第91話 なお、リフティングでギネスに載れそうとする
彼はすごい形相で私達の前に立ちはだかった。恐らくは霧になってここまで移動してきたのだろう。階段をショートカットできるし、なかなか賢い手段だ。
逆に言うと、頭をフル回転させて死守しなければならない何かが、この扉の奥に眠っている、という事になるけど。
「や、やめろやめろ! ぼくは、こんな……! インターネットの閲覧履歴の消し方が知りたい!」
「何を見てたのかな?」
「なんか可哀想になってきたな」
彼は両手を大きく広げて扉を守っている。知恵の言う通り、確かに可哀想なんだけど、私達だってこれが仕事なんだ。しっかりやらないと。
私はぶつける為に浮かせていたアームズに念じる。手始めに、あいつの手が届かない部分を破れ、と。
勢い良く放たれたそれは、一発で扉の上部を破壊した。壁と同じ要領でやってみたけど、まるで薄い発砲スチロールを殴ったような感触だった。
少し本気を出し過ぎたかもしれない。
「お前……本当に無慈悲だな」
「北よりもよっぽどアレだよね」
「家森さん、政治的なネタはやめて」
そして、いまだ部屋の中を漂っているであろうアームズに、戻ってくるように念じる。見えないから分からないけど、大体これくらいの高さか。
「ぐはぁ!!?」
「よし! ビンゴ!」
「ひどすぎるな」
「札井さんって私のことヤバい奴だと思ってそうだけど、札井さんも大概だよね」
「っていうか下手したらあいつの方がやべぇぞ」
部屋の中から、ちょうどバグの頭部辺りを狙って戻ってくるように念じたのだ。バグの頭と同じくらいの大きさがあるそれは、綺麗に彼の脳天にクリーンヒットして戻ってきた。
知恵達がなんか失礼なこと言ってるけど無視。ヤバい人ってどうしてこうもみんな無自覚なんだろう。
私はため息をつく代わりに、まきびしでドアノブを直接突き破った。ボロボロになった扉は、まだ手をかけていないにも関わらず、その衝動で少し開く。
中の様子が少し見えるが、別に普通の部屋という感じだ。
もしかして壁に美少女のポスターでも貼りまくっているのでは? と思っていた私は、その光景に少し拍子抜けした。
「……いこっか」
「だな」
足元を見ると、バグは倒れたまま動かないどころか、ところどころにモザイクが発生していた。
まぁ頭部を金属で殴りつけられればそうなるか。しかも刺さる系のヤツ。
私達は彼を跨いで部屋に入った。本当に何の変哲もない、普通の部屋である。
テーブルの上のパソコンだけが少し気になったが、それだけだ。試しに触ってみようと、マウスに手を伸ばしたら、背後から怒号が聞こえた。
「やめろ……!!」
なんと。
彼は頭から血を流しながら、這って部屋に入っていた。
どんだけ見られたくないんだよ。
なんだか気が引けた私は、伸ばしていた手を引っ込めた。
彼は既に虫の息だ。デリートさせてくれたらこれ以上、家捜ししないという条件を提示するのはどうだろうか。
私達もできるだけ早く帰らないといけないし、彼だってもうこの状態で逆転できるとは思っていないだろう。
自分が消えたあとの名誉を守る方を、きっと取ると思う。少なくとも、これ程までに見られたくない何かがあるなら、私ならそうする。
決して悪い条件ではないだろう。問題は、私達を信用してもらえるかってところだ。
「ねぇ、取引しない?」
「取、引……?」
「私達にあなたをデリートさせて欲しい。もちろんできる限り痛くは」
「月光! 見ろ! こいつのパソコンハッキングできたぞ! うわー、えっぐいエロ動画観てんなー」
「えー!? 見せて見せて! うわっ、本当だ、やば!」
はい、無し。
今の無しね。
私は頭を抱えかけたが、逆に考えることにした。つまり、二人を諌めて止めさせることができれば、少なくとも私への信頼度はあがるのでは?
そう思い直し、ショックを受けたせいなのか、怪我のせいなのか、それとも両方なのか、辛そうに頭を抱え、額を床に擦りつけているバグに話しかけた。
「ぬうううううう……!!」
「二人には今すぐ止めさせるから、ね? いい? 大丈夫、これ以上被害は拡大させな」
「知恵! 見て見て! ベッドの下にえっちな本あったよ! 隠し場所ベタすぎない!? あはは!」
「うっわ、こいつアレか、年上好きか」
私が言い切る前に被害を拡大させるな。
うっかり感激しかけたわ。
ショックがあまりにも大きすぎるのか、次第に彼の体にまとわりつくモザイクが増えていく。これ、部屋のエログッズいじりで倒せるのでは?
こんなに死にそうになっても、霧になられては物理攻撃は効かない。彼がそうしないのは、偏に私達の探索を止めようという意思があるからである。
さきほどの交渉は今さら不可能だろう。ここまでされてしまえば、これ以上漁ったりしないなんて伝えてもあまり意味を成さない気がする。
いや9割いじり倒しといてもう遅いわ、という風に思われる可能性が高い。少し悩んだが、私は二人の暴挙を見守ることにした。
「ねぇ、知恵、そのままamazonの閲覧履歴見てみて!」
「あ? こうか? おっ……? おな……? なんだこれ」
「穴に興味津々じゃん!」
お前らの血は何色だよ。
私のさっきの攻撃もアレだと思うけど、この二人の見られたくないものいじりの方がえぐいと思う。っていうか主に家森さんのいじり方がガチでえぐい。
「ち、違う……あんな、ものを、見てしまった……自分が怖い……スマホに届いた20万の請求メールと同じくらい怖い……」
「それ架空請求だから払わなくていいんだぞ」
「えっちな動画ばっかり観てるから、心当たりが有り過ぎたんだね」
バグは遂に言葉を発することすら苦しくなってきたようだ。その後、一頻り部屋とPCの中を蹂躙した家森さんは、不思議そうにバグに尋ねた。
「あー、楽しかった」
「くっ……もう……出て、いけ……」
「気になってたんだけど、バグ君って花粉症とか鼻炎持ちなのかな?」
「ふざ、けるな……! 何の話だ……! どちらでも、ない……!」
歯軋りするのも辛そうな様子で、彼は床に這いつくばりながら家森さんを睨んでいる。彼女はしゃがんで、できるだけバグに目線の高さを合わせる。
そして、無邪気な顔でこう言った。
「丸まったティッシュがゴミ箱にたくさん入ってるのはなんで?」
悪魔かな?
恐ろしすぎる。
私はしばらく彼女から視線を外すことができなかった。
そして、少し遅れてバグを見ると、彼は居なかった。
え。
「いない!?」
「聞いた瞬間消えたよ、ティウンティウンティウンって」
「ロックマンテイストやめて」
「質問してバグをデリートするって……すげぇな」
「ま、これ以外に方法思い付かなかったしね」
それはその通りだ。可哀想だとは思ったけど、私だって結局は彼女のやり方に賛同せざるを得なかった。
彼の事を考えると可哀想な気もするけど、元はと言えば、霧になって物理攻撃を完全に遮断する彼がいけないのだ。普通に戦えれば、私達だってこんなことしなかった。
絶対に自分が傷付かない位置から石を投げるような真似をしていた報いだ。そう考えると、ざまぁ見ろとすら思えてきた。
「おい! こいつセックスHOW TOって本買ってるぞ!」
「嘘!? あ、これかな!? 見つけたよ!」
「マジかよ!」
「ウケるー! 正常位ってところにマーカーで線引いてあるんだけど!」
「やべぇな!」
死体蹴りはやめてあげて。
蹴るなんてもんじゃないよね。リフティングしてるよね。
でもマーカーでチェックしてるのはキモいわ。
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