第19話 なお、風に乗ったとしてもせいぜい数百メートルであるとする
とある放課後。
私は一つの疑問を胸に携えて、志音の席まで歩いた。
「どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。二人で話したい」
「んだよ……」
ただならぬ雰囲気を察してか、クラスメート達は遠巻きに私達を見ていた。話しかけてから「痴話喧嘩だと思われてそう」と気付いたけど、もう遅い。私は逃げるように志音の手を引き、今は使用されていない空き教室へと急いだ。
空き教室への道のりはかなり長いので、教室を出ると同時に手は離した。
さすがにそのまま歩いたりはしない、それくらい気付ける。大丈夫。
廊下をずんずんと進み、階段を下りる。そしてまた長い廊下を渡り、今度は階段を上がる。難儀な構造の校舎だ。しかしここまで来れば人気は無い。
音を立てないように、私は慎重に、ゆっくりと引戸を開けた。ここまで私が細心の注意を払っているというのに、続いて教室に入った志音は、勢いよく扉を閉めやがった。
「で? 話ってなんだ?」
もう少し静かに行動できないのか、と問いただしたくなるのを堪えて、私は本題に入った。兎にも角にも時間が惜しい。
この教室が部活や委員会等で使用されないとも限らないからだ。
「先生が言ってたでしょ。魔法の類は禁止されているって」
「あぁ。お前まさか、まだイオナズンを諦めてないのか……?」
「それもあるけど、そうじゃないの」
「それもあるのかよ」
明らかに呆れた様子だったけど、私は話を続ける。
足音が近づく気配等は無いので、少し気持ちに余裕が出てきた。
「あんたと先生のアームズ、明らかに魔法だったよね」
「なんでそうなる」
「じゃああんた、ちょっと正拳突きしてみなさいよ」
「はぁ?」
文句を言いながらもやってくれた。こいつ、案外ノリいいな。
しかし、今のではっきりしたはずだ。
「ほら、凪先生みたいにならない」
「そりゃそうだろ。あれはアームズの力なんだから」
「魔法じゃん! あんたのブーメランだって、ごぉぉ! ってすごい音鳴らして飛んでたし!」
「あぁー……そういうことか」
分かったよ、観念したように志音はそう言って、埃くさい机に腰掛けた。
ちなみに私は立ったままでいた。だって明らかに汚いし。
「あのな、あたしのブーメランも、先生のナックルも、どっちも魔法なんかじゃない。アームズを繰り返し呼び出して、そのリンクを強めた結果だ。要はレベルが上がった結果、あんな風にお前が魔法だと錯覚するような力が発現したんだ」
「どっちも同じようなもんでしょ」
リンクを強めることによってアームズが強くなるという話は前にも聞いた。ちゃんと覚えてる。
だけど、そのときの私は外見がゴツくなるとか、刃物だったら切れ味がよくなるとか、そういう方向性でその話を聞いていたので、志音の説明の意味が上手く理解できなかった。
「全然違う。いいか、バグっていうのは仮想空間に発生してから、当然だけど死ぬまで消える事はない。座標の瞬間移動はできるが、あいつらはあの世界に存在し続けている」
「そんなことは分かってるよ。こっちの世界にバグが来たら、それって悪夢じゃない」
「だろ? この間戦ったバグは持ってなかったようだけど、バグにはアームズを扱う奴もいる。だけど、バーチャル空間から離脱できないバグ達はリンクを繋ぎ直すという作業ができない。簡単に言うと、バグはアームズのレベルを2に上げることは出来ねぇんだ」
理屈は分かった。
私はふんふんと頷き、志音の話に耳を傾ける。
「前に凪先生が言ってたろ。バグが真似しそうなアームズは禁止されてるって。要はそういうことだ。あたしらの能力はいくら魔法に見えても魔法じゃない。リンクの強さだ。それはバグには真似出来ない、デバッカーのみに許されるアームズの強化だ」
バグが凪先生のようにナックルをアームズとしたところで、それはただのメリケンサックであって、あんな風に木々をなぎ倒す力は持っていない、ということか。
ここまで話を聞いて、私はある重大な事実に気付いてしまった。
「ねぇ、もしかしてさ」
「なんだ?」
「アームズの強化の果てに、大爆発を起こす力が発現したとして、それをイオナズンと名付けることは可能なんだよね?」
「どんだけイオナズンに拘るんだよ」
でもまぁ、そういうことだ。志音はそう付け足した。
私の心は踊った。華麗にステップを踏んで、ターンを決めた。なんなら周りのスタンディングオベーションまで見える。
「あ、でも爆発系は制限厳しいみたいだからどうだろうな」
「何よ! 上げて落とすなんて!」
「しょうがねーだろ!」
しかし、当面の目標は決まった。
魔法っぽい力を得る。これだ。
「にしても、あんたはなんで数ある武器の中からブーメランなんて選んだのよ」
「呼び出したことのある武器は他にもいくつかある。あの時はブーメランが一番いいと思ったんだよ」
「どういうこと?」
確かに、あのバグチュウ相手には飛び道具の方が有利だったろうし、言ってる意味は分かるんだけど。それだとまるで、アームズを呼び出した時点であいつと戦闘することを予知していたみたいだ。
「あぁ? お前のまきびしが重そうだったからに決まってんだろ。お前が持てなくなったら、あたしが代わりに持つつもりだった」
「はぁ? なにそれ、優しいんですけど。くたばれ」
「なんでだよ!?」
こいつは存外、私のことを考えて行動する。
そういえばバグが発生したときも、私の手を引いて助けてくれたっけ。
「……ありがとな」
「は?」
何言ってんだコイツ。お礼を言うのは私の方だ。
言わないけど。
あ、もしかしてくたばれって言われたことに対するお礼? ドマゾなの?
「二人で話したいって。あたしがアームズの扱いに慣れてるって、クラスメートに知られないようにしてくれたんだろ」
「あぁ、そのことね」
「それ以外ないだろ。どのことだと思ったんだよ」
「私がこの世に生まれたことかと思った」
「なんでそんな根っこから感謝しなきゃなんねーんだよ」
志音のつっこみを適当に聞き流しながら、私は空き教室を後にした。
後ろから私を叱りつける声がついてくるけど、構わず右から左に流す。
しかしある声、のようなものが聞こえて、私は歩みを止めた。
——バーチャルプライベートを使用している生徒はトリガーを戻し、退室して下さい。
近くで録音されたアナウンスを流しているようだ。時計を見ると、丁度5時を指していた。そういえば、バーチャルプライベートの許可証の取得はかなりの狭き門にも関わらず、とてつもない人気を誇ると聞く。
併設されているあの施設内では部屋数が足りておらず、一般校舎の空き教室の一部も体験室に改装されたとかなんとか。
もしかしてこの辺りの教室もそうなのだろうか。
ふと前を見ると、突き当たりにある教室だけ、ドアの形が違った。まるで最近リフォームされたように。ドアの上に書かれている札を確認すると【体験室】と書かれている、間違いなさそうだ。
「ねぇ志音」
「あぁ。こんなところにまで体験室があるんだな」
「ねぇ……」
「ん?」
思いつめたような顔をしていたのだろうか。
志音は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「志音はデバッカーの施設でアームズの取り扱いを練習したんだよね」
「? あぁ、そうだ」
「そこで何度もアームズを呼び出して、リンクを強くしたんだよね」
「おう」
「それって、バーチャルプライベートでも、同じことができる……?」
ひと呼吸置いて、志音は「あぁ、多分できると思うぞ」と、そう答えた。
バーチャルプライベートが何故こんなに人気なのか、私にはとんと理解できなかったが、これで合点がいく。
「どいつもこいつも……私に内緒でアームズを強くしてたのか……!」
「別にお前に報告する義務はねぇだろーよ」
は? あるわ、どいつもこいつもかっこいい能力ばっか使いやがって。
私は志音の胸ぐらを掴んで、声を大にして言った。
「私、許可証欲しい!」
「あー……? 雨々先輩も言ってたろ、素行調査もあるって。お前じゃ無理じゃね?」
「へぶっ!」
「びっ……くりしたー……」
いや、こっちがな。
突然ドアが動いたかと思ったら、そのドアにビンタを食らった。
ゆっくり扉が開いたお陰でそんなに痛くはなかったけど、ものすごく驚いた。
「雨々先輩じゃないっすか!」
「あぁ、二人とも。久々だね。どうしたのこんなところで」
「たまたまそこでコイツと話してたんすよ」
「たまたま? そこって、こんな離れたところにある空き教室で?」
ドアにぶつかった衝撃で惚けていた私をよそに、先輩と志音は楽しげに話している。あまり意識したことは無かったけど、志音は雨々先輩みたいな人、好きなんだろうな。
なんとなく分かる、この先輩もどちらかと言うと志音と同類だ。適当に人に話を合わせて無理に笑ってる姿が想像つかないというか。単純に、二人とも男っぽい見た目だからそう感じるだけなのかも。
そんなことを考えていると、先輩と目が合った。
「……まぁ、二人が何をしていたかは聞かないけど、程々にね?」
は?
先輩?
信じてたのに?
何故そのようなことを?
お主?
「は、はぁ? なんか誤解してないっすか?」
「誤解っていうか……あの噂本当なの? 二人が付き合ってるってやつ」
「あー……えぇ……上級生にまで知られてるんすか……」
これにはさすがの志音も驚いているようだ。
私? 私はいま、頭の端から灰になって風に乗ってるとこ。ふふ。
この姿で世界中を見て回れたらいいなって、そう思ってる。
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