第146話 なお、秘密厳守とする
志音は私の名誉を挽回しようと考えてくれているようだ。えーととか、うーんとか言いながら言葉を探している。そして、遂に良い言い方が見つかったのか、咳払いをして話し始めた。
『その、夢幻は、言うほど悪い奴じゃない』
『……なぜ庇うのじゃ。やはり主は優しすぎるな』
『違ぇって。お前こそ、なんでそんなに夢幻を悪く思うんだよ』
『あやつ、主を置いて真っ先に帰ったではないか』
『あぁホントだな。極悪人だと思う』
フォローを諦めるのが早過ぎるんだよ。醤油取ってって言ったら5cmくらい手を動かして「届かないわ」って言われたような気持ち。ねぇ、もっとやれるでしょ? 志音?
『ま、人間ってのはアホなもんでな。施しを受けるから惚れるってもんでもないんだよ』
『しかし……』
『知恵の相手、誰か教えてやろうか?』
『誰じゃ?』
知恵がばっと立つ。いやもう色々遅いから。私達知ってるし。多分、粋先生すら気付いてるし、他にこれ聞いてる人いないから安心しなよ。心の中でそんなことを呟きながら志音に視線を戻す。
『菜華だよ』
『な!? しかし、あやつは先程、知恵を突き飛ばして……!』
『変だろ。でもあいつらってあぁなんだよ。そんであたしらもいつもこんな感じだ』
『つまり主が不憫なのはわりと毎度のことなんじゃな』
『おう』
感じる……かぐや姫の中で私の株が下がりまくってるのを感じる……。二度と会う事はないかもしれないけど、それなりに悲しいから止めてほしい。だけど、何一つ否定するポイントがなくて言い出せない。
私の歯ぎしりと、家森さんの笑い声だけが実習室に響いた。ちなみに、知恵は耳まで真っ赤にして複雑そうな顔をしている。
『あいつだけ受かれば、それでいいって思ってたのに。まさかペアの合格が条件とはな』
『……そうじゃな』
二人は眼前に広がる、場違いな宇宙空間を眺めながら話を続けた。
『制限時間ギリギリまでお主を引き留めるのは、諦めるとする』
『へ?』
『二つ、条件があるがの』
『……なんだ?』
私達は固唾を飲んで、彼女の条件とやらの提示を待った。先生ですら、二人の会話に聞き入っている。何故かプログラムした本人が意外そうな顔をして見ているのだ。その表情の意味を探るように横顔を見つめていると、私の視線に気付いた彼女は口を開いた。
「あぁ、いや。確かに、簡単に自我はプログラムしたけど……それも何年も前の話なんだよ。なんていうか、娘の成長を見ているようでさ」
「事実そうなんじゃないですか?」
「やめてよー。プログラムを娘扱いするほどアレじゃないって」
「そんな言い方……それに、先生はこの先も一生結婚できなさそうですから、こういう形で娘を迎えるのが最も現実的だと思いますけど」
「札井さんってびっくりするくらい失礼なこと言うけど、それってもしかして何か特殊な資格でもあるの?」
私達は視線をぶつけ合って会話を続けたけど、イヤホンから飛び込んできた単語によって、それは強制的に中断させられた。
『あとは接吻じゃな』
『……やっぱそういうのか』
「……はい?」
私と先生の声が被る。いま、SEPPUNって言った? 肉骨粉とかじゃなくて?
しかも、”あとは”って言ったよ。一個目の条件聞き逃してるよ、私。
『別にせんでも良いぞ? このままダラダラと話をしていても志音は帰ってしまう。ならば何か別のことを、と思っただけじゃ』
『なるほどなぁ。ま、いっか』
私は二人の会話に度肝を抜かれていた。先生は大丈夫? 成長した我が子のようなプログラムが、自分の教え子にキスをせがむのを見るってどういう気持ち?
っていうか、そもそも接吻ってどこにするつもりなんだろう。志音は驚くほどあっさり快諾してたけど。「ま、いっか」? いいの?
驚きが言葉にならず、訴えるように知恵を見て、モニターを指差した。
「え、えっと……おう。もしかして、嫌なのか?」
「そりゃね……」
「意外だな、お前がそんな風に言うの」
「そりゃ嫌だよ……パートナーが幼女にふしだらな行為をしたって逮捕されるんだよ……?」
「やべぇロリコンと一緒にしてやるなよ」
私の心配などつゆ知らず、志音が腕を組んで、唸っていた。
どうしよう。「どこでもいいなら、うなじでもいいか?」とか言って、すごいマニアックかつガチっぽい場所を指定したら。私、今まで通り、志音と接する自信ない。
しかし、そんな私の不安はどうやら杞憂であったらしい。いちいち確認を取る前に、志音は普通に口にした。
え?
「うわー、結構あっさり終わらせたねー」
「悩んでる風だったのは建前だったりしてね」
井森さんと家森さんのヤジが飛ぶ。知恵なんかは「おー」と声を上げていた。その花火見てるみたいなリアクションやめなさいよ。
「夢幻、唖然としてるけど、大丈夫か?」
話しかけられたというのに、返事をすることは出来なかった。なんとか声を絞り出そうとしたのに、私が何かを言う前に、モニターの向こうで志音達が会話を始めたのだ。
『これでいいか?』
『うむ! これでわらわも大人じゃな!』
『どーだろうな』
はーい、ここに子供がいますよー。よく考えたら、今ここでキスしたことある人だけ死ぬウィルスが蔓延したら、私以外みんな死にそう。いや、先生は生き残るかも。でもまた変な資格を疑われたら嫌だから黙っとこ。
『んじゃ。行くから』
『……うむ。一つ目の約束、忘れるでないぞ』
『分かってるよ。また会いにくる。それじゃな』
あまりその場に留まると、名残惜しくなるとでも思ったのか、志音は言い終わると、宇宙空間へと飛び込んだ。うわ……志音ですらスカート押さえてる……慌ててたとはいえ、私って一体……。
ショックに打ちひしがれていると、隣で志音ががばっと身体を起こした。やっぱりびっくりするよね。私は志音に視線を向けたまま、いつもとはひと味違う帰還を見守った。
「っおぉ……びびった……戻ってきた、のか……?」
「よ、よう」
「なんだよ。さっきは半ベソかいて一緒にいるって言ってたくせに、随分よそよそしいな」
「後ろ……夢幻の顔見ろよ……」
「え?」
振り返った志音は、私の顔を見るとぎょっとした。そんなにすごい顔をしていただろうか。いや、しているのだろう。
「お疲れ様。この度は現地妻を作る大活躍でしたね」
「嫌な言い方すんなよ! ってか、その軽蔑した顔やめろ!」
「軽蔑なんてしてないよ。ただ、あんな普通に幼女にキスする? と思って」
「してんじゃねーか! あいつの気が変わる前にゲートくぐっときたかったんだよ!」
志音の主張は分かる。全部分かる。いくら”最終的には帰してくれそう”という雰囲気があっても、向こうは結構な気分屋だ。状況が変わらないとも分からないし、恋愛の話をいつまでも引っ張られても、いたたまれないだけだろう。
総合的に考えて、すぐに帰還する手立てがあるなら、そちらを選ぶのが賢明と言える。だけど、それにしてもだ。上手く言えないけど、志音はいけないことをした気がする。
「まま、喧嘩はやめてよー。んじゃ今年のVR許可証はこの6名に与えるってことで! 合格おめでとー!」
見兼ねた粋先生が強引に私達を祝うと、隣で雨々先輩が控えめに手を叩いた。あまりにも拍手の人員が足りないと感じたため、私はセルフで拍手を送る。そして、何度か手を叩いた時にふと気付く。怪我をしてリタイアを余儀なくされたペアの他に、もう1ペア居たということに。
「あぁ、彼女達はね、怪我をしたペアとチームを組んでたんだけど……二人だけでやれる自信がないからって自ら棄権したよ」
人数が少ない分、課題の難易度はややこちらよりも落として設計していたようだが、テストの大筋は変わらないらしく、彼らも指定されたアイテムを取りに行くというミッションをこなそうというところだったらしい。
「なるほどな。目の前でリタイアしなきゃいけない怪我をした奴がいたら、確かにちょっと自信なくすかもな」
「そーか? 関係ないだろ」
「てめーはそうだろうよ」
知恵は呆れた顔で志音にそう言って笑った。しかし、私が先生の話を聞いて抱いたのは全く別の感想だ。
「……私達のクリア方法、絶対にその子達に知られないようにしないとね」
「それな」
かぐや姫を口説いてクリアしたなんて事が知れたら燃やされそうだ。この提案には、家森さんや菜華ですら、即座に同意した。色々な意味でこの試験については内密にした方がいい。私達は絶対に情報を漏らさないことを誓い合うと、改めてお互いの試験合格を喜び合った。
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