戦闘任務
第179話 なお、久々のマジモンとする
志音に誕生日を祝われてから2週間、二学期も平常運転になってきた。夏休みの感覚もすっかり抜け切ったし、今日なんかは結構涼しい。夏が少しずつ終わろうとしているのを感じる。
最近の異変というかちょっとしたニュースといえば、菜華がまた学校をサボりだしたことくらい。なんでも、夏休み中は暇さえあればギターを触っていたので、急に触る時間が減ると困る(?)らしい。ちゃんと授業に出ないと先生達が困ると思うんだけど。
呆れた顔でその話をする知恵だったけど、今更改めさせるつもりはないのだろう。今は出席日数の心配だけをしているようだ。
私はこれからVP空間に行くつもりだ。放課後は混み合うので、席が確保できるかは分からないけど。試してみたいイメージがいくつかあったのだ。なんと夏休みの間にVP体験室の増設をしていたようで、ほんの少しだけ、私達1年生も体験室を使える機会が増えた。
工事と言っても、大掛かりな作業をした様子はない。っていうかそうだとしたら、何度も足を運んでいる私達が気づかないワケないし。空き教室になっているところに機械を設置した、簡易的な作りになっているらしい。エクセルには大小様々な空き部屋があって、必要に応じて設備を増やしているらしい。拡張性がどうとか志音が言っていた。ドヤ顔で。
私はまだそこを使ったことはないんだけど、井森さんは使ったことがあるらしい。というか、彼女はどういう訳か、VP体験室の利用回数が私達より多い。明らかに先輩達に贔屓されている。それに伴って、相方の家森さんも結構美味しい思いをしていると思う。
ただでさえ道徳観念という、戦闘に置いてはブレーキになるようなものを持ち合わせていない二人である。これでアームズとのリンクまで強くなってしまったら、本当に鬼に金棒だ。それはちょっと、その、困る。
クラスメートが強くなって困るだなんて、私達の科では有り得ないことだ。共闘をすることはあったとしても、ペア同士で戦闘することなんてないし。味方は強い方がいいに決まってる。私達の実習には命がかかっているのだから。
その集団の中で楽してトップになりたいなんて言わないけど、けど……。先日の実習で、バグの硬質な身体を叩き斬った家森さんの鯨包丁とやらを思い浮かべる。
「……」
そう、つまり、単純に負けたくないのである。家森さんに聞こう聞こうと思ってもなかなか切り出せなかった私は、かなり遅れて自分のその気持ちに気付いた。
私もアームズのイメージについて、構想を固めたい。志音は言っていた、イメージの仕方は人それぞれだ、と。彼女に教えを乞うたとしても、参考になるかは分からない。
そんなこんなで、どうやってあれほど切れ味のいい包丁を呼び出したのか、聞けずにいるのだ。
「私はVP体験室行くけど、あんたは?」
「あたしも予定ないし、付いてくかな」
鞄を肩に掛けて歩み寄ってきた志音に尋ねると、彼女は二つ返事で付いてくると言った。
私達は最近こんな感じだ。初めの頃は一緒に帰ることにすら抵抗があったというのに、今じゃすっかり馴染んでいる。私も私で、あんたは? なんて聞きながらも、一緒に来ると言われるのを心の何処かじゃ分かってた。
私は支度を済ませて立ち上がると、エクセルに向かった。旧校舎にもVP体験室があるけど、あそこは雨々先輩でずぅっと予約が埋まっているし、あの二人にはできるだけ関わりたくない。
「あたしも一緒に行っていいか?」
「いいけど。菜華が居ないからって泣かないでね」
「泣かねぇよ!」
私達の話を聞きつけた知恵が鞄を持って、とてとてと小走りでやってきた。小さいからこういう仕草が普通に見えるなんて思いながら、彼女を仲間に加える。志音が同じことやったら「キモい。やり直し」ってなるもん。
エクセルに着くと、VP体験室を目指す。すれ違う人の多さに、今日は駄目だろうななんて思いながら。
「無理っぽいな」
「一応行くだけ行ってみようぜ。授業が長引いてて、ちょっと前に終わったとかかもしれないだろ」
「なるほど、お前やっぱ頭いいな」
「お前がアホなんだよ」
二人の会話を「アホだなぁ」なんて聞き流していると、突然ケータイが鳴った。不審に思いながらもポケットから取り出すと、なんと知恵と志音も同じ仕草をしている。三人のケータイが同時に鳴るなんて、偶然にも程がある、っていうか、もはや奇跡じゃない?
知恵は端末を見つめている。電話ではなくてメールのようだ。
「鬼瓦先生からだ……至急A実習室に来いって」
「あたしもだ」
は? 何?
せっかく確かな奇跡を心で感じてたのに、ただの指令メールだったの?
っていうか指令メールって何?
私は頭の中がごちゃごちゃになっているのを感じながら、自分にも同じメールが届いているのを確認する。今まで彼からメールが届くことなんてなかった。ただならぬ雰囲気を感じつつ、私達は顔を上げる。
「……来いっていうか、目の前にいるんだよな」
「それな」
「瞬間移動したってドッキリ仕掛けない!?」
「引っ掛かるワケねーだろ。あたしよりアホなんだな」
「お前のその発言にドッキリしたよ」
「二人ともくたばれ」
私はぷりぷり怒りながら、A実習室の扉を開ける。すると、ホワイトボードの隣に腕を組んで立っていた鬼瓦先生は、しばらくの沈黙のあと吃りながら言った。
「お、お、驚いたな〜……」
「先生、あたしらの声聞こえてたんだろ」
知恵は呆れた顔で先生を見ている。やめて。気を遣わないで。逆に恥ずかしくなるじゃん。いいよ、普通にしてて。慣れないことをさせてしまって大変申し訳なく思ってる。
鬼瓦先生はこほんと咳をすると、早速本題に入った。
「実はデバッカー協会から生徒に派遣要請が来ているんだ」
「上級生達は忙しいからあたし達に、ということっすか?」
「それも理由の一つではあるが、大きな要因ではない」
「というと?」
先生は深刻そうな表情を作って言った。よほどのことなのだろう、眉間に深く皺が刻まれている。私達は彼の言葉を待った。
「鳥調は?」
「あいつなら家でギター弾いてるぜ」
「そうか……」
鬼瓦先生は悲痛な表情を浮かべている。まぁね。招集かけたのに家でギター弾いてるとか一大事だよね。そりゃ険しい顔にもなるわ。
「菜華はメールに気付いていないだろうから、あたしが電話しとくとして。ダイブはどうする? やっぱり四人揃ってからの方がいいよな?」
「状況を説明するから、お前達で決めてくれ。幸い、今回のポイントはデッドラインの内側、ロッジからのスタートだ。向かう方角を決めておけば落ち合うこともできるだろう」
妙だと思った。私達の判断に委ねるって、なんか先生の台詞っぽくない。いつもの先生なら最適だと思う方法を指示してくれるはず。違和感を拭えないままでいると、志音と目が合った。
「あたしらに委ねるって……先生としては、どっちでもいいと思ってるってことっすか?」
「あぁ、いや、変な言い方をしたな。どっちでもいいと思っているというよりは、どうすればいいのか分からないんだ」
わざわざ私達に向かわせようとしたり、状況がよく分からなかったり。おそらくはかなり特殊な状況になっているのだろう。どんどん行きたくなくなってきたな……普通に危なさそうだし……。
「バグがどういった姿をしているかは分からないが、姿を真似て攻撃してくるらしい。アームズの強さも同等という情報だ。リアルに戻った者の姿をそのまま保持しておけるのか確認出来ていないが、その可能性が高い」
「あー……」
先生が私達を指名した理由が分かってしまった。なるほど。
私達がとびきり優秀だからとか、クソ村の時のように年齢制限があるとか、そういうんじゃなくて、単純に上級生達に比べて、アームズのレベルが低いからだ。姿を真似られても被害が少ない方がいいということだろう。
「事情はなんとなく分かったけど、ハンパな戦力が相手に吸収されて嫌だっつーんなら、プロに頼めばいいだろ」
「プロのデバッガーが能力をコピーされることを快く思う訳がないだろう。もちろん、最終的にそうせざるを得ない状況ではあるが、協会側も依頼を出しにくいらしい」
なんとなくその気持ちは分かる。そして先生が、菜華が揃ってから任務に出ればいいのかどうか分からないと言っていた理由も。能力をコピーされる人間は少ない方がいいだろうし。合流が可能そうなのであれば、私達が先行して様子を見るのも悪くはないだろう。
「あいつ電話出ねぇ。先生、あたしのケータイ預けとくから、定期的に電話してくれ。あたしの端末からならいつかは出ると思うから」
「菜華がすぐに来れないなら、選択肢は一つだな」
「行かないって手もあるけど」
「ねぇよ! お前ってホント往生際悪いよな!」
知恵に叱られながら、仕方なく先生から自分のトリガーを受け取る。だって行きたくないじゃん……。
私はしゅんと肩を落としたままダイビングチェアに座った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます