ロッジ設置実習

第18話 なお、まだ根に持ってるとする


 ここは鈴重バグ対策スクール、通称SBSSの高度技術科、一年の教室。

 やたらとハイテクな名前の高校だけど、元は普通科と情報科があっただけの、何の変哲もない高校だった。校舎の建て替え等は行われなかったので、教室は至って平凡だ。ちなみにバグ対策に特化した施設は敷地内に別に建設され、そっちはかなり風変わりな見た目をしている。

 私達、高度情報技術科の生徒は先日、あの建物で最初の演習を終えたばかりだ。紆余曲折あったが、なんとかクラス全員が演習を無事に終えることが出来た。


 あの演習から二日が経った。

 あれから私は一時的にまたモテ期を迎えた。正確には”私達”は、だが。授業が終わり、鞄の中身を整理しながら、私は昨日のことを思い出す。


 追試の最中にバグを撃破したことを、先生がホームルームで話したのだ。もちろん彼に他意はない。こういうこともあるから、みんなも気を引き締めるように、と。ただそういう話がしたかっただけだろう。


 だけどホームルームが明けると、クラスはその話で持ちきりだった。

 また名前も知らない子がわんさと押しかけ、私は入学直後と同じように持て余した。志音にボロクソ言われたこと自体もそうだけど、あれほどコテンパンに指摘されたにも関わらず何も変われていない現状を思うと、気分が暗くなる。

 しかし仕方がないと開き直る気持ちもある。人は簡単には変われないのだ。


 鞄のボタンを留め、一息つく。帰る前にペットボトルを捨てていきたい。荷物が多いのは好きじゃないのだ。

 いつの間にか、クラスに残っていた人影も半分くらいになっていた。みんな、部活や遊びに向かったのだろう。


 教室に残っている、一際騒がしいグループに目を向けた。中心には志音がいる。あいつは案外社交的らしい。

 どんなことがあったのかと聞かれれば、分かりやすく説明してやり、自分に同じことがあったらと震える子がいれば、怖がらなくていいと言う。

 さういふ者か、宮沢賢治か、お前は。


 私にボロクソ言ってくれた事実は埋没し、あいつは今やクラスの人気者だった。まぁ、あいつが人気者になるのも、演習の時のことを聞かれるのも別にいい。

 私は、同時に広まりつつあった、志音と付き合っているという噂の扱いにほとほと困り果てていた。


 もちろん否定はしている。だけど焼け石に水だ。何故かと言うと、同じ質問をされた志音は「それは……まぁ、いいじゃん」なんて言いながら、はぐらかすように笑ったりするからだ。


 最初は、誤解されたくないという私の意図を、あいつなりに汲んだ対応なんだと思った。いや、事実そのつもりだろう。

 しかし、私達は民衆の心理というか機微を全く理解していなかった。志音とこの話をした者はみな同じリアクションをする。

 所謂「あっ……(察し)」というやつだ。


 完全に冷静さを欠いていた。

 そりゃそうだ。どう考えてもマジっぽい。


 しかし今更、反応を変えさせるのは悪手だろう。それはそれでなんか妖しい感じがする。完全に八方塞がりの状態だった。

 正直、私自身、この件について考えることを放棄しつつある。だってどう足掻いても地獄だ。針のむしろだと言うのなら、せめて動かない方が痛みは少ないように思えるのだ。


 今日は天気が良かった。雲ひとつない快晴で、太陽は存在を主張するように、優しく地上を照らしていた。小春日和、というやつか。そんなことを考えながら、ペットボトルに口をつけて傾けた。

 SBSSジュース(ナノドリンク味)とかいう、正気の沙汰とは思えない商品名の飲み物だ。この学校の名物らしい。これが自販機で買えるんだから、なかなかぶっ飛んでいる。


 液体が口に入った直後、それまで志音のグループの輪にいた子達が小走りでやってきて私に話しかけてきた。


「ねぇ、札井さんはー? 小路須さんのどういうところが好きなのー?」


 私は口に含んだSBSSジュースを思いっきり吹き出した。


「はぁ!?」

「わぁっ!?」


 あまり声を荒らげないキャラとして認識されている私の、今のリアクションはきっと予想外だっただろう。だけどこちとら律儀にキャラを守ってやる程、冷静ではない。


 誰が誰のことを好きだって? ふざけるのも大概にしろ。そう言いたかったが、ぐっと堪えて、努めて淡々と答えた。


「げほっ……い、いや、そいつが私のこと好きなだけだから」


 これでいいだろう。この情報についてはクラスメート全員が目撃していたことだ。そしてこの言い回しから、暗に「私は好きじゃない」ということをアピールできる。ピンチをチャンスに変えることができた。さすが私。


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 さらに翌日。

 宿題を学校で終わらせてから帰るという、ナイスなアイディアを思い付いてしまった私は、自販機から教室へ戻るところだった。あと小一時間で課題は終わるだろう。

 SBSSジュースナノドリンク味を片手に、晴れやかな気分で廊下を歩く。


 しかし直後、すれ違った子達の会話に身体が硬直した。あのネクタイの色は同学年の高度情報処理科の子達だろう。件の噂の鎮火を望む私の、耳に入ってきた会話はこうだ。


「ねぇ、あれ」

「うん、バディを弄んでる子でしょ? 酷いよね」


 いや酷くないから。

 首根っこを引っ掴んでそう言ってやりたかった。

 っていうか弄んでるってなんだ。その解釈を今すぐやめろ。


 もしかしなくても昨日の私の返答がこのように噂を変化させたのか。すごい、ピンチを大ピンチに変えるなんて、よっぽどの無能にしか出来ない。


 完膚なきまでに打ちのめされた。どうしろと言うのだ。これならいっそ、志音とは良好な関係です、と架空のカミングアウトをした方がいい気すらする。

 宿題なんてもうどうでもいい。完全にやる気を失って、放心状態で窓の外を眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「なぁ……噂の標的になるってこんなにめんどくせぇんだな」

「志音か。全く、今更なに言ってんの。面倒なんてもんじゃないっての」

「あれ……」

「何?」


 志音の反応は予想外のものだった。振り返ると、困ったような嬉しいような、なんとも言えない表情を浮かべている。


「はぁ? なに?」

「いや、人が見てる前であんまり話しかけるなって言われるかと思ってたから」


 確かに如何にも私が言いそうなフレーズだ。だけど、そんなことはもうどうでもよかった。噂のことを抜きにして私と会話してくれるのは、もはや渦中のこいつしかいない。癪だけど認めるしかないのだ。今はこいつが一番話しやすい。


「顔に似合わずネガティブなこと言わないでよ。キモ」

「お前、初めて会った時にキモって言われたの根に持ってるだろ」

「うん」


 私は即座に肯定した。こいつとの思い出なんて、初対面でキモって言われたことと、演習でアームズをバカにされたことくらいだ。

 志音は窓の外を眺めながら、私の隣に並んだ。


「なんつーか、平和だな」

「何言ってんの?」

「数日前に命懸けたのが嘘みたいだって話。どいつもこいつも下らない噂話ばっかでさ。あいつら、あんなんでバグと戦えるのかよ」

「大丈夫じゃない子もいるかもね。でも、ここはそういう学校なんだから仕方ないでしょ」


 妙な視線を感じて隣を見ると、志音はキラキラした目で私を見つめていた。ロボットを目撃した少年はこんな目をしそうだ。


「……え、何?」

「お前、やっぱアレだな、絶対友達できないタイプ」

「は? 喧嘩売ってんの?」

「え? 褒めてるんだよ」


 どこの部族の褒め方だ。私は踵で志音の足を思い切り踏んだ。


「いってぇ!」

「はいはい」

「はいはい、じゃねぇよ! 褒めてるのはマジだよ。あたしは気休めを言わない奴は好きだ」

「普通だったらあそこで適当な気休めを言ってたってこと?」

「じゃね? いくら正論でも言わない方がいい場面だってあるだろ」

「あー……」


 志音の指摘にはいくつか心当たりがあった。

 昔、クラスメートが飼ってる犬が脱走した時に、「三日も経ってるなら無事じゃないかも」と言って大泣きさせたことがあった。私としては、だからこそ急いで探そうという話をしたかったのだけど。よく考えたら、そんなこと、きっとあの子は私に言われなくても分かってた。あえて口にして、最悪の場面を想起させる必要は、無かったと思う。


 時折、”キツい”と言われることがある。

 暴言を吐いた訳でもないのに、そう言って私を避ける子がいたことを、私は知っていた。多分、こういうところなんだろうな。

 夕陽を背に、校門を出て行く生徒の群れを眺めながらそう思った。


「なに暗くなってんだよ」

「言われたことに心当たりが有りすぎて」

「……本当に空気が読めないんだな……あたしも大概キツいけど、お前ほど難儀な性格はしてないぞ」

「っさい」


 そして、まだ封を切っていないペットボトルを志音に渡した。


「あ? なんだ? これ」

「飲んでみて」

「えぇ……」


 明らかに警戒している。ロボットと校舎が描かれている妙なラベルだ、志音の気持ちも分かる。

 私だって昨日、ぼーっとしてなかったら絶対に自販機でこれを買うことは無かった。本当にナノドリンクと同じ味で美味しかったから、結果オーライだけど。


「美味しいから」

「嘘だ。美味しいものをお前があたしに分けたりするか?」

「確かにね。でも、わざわざお金出して不味いと思ってるものを買う程、変人じゃないよ」

「うーん」


 志音は躊躇いながらもそれを受け取り、キャップを回した。


「じゃあもらうけど」

「早く飲んでよ」

「へいへい」


 傾くボトルの内容物が減っていくのを見つめる。どうやらちゃんと飲んだようだ。


「あぁ、アレだな。ダイブする時に飲むナノドリンクと同じ味だ」

「でしょ。美味しい?」

「まぁ、思っていたよりはマシな味だな」

「そう」


 手持ち無沙汰になり、なんとなく窓を開けた。

 冷たい風が吹き抜けて、私と志音の間をすり抜けていく。


「で? なんでくれたんだ?」

「さぁ。なんとなく」


 多分、志音がそれを飲んでなんて言うか、知りたかったんだと思う。だけど、それを言うのは妙に気恥ずかしかった。理由は分からない。


「あとそれ、買ったんじゃなくて落ちてたんだよ」

「てめぇなんてモン飲ませるんだよ!」


 だから適当なことを言ってはぐらかした。


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