第178話 なお、あなたが私にくれたものとする


「はぁーーーーーー……美味しかったー…………」


 私はあぐらをかいて、後ろに両手をつくと天を仰いだ。鷹屋スペシャルは本当の本当に美味しかったし、チャーシュー丼も餃子も大当たり。もうこのお店ヤバい。国宝。私、この街で一生を終えたい。鷹屋のない街で生きるなんて考えられない体になってしまった。


「一応、誕生日プレゼントもあるんだ」

「へ?」


 顔を正面に戻すと、志音は照れくさそうに笑っていた。誕生日プレゼントを同い歳の子からもらうなんて、何年ぶりだろう。その発想が全くなかった。惚ける私を見て、志音は歯を見せる。


「って言っても、お前とラーメン食いに行ってばっかで金はあんま無かったから」


 そう言ってポケットから白い紙を取り出す。なんだあれは。

 私はある直感が働いて、「待って!」と慌てて志音にストップをかけた。あれは絶対に警戒すべきものだ。そうに違いない。


「? なんだよ」

「ちょっと待ってね。心の準備があるから」

「まぁ、いいけど」


 ここでコピー用紙を折り畳んだような紙がポケットから取り出された意味。これ、もしや……プレゼントというのは、私のことを考えて作ったという、詩なのでは?

 少し前に退治したバグよろしく、「お前は私の一等星 お前がいるだけで私は」みたいな言葉を贈られたらどうしよう。


 生憎、私はそういうものを受け取ったことがない。でもわかる。受け取るのが下手クソなタイプの人間だろうって。いや、詩ではないかも、もしかしたら歌詞とか曲とかかも。

 菜華のような普段から音楽漬けの奴がやるならまだ格好もつくけど、志音のそれは……。聴き終えるまで正気を保ってられるか……?


 いや、ポジティブに考えよう。普通に手紙だ。そう、そうに違いない。志音がそんな突飛なことをするとは思えないし。本音を言えば、奢ってくれたのが誕生日プレゼントってことにしてさっと帰りたい。なんか怖くなってきた。


「そろそろいいか?」

「う、うん……その紙は?」

「これがお前への誕生日プレゼントだ。お前のことを考えながら書いた」

「ごめん、やっぱりもうちょっと待ってて」


 ヤバいヤバい、ヤバいって。”お前のことを考えながら書いた”なんて前置きして渡してくるって、なんかすごい気合いの入りようじゃん。リアクションのイメトレをしよう。それがいい。

「わぁ! 素敵!」駄目だ、私が言うとなんかわざとらしい。「すっごーい!」わざとらしい第二弾。ダメ。「ウケるー」だめだめ、もう喜んで見せることを放棄してるじゃん。

「志音……!」これだ、これで行こう。これくらいならできるし、内容がどんなものであってもとりあえず場は凌げる。


「もういいだろ」

「う、うん!」

「ほら、見ろよ」

「あごめんちょっと待って」


 え、見ろって何? 読むものじゃなくて見るものなの?

 ……まさか! 絵!?


 絵が描けるなんて聞いたことないけど、何気になんでもできるし、コイツ。可能性としては十分有り得る。いや、詩やぞわぞわするような手紙をもらうくらいなら、うん、絵の方がいい。私を想って描いたというその絵がダリみたいな作品だったら、志音を踏み潰せばいいだけだし。


「なんなんだよ、お前……」

「ご、ごめん、見せてくれる?」

「おう」


 志音は自信満々といった表情でテーブル越しにそれを私に手渡すと、キラキラした目で私の手元や顔を見ている。どうやらこの中身に相当な自信があるらしい。


 受け取ってしまった以上は、もう”待って”だなんて言えない。私は意を決して、その中身を確認した。


 ばっと目に飛び込んできたのは一番上に書かれたタイトルである。



【まきびしについて】



 ちょ………………………………………………っと待ってね。


 うん。……うん。


 さすがの私も理解が追いつかないっていうか、理解したくないっていうか。


 ……。


「……え、なにこれ」

「あたしなりにお前のアームズの強化の方法やイメージの仕方をまとめてみたんだ」

「そうじゃなくて、私は彼女の誕生日に【まきびしについて】って書いたノートの切れ端を渡す女がこの世に存在していることに驚きが隠せないんだけど、それについてはどう思う?」

「確かに、そこだけ聞けばあたしがおかしいヤツみたいだけど、元はと言えばお前のアームズが変だからだろ」

「これから志音が食べるガリガリ君の棒全部に”死ね”って書かれてたらいいのに」

「死ね死ね君じゃねぇか」


 私はいつものように志音の不幸を祈りながらも、その紙に目を通した。本気で考えたというのがひしひしと伝わってくる。普通の人はまきびし縛りでこんなにアイディア出せないよ。


「な? いいだろ? 前にも言ったと思うけど、いま発現している能力を強化するってのはあたしも賛成だ。だけど、他に付与できそうな効果を、あれからも色々と考えてみると結構あってな。折角だからお前に渡そうと思って」

「ふぅん……」


 前々から思ってたけど、志音って私のこと大好きだよね。逆に、私が志音のアームズのことを考えた時間なんて、全部集めても2分くらいだと思う。


「もちろん、アイディアの一部はお前と被ってるだろうし、お前ほどエキセントリックな発想は浮かばないけどな」

「誰がエキセントリック????」

「アームズが既にエキセントリックなんだよ、認めろ」


 私は志音と話をしながらも、もらった紙を読み進めて行く。その発想はなかったというものがいくつかあり、そのほとんどができることなら手にしたいと思えるような力だった。

 特に時間を使ったイメージはかなり応用できそうだ。大雑把に言うと、徐々に○○なっていく、という効果を付与するもの。徐々に大きくなるとか。あと、光学迷彩もかなりいい。色については盲点だったので、これも覚えておこう。


「お前、あたしと知恵の会話、モニターで見てたか?」

「うん。バグと遭遇してからは井森さん達に切り換えたけど」

「じゃあ、お前のアームズ呼び出し位置の正確さについて、褒めていたのは見たな?」

「まぁね。まさか、そんなに難しいことをしてるとは思ってなかったけど」

「地味だけど、すごいことなんだぞ。アイディア次第でとんでもない長所になる」

「つまり、地味に派手ってこと……?」

「短い文章で矛盾を生成するなよ」


 志音は呆れた風だったけど、ちょっと笑ってた。モニターの存在については帰還してから知ったんだろうし、私に聞かせる為にあんな会話をしたわけではないだろう。しばらくは黙ってるつもりだって言ってたし。今こうしてその話をしているのは、志音なりに開き直った結果なんだと思う。


「すみません、ウーロン茶貰えますか。あと、このりんごジュース」

「はい! すぐお持ちします!」


 志音は近くを通りかかった店員さんに声をかけると、通り魔みたいにいきなり注文をした。まぁ、長居させてもらうならそれなりに注文しないとね。「こいつら食い終わったくせに何タダで居座っとんねん」って思われるのも悲しいし。


「ま、その長所をどう生かすか、あたしに考えがないワケでもないけど、黙っとく」

「はぁ?」

「セオリーを知っていて、なおかつ普通の思考回路のあたしが考えるよりも、お前が編み出したものの方が面白くてオリジナリティがありそうだ」

「褒められてる気がしないから殴っていい?」

「駄目だぞ」


 こいつの言うことはムカつくけど、何一つ嘘を言っていない。私が考える、私の長所を生かす術を、本当に見てみたいのだろう。

 店員さんがウーロン茶とりんごジュースを持って来てくれて、志音に「どっちがいい?」と聞かれる。りんごジュースを手に取りながら「ウーロン茶」と言ってみると、志音は少し考えて、店員さんに自分の分のウーロン茶を追加注文した。こんな横暴が許されるって、誕生日っていいね。


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