第97話 なお、背を向けたら死ぬとする


 私は知恵としばしの別れを交わした後、森の中を彷徨っていた。

 特に行く宛はない。もしかしたら同じところをぐるぐる回っているだけかもしれない。だけど、どこにいるかも分からないバグと遭遇するために活動している私にとって、それは些末な問題に過ぎなかった。


 そして歩きながら考える。

 まるで歩くのはついでだとでも言うように、考え事に没頭した。


——相性が悪そうな敵は極力回避すべき


 この意見には私も賛成だ。

 あえて立ち向かおうとした知恵の方が稀だと思う。


 先程の敵は戦いにくいと感じた。しかし、逆に言うと、私はどんなバグとなら相性がいいのだろう。

 今まで戦ってきたバグを思い浮かべてみるが、これと言って、”戦いやすかった”という印象のバグはいない。IQ3くらいしかなさそうなランプの魔人は楽勝だったけどね。あれに苦戦する人はいないだろうからノーカンで。


 木々が行く手を遮り、足をぐねりそうになる。戦闘において、バグとの相性の他に考えなければならない、重要な要素がある。それは地形だ。

 ここのような場所でバグに遭遇したらかなりマズい。一度の戦闘で恐らく20回は足をぐねる。いや、寧ろそうなることを想定して、動かなさすぎてそれが命取りになりそう。


 そこまで考えると、急に怖くなってきた。

 一刻も早くここを立ち去らなければいけない。


 初めてバーチャル空間にきたときの事を思い出す。あの時も、こんな鬱蒼と生い茂った森の中でバグチュウと出会った。

 しかしあの時は凪先生がナックルで周りを更地にしてくれたんだ。懐かしい。遠い昔のことのようだけど、ほんの数ヶ月前のこと。


 多分、あのときよりかは強くなってる。しかしそれを積極的に確かめたいとは思わなかった。

 あのとき私が倒せたのもまぐれのようなものだ。同じ事をもう一度やれと言われたら困る。


 今の私だったら、あのバグとどうやって戦うか。敵の動きを思い浮かべながら、様々なパターンを想定して考える。


 志音はたくさんのアームズを呼び出せるが、基本的にその動作はシンプルなものばかりだ。たとえば、初めて一緒にダイブしたときに呼び出していたブーメラン。

 あれはほぼ投擲以外で使用することはないだろう。もしかしたら、盾のように敵の攻撃をガードするくらいはできるしれないが、性能はあまり期待できそうにない。


 しかし、私のまきびしは違う。

 ばら撒くこともできるし、浮かして当てることもできるし、捜索にだって使える。感覚があるのだ、暗いところなんかでは、微力ながら目の代わりとなるかもしれない。


 本当に冗談みたいなアームズだけど、これが私なんだ。これしか呼び出せない私は、これで全てを対応するしかない。

 だから様々な使い方を編み出す必要があるのだ。アイディア次第!★ みたいな。

 たまにあるよね、こういううたい文句のおもちゃ。


 っていうかいい加減他のものも呼び出せるようになって欲しい。

 こんなセルフハードモード嫌。


 しかも今回は一人ぼっち。

 もはやルナティックモードじゃん。無理。


 どうして私がこんなことを考えているかというと、これこそがこのテストの真意だと思ったからだ。自らのアームズと向き合って、最大限活用する。

 私の他にもそうしなければいけない人間が数名いるだろう。一人でバグと戦えるかどうか危ういアームズの者が。

 しかし、いざという時に戦えないようでは心許無い。このテストはデバッカーを目指す者にとって、避けては通れないようなものだと思う。


 腰の高さで手を開く。手のひらを上に向けて、その上でアームズの呼び出しと解除を繰り返す。

 枠は1つで、先程の戦闘で既に消費している。再呼び出しでもレベル上げには有効かもしれないと思い、そんな行動を繰り返しているのだ。


 初めてダイブしたときに凪先生が言っていたことを思い出したからである。リンクを強くしたいから、具現化したまま目的地まで行こう、と。


 具現化した状態をキープすることでリンクが強くなるなら、再呼び出しでも可能なんじゃないか。むしろ、そちらの方が効率的にレベル上げができるんじゃないか。

 そう思って、無意味かもしれない行為を続けている。これ本当に無意味だったら虚しさ半端ないな。まきびし出したりしまったりって超ヤバい奴じゃん。


 免許試験の先のことを考えてみる。

 漠然と、アームズを強化できると考えていたが、それでは駄目な気がした。もし私が許可証を手に入れても、”こういう風に強化したい”というビジョンが無いと強くなれない。そんな確信があった。

 たまたま発現した追加効果を使うよりも、望んだ力を手にした方が活用もしやすいだろう。


「って言ってもなぁ……」


 多分、私は日本で一番まきびしのことを考えている女子高生だと思う。いや、女子高生に限定をする必要もなく日本一かも。もしかしたら世界一かもしれない。

 そこだけ聞いたら、変人コンテストで上位に食い込めそうで嫌だな……。


 考え事をしながら歩いて、ふと気付いた。やっと森の中の歩き方を体で覚えてきたようだ。頻繁にぐねっていた足も痛みが引いている。


「森にも慣れてきたな。でも戦いにくい事には変わり」


 ドゴン!


 前方から、何かが破裂するような音が聞こえる。私の独り言を遮るとは、なんて狼藉を働いてくれるんだ。

 戦いにくい事には変わりドゴン! って何さ。極力足音を立てないように近付くと、そこには両刃の斧を振り回す井森さんが居た。


 いや、怖いよ。

 まさか美少女が斧を振り回す現場を、目撃する日が来るとは思わなかった。


 対峙したバグは真っ黒で、山羊のような姿をしていた。2メートルはあるように見える。あんな体で突進されたらただでは済まないだろう。

 どうやら話せるタイプではないらしい。バグはじっと、バカデカい斧を両手で構える女を睨みつけている。


「あなた、強いわ」


 井森さんはバグを讃えて笑った。

 しかし、その表情には余裕がない。肩で息をしながら、姿勢を低くして斧を構えている。


 多分、この人は死ぬ間際も笑っている人だと思う。

 そんな予感がして、黙って見ていられなくなった。駆け出そうと、隠れていた樹木から身を出す。


 次の瞬間、黒い山羊は火炎放射器のような炎を吹き出した。

 私は「あ、これはあかんヤツ」と言いながら、また樹木に隠れた。

 いやあれは無理。井森さん頑張ってね。


 井森さんはバグの横に回り込み、斧を振り下ろす。山羊はバックステップで回避しながら、炎を彼女に向けた。

 斧が地面に刺さる前に軌道を変える。


「あああああ!!」


 腹の底から出すような、お世辞にも可愛いとは言えない雄叫びをあげて、井森さんはフルスイングする。

 横薙ぎされた斧は炎を斬り裂き、山羊の眼前に迫った。


 これは堪らないとばかりに山羊が高く飛び退く。そして両者はまた睨み合いを再開した。


 なんじゃこの戦い。


 絶対にここにいちゃいけない。私は早々に立ち去ろうと、ゆっくりと歩き出した。樹から樹へと、身を隠すように移動する。

 あの二人はまだ睨み合っているようだ。早くおっ始めて欲しい、静かだと私の移動音が目立つから。

 そうしてまた次の樹へと移ろうとした瞬間、目標としていた樹が燃えた。もう一度言う、1〜2メートル先にある樹が燃えた。暖かい。


「は?」


 炎の起点を見ると、例のバグがその樹だけを狙い撃ちしていた。

 明らかに私を狙った攻撃やめろ。


 見ると、対峙していたはずの井森さんが居ない。

 すぐ近くに何者かの気配を感じた次の瞬間、手をついていた立派な樹がすぱっと斬り倒される。倒れたそれは大きな音を立てて、地面に横たわった。


 下から斜めに斬り上げられたのだろう。

 私達の間を遮るものは消え、斧を振り上げる格好でいた井森さんと目が合った。


「ごきげんよう」

「……ご、ごきげんよう」

「手伝ってくれる人が現れて良かった」


 井森さんは優しく微笑んでそう言った。

 絶対に逃がさないぞという強い意志を感じる。

 むしろ、逃げたら殺すという殺意すら感じる。

 私には頷く以外の選択肢など残されていなかった。

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