第177話 なお、本人も忘れていたとする

 あのあと菜華と井森さんの二人は無事に帰還した。バグと遭遇するのに手間取ったり、バトルが長引いていたもの達も続々と戻ってきた。最後のペアの帰還を確認すると、先生は腕を組んで語り出す。


「初めにも言った通り、今日の実習では、”他人とペアを組むこと”をより深く理解してもらいたかった。そして、現在のパートナーを見つめ直す材料にして欲しい。パートナーの変更希望を出した者も、そうじゃない者も。考えが変わったのなら、近日中に申し出るように。以上」


 先生がそう言い切ったと同時にチャイムが鳴った。私は”んにー”と萌えキャラのようなきらめく声を上げながら伸びをすると、志音に蔑むような目で見られた。は? 伸びに合わせて可愛い声出してみたくなっただけなのに、その視線は何?


「今のなんだよ」

「んにーだけど」

「それが分かんねぇって……いや、いい。お前のことだ、特に深い意味は無いんだろ。そんなことよりも」

「んにーをそんなこと扱いしないで!?」

「キレるなキレるな。お前、このあと空いてるだろ?」

「その聞き方は失礼では?」


 私達は教室に戻りながら雑談を交わす。かなり前の方で菜華が知恵にひっついてぎゃーぎゃーやってる。周囲の視線が明らかに生温かい。まぁ、うん。レズカップルだってことが遂に白日の元に晒されたからね。


「で? 空いてんのか、空いてねーのか」

「空いてるよ。だって私、可愛いし」

「そうだな。じゃああたしと鷹屋行こうぜ」

「スルーすんのやめてくれる!?」


 私は志音に抗議した。あんなスルーの仕方ってない、酷過ぎる。”そうだな”については理解できるんだけど、その後に「って、お前が可愛いことと予定空いてることは全然関係ないし、どちらかと言うと可愛いんだから人目を集めて引く手数多で予定空きにくいんじゃないんかーい!」くらい言ってくれないとイヤ。


 教室に戻ると、既に凪先生が私達を待っていた。それでペアについて、今後の予定等について話をしていった。と思う。

 私はそれどころではなかった。鷹屋のラーメンがあと少しで食べれる。そのことしか頭にない。っていうか多分さっき鬼瓦先生が言ったこととダブってるし。

 なんかあったらあとで志音が言ってくるし。この場はラーメンに全神経を集中してても大丈夫なタイミングだったの。分かるよね。


 号令のあと、やっと解散となって、私は1秒で支度を終えて志音の隣に立った。というか凪先生が話してる間にごそごそ準備してたから、鞄を持って立ち上がっただけだ。

 今までの志音だったら「今から支度するから待ってろ」とか言ってまた私に足を踏み付けられていただろう。しかし、今の彼女は違う。大きな成長を見せたのだ。

 なんと今日の志音は「おう。行くか」と立ち上がったのだ。これは大きな成長だと思う。鷹屋に行くと決まっている日は、私は準備が鬼のように早い。彼女がそれを学習した結果といえるだろう。調教師が感じていそうな喜びを胸に、私は教室を出た。志音はあとからついてくるから大丈夫。”結果”と同じだね。


「あたしはいいけど、お前は良かったのか?」

「なにが?」

「みんな、実習のこと話してたろ」


 私達は歩道を歩きながら言葉を交わす。鷹屋までの道のりがとても長く感じる。このうだるような暑さも相俟って、地獄を歩いているような気分だ。


「どんな風に?」

「どんな風にって……誰とペアになったとか、その感想とか。お前は家森とだったんだろ?」

「うん、あ」


 別に話すことなんてない、そう思っていたけど、一つだけ聞きたいことがあるんだった。この際だ、志音にも聞いてみよう。


「家森さんさ、とんでもなく斬れ味のいい刀、いや、包丁って言ってたっけ、とにかく刃物を呼び出したの」

「あいつらしいじゃねぇか」

「そのとき、時間がかかるからって、私が時間稼ぎをしたんだよ」

「なるほどな」

「でも、なんで? アームズの呼び出しなんて一瞬でできるし、斬れ味なんてアームズのリンクの強さに依存するものじゃないの?」


 家森さんの話もそうだけど、これは実は私にも関係している。炎のまきびしなんて実在しないものを呼び出したことを思い出しながら、アームズ召喚には私の知らない、さらに学校側も知識として教えようとはしていない、コツというか秘密のようなものがある気がしていた。


「アームズのイメージの仕方なんて千差万別だ。時間がかかった理由についてはあたしには分からない。ただ、斬れ味はリンクの強さ以外でも上げる事ができる。家森はどうにかして”キレッキレの刃物”をイメージしたんだろう」

「えぇ……」


 つくづくめちゃくちゃな人だと思ったけど、彼女のやり方が間違っているとは一概には言えない。


「つまり……私が大好きなゲームで例えると、ひのきの棒レベル5よりも、はじゃのつるぎレベル1の方が強いのと一緒ってこと?」

「まぁそういうことになるな。お前にとって分かりやすいならそれでいい。もっと言うと、イメージの仕方によっては、形状は全く同じでも、これまで使ってきたアームズと同じものだと、トリガーに認識されない可能性もあるな」

「普通の刀レベル5と、大業物の刀レベル1として認識されるってことだね?」

「急にちゃんとした例え方すんじゃねぇ」


 志音は呆れた表情を作って私を見たものの、解釈自体は間違っていなかったのか、訂正はされなかった。

 つまり私は普通のまきびしレベル5と炎のまきびしレベル不明を呼び出すことができるのか。不明としたのは、あのまきびしが宙に浮いていたことや、私のイメージ通りに動かせたことに起因する。

 本当にレベル1なら、多分呼び出した瞬間に地面に落ちて、草が燃えてえらいことになってた。確かに私はあれを”いつものまきびしに火を纏わせる”というイメージで召喚した。志音が言っていた、”イメージの仕方によっては”と。きっとその辺が肝になるのだろう。


「良かったな、今日は空いてるみたいだぞ」


 志音は鷹屋の隣の駐車場をちらりと見ながらそう言った。たまに現場作業員っぽい人達が大きい車でやってきて、大勢で居るんだよね。

 多分彼らも私と同じように、あのラーメンに魅せられてしまった者達なんだと思う。ファンとしてこのお店に通い詰めるのはとても素晴らしい行為だと思うけど、タイミングが被るとラーメンが出てくるまでの時間が長くなる傾向にあるから、遭遇したくはない。


 ボタンを押すとドアが開かれて、元気のいい声がすぐに私達を迎える。空いてるから好きなとこ座っていいよと言われ、カウンターに座ろうとしたんだけど、志音に手を引かれて、珍しく座敷の席に座ることになった。別にどっちでもいいんだけどね。ただ靴を脱ぐのが面倒ってだけで。


「今日は好きなものを食えな」

「……さっきから思ってたけど、志音、なんか今日は一段と気持ち悪い……」

「いつも若干キモいみたいな言い方すんな」


 私は店員さんを呼んで、鷹屋スペシャルという、大大大好きなチャーシューどん! 味玉ばん! ネギもり! なそれを注文して、好きなものと言われたので、いつも気になっていたチャーシュー丼と餃子もお願いした。


 そして注文が済むと、志音はテーブルに肘をつき、額を人差しでつっつきながら言った。


「お前、もしかして、今日が何の日か忘れてないか?」

「今日?」

「はぁー……ケータイ見てみろよ。この様子だとまだ見てないんだろ」

「……?」


 そういえば今日は一度もケータイを開いていないかもしれない。全然鳴らないから見てもしょうがないし。ポケットから取り出して手に取ってみると、ディスプレイを点ける前に異変に気付いた。ランプがちかちかと光っているのだ。


 開いてみると、なんとメールが2通も届いていた。差し出し人は志音と井森さん。とりあえず志音からもらったメールを開くと、そこには『誕生日おめでとう、これからもよろしくな』と書かれていた。


「は……? 女子か……?」

「女子だよ。あとついでに言うけど彼女だよ」

「はぁー……確かに誕生日だってことをすっかり忘れてはいたけど、それよりも志音がわりとこういうのにマメだってことの方が衝撃だった……」

「お前ってホントあたしのこと何だと思ってんだろうな」


 井森さんからのメールも同じような内容だった。さすが井森さん。多分、クソ村から帰還して報告書を作成した時のやりとりを覚えていてくれたんだ。嬉しいんだけど、なんか井森さんがやると女ったらしって感じがしてちょっと面白い。


「ま、これであたしがやけに優しい理由が分かったろ?」

「うん! 心置きなくラーメン食べる!」

「いつも心置きなく食ってんだろ」


 志音はそう言って笑った。私は調理場で「はいスペシャルおまちぃ!」という声が聞こえたので、箸を持ってごちそうに備えた。

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