上に広がるのは満天の星空。がらりと変わる景色、昼と夜の狭間に立つ私達。異常事態にも関わらず、あまりにも見事な天の川に、しばらく視線を奪われた。

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