第17話 なお、文才は無いとする


 A実習室の隣、待機室は一角だけ蛍光灯が灯っていた。

 ちょうど私達がいる区画である。そこで私は頭を、志音は腹を抱えていた。


「文章にするとすげーな」


 ゲラゲラと下品な笑い声をあげながら、志音は報告書を指差す。

 うん、確かにね。何も間違ったことは書かれていないの。

 でもね、


 引率者 凪流蔵(使用アームズ:ナックル、革の袋)

 同行者 小路須志音(使用アームズ:ブーメラン)

     札井夢幻(使用アームズ:まきびし)


 これ見てどう思う?

 私だったら……札井ってヤツ頭おかしいって思う。


 実を言うと、まだ中身は読んでいない。もう最初のこの一文が強烈過ぎて。全然先に進めない。早く帰りたいなんて少し前は考えていたけど、今はそれどころじゃなかった。

 あわよくばこの報告書を書き直させて欲しいが、データは先生が持っている。


「悪いけど、誤字訂正以外の変更は受け付けないからね」

「先生、ここ、字が間違ってますよ。まきびしっていうのは漢字があって、刀と書きます。まきびし。これで行きましょう」

「だめだよ」

「往生際が悪すぎるだろ」


 分かってる、分かってますよ。

 はいはい。

 机に肘をついて頭を抱えたまま、私は書類を読み進めた。


 ――演習の為、課題となるアルファ地点(当時の座標は158,694,175,233)に到着直後にバグと遭遇。形態はキャラクタータイプ。ピカチュウに酷似。高速移動を得意とする個体であった。

 ――同行者小路須のブーメランで後頭部を攻撃。

 ――同じく同行者札井のまきびしでとどめを刺し、デリート済。


「先生、最後の一文どうにかしてください」

「えぇ!?」

「これでは不適切です。まるで私がバグチュウの周りにまきびしを撒いたみたいじゃないですか」


 先生は「それはそうだけど……」と呟き、頭を掻きながら再びパソコンに向き合った。入力画面を後ろから見つめる。どのように直すかチェックするためだ。


「ちゃんと直して下さいね」

「まるで僕が生徒だな」


 先生は笑いながら、最後の一行をデリートボタンでぽちぽち消していく。

 言われる通り、少し偉そうかもしれないが、ここは妥協出来ない。


「じゃあ……こんなのはどうかな」


 ――札井がまきびしを頭にぶつけ、デリート完了


「デリート完了、じゃあないんだよ」

「え!? まだ不満なのか!?」

「これじゃ私が節分してたみたいじゃないですか! もっと丁寧に書き直して下さい!」


 そうして先生は困った顔で、うなり声にも似た謎の声を上げて文章を考える。

「なぁもういいだろ」という、志音の制止が聞こえたが、もちろん無視した。


「どうかな?」

「早かったですね」


 ――札井がまきびしを頭にぶつけ、脅威は過ぎ去りました。


「そうじゃない!」


 両手を振り下ろし、机をばんと叩いた。

 なんだ?

 志音と同じく、先生もアレなのか?


「丁寧にしろって言ったのはデリート完了のところじゃないです! 分かるでしょう!?」

「なぁ、先生が可哀想だって、な? もう勘弁してやれよ」

「あんたは黙ってなさい!」

「わかったよぉ! また書き直すから!」


 アラサー男性が目を”大なり小なり”にしている光景は正直少し不気味だったが、それについては不問とした。あまり言うと本当に泣きそうだからだ。

 しかし、三度目にもなると物わかりが良くなってくるものだ。私は感心しながら、入力画面で点滅するポインタを凝視した。


「ちゃんと思い出して下さい。私はまきびしをどう使いましたか? 袋に入れてましたよね?」

「あぁ!」


 何かピンと来た様で、タイプ音のテンポが急に上がった。

 次こそは期待できそうだ。


「これは、どうかな?」


 ――札井が引率者凪のアームズ、革の袋でバグの頭を叩き、デリート完了。


「まきびしは!?」

「ひえっ」

「先生は言われたことしかやらない若者ですか!? これだと革の袋でふわっと叩いたようにしか見えないでしょ!」

「わ、わかったよ、すぐ直すから」


 ――札井が引率者凪のアームズ、革の袋でバグの頭を激しく殴打し、デリート完了。


「だからそこじゃねぇっつってんだろうが!」

「ひっ!」

「先生! その文章実践したらどういう光景になるかわかります!? ふわっふわっふわっ! ですよ!?」

「ご、ごめんごめん……はぁ……」


 溜め息をつく先生を尻目に、珍しく志音が同意した。


「まぁ確かに、バグに革の袋だけで挑んだって読み取られそうな書き方だよな。そんなの、ハイジャック犯が凶器としてティッシュ持ってるくらいヤベぇよ」

「それはもう凶器じゃなくて狂気だよね」


 ティッシュを振りかざして「この飛行機は俺達が乗っ取った」と宣言するマスク姿の男を想像してみる。

 ヤバい。


 しかし私はそんな人物に読み取られかねないのだ。絶対に書き直してもらわないと困る。というかなんとしても書き直させる。


「もう僕には無理だよ……札井、自分で書いてみてくれ」

「もちろん、構いませんよ」


 任せておいて下さい。なんて言いつつ、先生とポジションをチェンジした。

 少なくとも先生よりかは文才はある。


「もう少し手前から書き直しちゃいますね」


 言いながら私の指は走る。

 あの時の情景を思い浮かべるだけで手が勝手に動いた。もしかしたら私はこちらの才能に恵まれているのかもしれない。そう自惚れてしまう程に、泉のように文章が湧き出た。


 ――引率者凪はなんとかその場を凌ぐも、バグを撃退するに至らず、同行者小路須は初の戦闘に為す術も無くただ泣いていた。

 ――その絶望的な空気を変えたのは同行者札井であった。彼女は空中を高速移動するバグと平行するように跳び、追随した。

 ――そして皮の袋に詰められたまきびしを振り下ろし、いとも簡単にバグをデリートすることに成功したのだった。


「せめて嘘はつくなよ」


 こめかみをデコピンで一撃された。

 ぐっ……指にピストルでも搭載しているのかと疑いたくなるくらい痛い……。私は先程とは違う理由で頭を押さえて悶えた。


「あーもーめんどくせぇ。あたしが書いてやるよ」


 志音は半ば強引に私を椅子から引っ張りおろす。こいつに文章が書けるか甚だ疑問だったが、もう任せるしかなかった。

 だって早く帰りたいし。もちろん、妥協するつもりはないけど。


 まずはお手並み拝見と行こう。少しでも妙なところがあったら突っついてやる。

 お掃除チェックをする姑の如く、私は目を光らせていた。


「出来たぞ」


 ――同行者札井は予め凪のアームズ(皮の袋)に詰めておいた自身のアームズ(まきびし)をハンマーのように振り下ろし、見事バグを撃破。その後バグは消滅し、安全が確認された。

 ――帰還後、手配書を確認したが該当は無し。発生直後に撃破に成功したものと思われる。


「おら、帰るぞ。先生はそのデータ、お願いしますね」

「……」

「……」

「おい? 二人共?」

「あ、あぁ……」

「……うん」


 帰ろう。


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