第137話 なお、やる気はヤる気によるとする

 前回のあらすじ、免許試験の水先案内人であるかぐや姫を口説くことにしましたまる。


「あたしはそういうのは苦手っつーか……井森と家森に任せようぜ」

「嫌よ」


 しかし、作戦会議は難航していた。なんと、主力と思われていた井森さんがまさかの離脱宣言をしたのだ。


「え……なんで? 女の子口説くの好きでしょ?」

「厳密に言うと、私は女の子の体に興味があるから、触れない子が相手だとやる気が出ないわ」

「身も蓋もねーな」

「試験なんだからそこは頑張れよ」


 とんだ腐れビッチな発言だが、今まで井森さんの行動とも矛盾していない。なるほど、流石に「落としたらヤッちゃっていいよ!」なんて勝手に言えないし、ここは彼女の力無しで解決しなければいけないようだ。


「左のルートの偵察でもって思ってたけど……ここを離れない方が良さそうね」

「偵察は有り難いけど、どうして?」


 彼女がここに残る判断をした理由が分からない。私達は頭にはてなを浮かべて、井森さんの顔を見た。


「女の子もまともに口説いたことのない人ばかりなんて、さすがに家森さんが気の毒で」

「女の身でありながら女を口説き慣れてるお前らが異端なんだよ」


 とはいえ、この場では有り難い。女子高生が数名集まっただけで、同性を口説きなれてる人が2人もいるなんて、私達はとてつもなく恵まれている。


「にしても私達はラッキーだよね。先駆者がいるおかげで傾向が分かるんだもん」

「え?」

「あの先輩が落とせたってことだよ。あーゆータイプが好みなら、私にはちょーっと厳しいかも。志音は結構いいとこいくんじゃない?」

「あ、あたしが? 無理だろ」


 話し合いの結果、まずはどう見てもタイプじゃなさそう且つ、無難な会話ができそうな人物が様子を見に行くことになった。

 早速私の出番だと立ち上がると、志音に思いっきり腕を掴まれてしまった。肩が抜けそうな衝撃に顔を顰めながら声を上げる。


「いった!? はい!? なに!?」

「なんでお前が行こうとしてんだよ! 先手は知恵だろ!」

「なんで!? 私か知恵とは言ってたけど!」

「言ってねぇよ! 無難でまともな会話ができる奴って言ったんだよ!」

「はぁ!? それじゃあ私がヤバい奴みたいじゃない!」

「え。うん」

「だとてめぇ!!」

「いってぇ!」

「夢幻落ち着け! お前は何回こういうやり取りしたらやべぇ奴だって自覚すんだよ!」


 座っていた志音を押し倒し、奴の肩を地面に押し付け、顔面に手のひらを振り下ろす。

 ぱちんぱちんと何度か叩くとやっと気分が落ち着いてきた。遅効性の毒のように、知恵の発言が今になって効いてきた私は、志音に跨りながら知恵を見た。


「な、なんだよ」

「さっき、私のこと”やべぇ奴”って言わなかった?」

「言っ……えっと……とりあえず、あたしが先に話してくるから。お前らはそれ付けてろ」


 知恵は誤魔化すようにパソコンを呼び出すと、私達に小さな何かを渡した。手のひらに乗せられたそれは、小型のイヤホンである。通信実習のときに見たぞ、コレ。パソコンとセットで呼び出せるとは、もう何でもありだなコイツ。

 苦い思い出がぶわっと、私の心の中で充満する。疑似サトラレ体験……嫌だったな……でもそれ以上に志音の心の中を覗いちゃったのが気まずかったな……。


「電波は弱いけど、ここからステージまでなら十分届く筈だ。何かあったらこれで指示をくれ」


 知恵はそう言ってステージへと向かった。その後ろ姿をしばらく眺め続けたが、「そろそろ退けろ」という声で我に返った。そうだった、私、ずっと志音を座布団にしてるんだった。

 イヤホンをしながら起き上がる志音は明らかに不機嫌そうだ。あんたが私を変人扱いするからでしょうが。知恵はさっき本音がぽろりしてたけど、井森さん達は私のことヤバいなんて思ってないよね?

 でも、確認して「え、ヤバイよ?」って言われたらしばらく立ち直れなさそうだから、いま聞くのはやめとこ。


 私達はかぐや姫にバレないように遠回りしながら、ステージが見える位置まで移動すると、知恵の雄姿を見守った。

 知恵は舞台には上がらず、草原に立ったまま彼女に話しかける。


「よっ」

「む、主は先程の……」

「あたしは知恵ってんだ。さっきは自己紹介してくれたのに、返さなくてごめんな」

「全くじゃ。やれ課題だ、やれゲートだ、みんなそうじゃ。わらわのことなんてどうでも良いのじゃ」


 うん、そうだね。

 私があの場に居たら絶対そう言ってた。だから、トップバッターで行かなくて良かったって、今更ほっとしてたりする。

 いくら私でも彼女の愚痴を肯定するのが悪手なのは分かる。ただ、考える前に普通に返事をしてしまうってだけで。


「みんなって?」

「他の受験者達に決まっておろう」

「そっか……かぐや姫は毎年この試験を担当してるのか?」

「そうじゃ。登竜門というヤツじゃよ」


 知恵は上手くやっていた。試験の背景をざっとさらいつつ、会話を進める。何が口説くヒントになるかは分からないので、こういう情報はいくらだって欲しい。


「のう知恵」

「あ? なんだ?」

「主は、行かなくて良いのかえ?」

「……あぁ行くぜ。ローテーションで休憩してんだ。疲れて戻ってきた仲間がアンタと話したがったら、その時は構ってやってくれよ」

「ふむ……仕方がないのう」

「んじゃな!」


 そう言って、知恵はステージの後ろに回り込む。十分離れたことを確認したのか、こちらに声が届いた。


「どうだった?」

「ばっちりだよ! ホント、無難オブ無難! やっぱりトップバッターを知恵に任せて良かったよー!」

「そこまで言われるとなんか嬉しくねぇなオイ」

「まま、細かい事は置いといてさ。私達はステージ真横にある草むらにいるよ。知恵から見て、ぐるーっと右回りすれば合流できるんじゃないかな」


 家森さんの案内で知恵が合流すると、私は奮い立った。今度こそ私がいくんだ。動き出そうとすると、今度は家森さんに肩を組まれ、動きを封じられてしまう。


「ちょ、ちょっと」

「札井さんの出番はまだだよー」

「そうねぇ」


 気が付くと、井森さんまでもが私の腰に手を回していた。ぱっと見は"両手に華"、だけど彼女達の性質を鑑みれば"両手にタナトス"という方が適切だろう。


「んじゃあ菜華、行ってくるか?」

「私? 分かった」


 ……は?

 はぁーーーー??

 この流れだと私が菜華以上にヤバい奴扱いされてるみたいで嫌なんですけどー?

 私は恨めしそうに菜華を見るが、彼女は全く気にしない様子で、知恵が来た道をなぞるようにしてステージへと向かった。


 そして、あたかも三つ又に分かれた道から戻ってきたかのように、かぐや姫の前に姿を現す。死角から回り込む為、大体のルートは決まっている。こんなところに居るのが見つかったら、「探しに行っとらんのか!」と怒られる気しかしないので、その辺はみんな慎重のようだ。


「この決まったルートをかっちり歩かされてる感じ、卒業証書もらう時みたいだね」

「言われてみりゃそうだな」

「なにを卒業するんだろ」

「そりゃー女の子口説くんだし、童貞とかじゃない?」

「あいつの場合、知恵で既に卒業してそうだけどな」

「うっせぇ!」


 菜華の話題になると、大体知恵に飛び火する。今回も例に洩れず被害を被った知恵は、この話題をかき消すように菜華に激を送った。


「こいつらの言う事は気にすんな! お前らしく頑張れな!」


 その言葉に、私達は耳を疑った。

 え、今なんて?

 井森さんですら、口をあんぐりと開けて呆然としている。当たり前だ、あいつが自分らしく振る舞って、初対面の女性を口説けるとは思えない。


「知恵、いまのは……ちょっと……」

「え? あたし、なんかマズイこと言ったか?」

「自分らしくって……」


 発言した知恵自身、あまり深くは考えていなかったんだろう。そんな事言ったか? という顔をして、首を捻っている。

 発言を訂正するよう知恵に言う前に、とんでもない音声が私達に届いてしまうのであった。

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