第48話 なお、1582年とする


 中間テストが終わってから、私はずっと考えていた。それはアームズの呼び出しについてだ。


 多分、全く成長していないワケではないと思う。先日志音に訴えたように、イメージ通りのものを呼び出す、という関門についてはクリアできたのだ。まぁ結局まきびしを呼び出したんだけど。


 考え過ぎても結論は出ない。それは分かっているのに、今日の私はそれがどうしても気になるようだ。高度情報技術の授業があるからかもしれない。あと5分もすればチャイムが鳴る。既にエクセルへの移動を済ませていた私は特にすることもなく、ただ時計を眺めながらアームズについて考えを巡らせていた。


「どうしたんだよ」

「なにが?」

「さっきからずっと唸ってるぞ」

「え」


 志音はダイビングチェアの上で胡座をかいていた。一応靴を脱ぐ配慮をするくらいの知能はあるらしい。膝に肘をついて顔を傾けている。女に生まれてこれなんだから、こいつが男だったらどんな振る舞いをしていたんだろう。”楽だから”とパンツ一丁で教室内をうろついたり、平気でしてそうだ。


「いや、アームズの呼び出しだよ。この間も言ってたでしょ。やっと思った通りのものが出せたって」

「あぁ。聞いた聞いた。まきびししか呼び出してないってな」

「青龍刀で真っ二つにするぞ」


 こいつに事情を説明した私が馬鹿だった。こっちは真剣に考えてるというのに、なんて言い草だ。


「そんな怒るなって。札井は悩んでるみたいだけど、結局どうしたいんだ?」

「どうって。あんたは色んなアームズを呼び出せるんでしょ?」

「まぁそりゃそうだけど」

「私もいい加減ちゃんとしたものを呼び出したいっていうか」


 志音に話をしながら気付いた。別のアームズを呼び出すことばかりに執着していたが、何故そうしたいのか。その辺りを考えていなかった。まきびしは間違って呼び出してしまったものであり、正さなければいけない。この考えばかりに捕われていた私に、志音の質問はごく自然かつ新鮮な問いだった。


「ちゃんとしてないか? お前のアームズ」

「してないでしょ」

「そうか?」

「あんただって散々ネタにしてたでしょ」

「まぁな」


 ここがリアルの空間であることが悔やまれる。今すぐ件のアームズを呼び出して、こいつの太ももにぶつけてやりたい。


「ほらお前って変じゃん?」

「いや同意しかねるけど」

「いや変なんだよ。変な奴が変なアームズ使ってても変じゃないだろ」

「変変うっさいわ、本能寺か」


 全く共感できないと思ったが、確かに志音のアームズがセロハンテープの土台でもあまり違和感が無いかもしれない。なんとなく「あぁやっぱり」とすら思うかも。しかし、私をそれと一緒にしないで欲しい。


「札井が他のアームズにしたいってんなら無理強いはしないけど、別に今のままでいいんじゃないか?」

「あんたは色んなものが呼び出せるからそういうことが言えるんだよ」

「お前がそう言うならそうなのかもな」


 志音の言葉を頭の中で、好意的に解釈してみる。確かに前回のテストではいい働きをしてくれた。決定打に欠けるけど、色々な使い方ができたと思う。


「……まぁ、悪くはなかったかな」

「おっ。だろ?」

「うん。でも、みんなちゃんと自分のアームズを考えてるじゃん。菜華とか、その最たる例って感じ」

「あー……まぁ、あいつの場合は元々そういう技能があったわけだし。あいつ以外にあんな真似できる奴、この学校にはいないだろ」

「だと思う。私もそういうのが欲しい」

「まきびしって結構、っていうかかなり個性的だろ」


 フォローしてるつもりじゃないんだと思う。笑い堪えてるし。まぁ、私の事を変人だと思って組んだくらいだ。コイツにとっては現状維持が一番楽しいのかもしれない。


「でもカッコよくないし、元々失敗して呼び出してるものだし」

「きっかけは何でもいいだろ。それに、答えはもう出てんだろ」

「何が?」

「意識してまきびし呼び出したって。それって、その力を必要としたってことだろ?」


 言われてみれば……。その発想は無かった。あの時は無我夢中だったけど、裏を返せば、私はそんな状況であのアームズに頼ったのだ。


「確かに決定打には欠けるかも知れねぇ。でも、その為にあたしがいんだろ。せっかくリンクも強くなってんだし、手放すのは勿体ねぇよ」

「そう、かなぁ……」

「他の武器と併用するってもなぁ。リンクが強くなりゃ他にも新しい効果が付くかもしれないだろ。今はそれに集中しとけよ」


 私が返事をする前にチャイムが鳴った。既にスタンバイしていた鬼瓦先生がテーブルに手をついて口を開く。


「今日はお前らに次の授業の為の準備をしてもらう。例によって、後半は先行隊にバーチャルに行ってもらう事になる」

「今日は何するんすかー!」


 ムードメーカーの男子が挙手をしながら問う。たったそれだけのことなのに、何故か小さく笑いが起こった。何が面白いのか全く分からないが、私も気になるので、先生の言葉を待つとする。


「お前ら全員に、バグと戦ってもらう」


 教室が一瞬で静まり返った。一方、私は経験者の余裕を存分に振りまいていた。実戦に自信があるワケじゃないけど、こっちには志音がいるし、残念なことに過去の実習全てでバグと交戦している。今までそれをずっと不幸だと思っていたが、早めに体験できたのは今回の実習でプラスに働くだろう。


 要するに私は若干天狗になっていたのであるが、その鼻は高速でへし折られることとなる。

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