第45話 なお、ふわふわとする


 突如私達を襲った閃光は、頭上にいた鳥達を焼き鳥にして銀貨に変えた。ほんの一瞬の出来事だった。


「おいおい、なんだよこれ」

「わからないけど……」


 私達を見下ろすように、白い獣は宙に浮いている。あんな生き物、見たことがない。ペガサスが犬っぽくなったらあんな形かもしれないと、ふと思った。


「背中に誰か乗ってないか?」

「あれは……」


 教科担任の鬼瓦先生だ。助けにきてくれたのだろうか。いや、きっとそうに違いない。


 彼が乗っている生き物の口が光を集めている。第二波がくる。膝の上に乗っている知恵の腰を強く抱いて、衝撃に備えた。そして次の瞬間、それは周囲を焼き尽くす。


「こんなん、反則だろ……」


 知恵が呟く。私は心から同意した。なんだこれ。こんなの、もうベギラゴンじゃないか。言ったら怒られそうだから黙っとくけど。


 二度目のビームは私達を器用に避けて、狼達を一掃した。敵はもう例のバグ、一人だけだ。


「来い。俺の生徒は傷付けさせん」


 振り返ると、いつの間にか私達がいた岩場にはなむろあみえが立っている。操る対象がなくなった奴は成す術もなく、ただ奇声を発していた。


「そんなんじゃないよ、楽しいだけ!」


 名曲を汚すのもいい加減にしろ。ついまきびしをぶつけたくなったが、余計なことをして奴の気を引くとまためんどくさそうなので、冷めた視線を送るに留めた。


「そうか。俺もだ。止まらない衝動に従うだけだ」


 お茶目かよ。彼はどこかで聞いたことのあるフレーズに、見事に合わせて返したあと、獣に乗ったまま急降下した。体当たりだろうか、そう思った矢先、獣のマフラーのようなグレーの胸毛がしゃっと動く。


「腕!?」


 四足歩行の生き物だと思っていたが、首回りにも二本の腕が生えていた。あれが首だったらケルベロスのような風貌をしていただろう。予想外の造形に、私達は目を見張った。


「かわいい……」


 知恵だけは別のところに目を奪われていた。うん、まぁ確かにかわいいよ、あの謎の生き物。でもいま見るべきはそこじゃないよね。


「かわいいって言ってる知恵かわいい……」


 だからいま見るべきはそこじゃないって言ってるだろ。知恵はともかく、菜華はげんこつするぞ。


 私が二人を見ている間に勝負はついていた。白い獣が首から生えた前足で、見事になむろあみえを切り裂いたのだ。


「いつの日か……I'll be there……」


 なむろあみえはそう言い残し、モザイクに埋もれて、そのまま消滅した。

 やかましいわ。


「Baby Don't Cry」


 ねぇ先生、いちいちあいつの言うことに乗っかるのやめて。ふっ……と微笑む彼の横顔を拝みながら、私はそんな言葉を飲み込む。


「すげぇ……一瞬で……」


 志音は信じられないという顔をして先生を見つめている。しかし、あんなアームズありなのか。生き物をアームズにすることが可能だったなんて。自分のアームズを考える時には思い付きすらしなかった。




「お前ら、無事か」

「おう! 先生、ありがとうな!」


 獣に跨がったまま、バイクの横に降りてくると、鬼瓦はまず私達を気遣った。怖い先生だと思っていたけど、愛故の厳しさというやつなのかもしれない。そんなことを思った。


 知恵は白い獣を滅茶苦茶に撫でながらお礼を言っている。近くで見るとより一層かわいかった。目をばってんにして嬉しそうに知恵にもみくちゃにされている。もう少しクールな生き物だと思っていたので驚いたが、そのギャップもまたキュートだ。


「大人しいんですね」

「当然だ。ラーフルは知能も高く、敵と味方の区別くらい簡単につけられる」


 確かに賢そうな顔をしている。今だって、まるで人間の言葉を理解しているかのような立ち姿だ。知恵がわちゃわちゃと撫でるので、少し台無しになってはいるが。


「知恵、あまり触ると機嫌を損ねてしまうかも」


 菜華はそう言うが、機嫌を損ねているのは明らかに本人の方だった。動物にまで嫉妬するなよ。喉までこの言葉が出かかったが、固く握られた拳を確認して、慌てて黙った。余計なことを言ったらあの拳がこちらに飛んできそうだ。


「あはは、くすぐったいよ~」


 え? 何? いまの誰の声? 先生が腹話術を……? いや、まさか……。


「知恵っていうんだね! ボクはラーフルだよ!」

「お前、喋るのか!」


 知恵は嬉しそうにしているが、私は声が出なくなる程驚いていた。もう”敵味方の区別がつけられるくらい賢い”レベルの話ではない気がする。人並みの知能を持ち合わせているじゃないか。

 あと、喋ったとしても、”汝ら、我の働きに感謝せよ”とか、そういう口調のイメージがついていたので、二重の意味で驚いた。


 白い体に頭を覆うような立派な角、背中から生えた大きな羽、ところどころにあしらわれたエメラルドグリーンの模様、ドラゴンのような尻尾、首を囲む赤い首輪のような紋様。彼を見て、なんとなく神聖な印象を受けるのは私だけではないだろう。


 私達が呆けていると、ラーフルと呼ばれた生き物は、にこにこしながら首回りの腕をガバッと広げ、グレーの両腕で知恵の頭をくしゃくしゃと撫でた。後ろでは鬼瓦が羨ましそうな顔をして目を血走らせている。ブルータス、お前もか。


 このままだと白目が真っ赤に染まったヤバい新人類が爆誕してしまう。しかも二人。ラーフルと知恵は波長が合うようでとても楽しそうに撫で合っている。私もちょっと撫でてみたい。いや、ちょっとじゃない、ものすごく撫でたい。


「喋れるなら話が早いね。私は札井、助けてくれてありがとう。あ、もちろん先生も」

「礼には及ばん」

「優人の大切な生徒だからね!」

「ゆーと……?」

「優しい人と書いて優人だよ! ね! 優人!」


 鬼瓦は少し恥ずかしそうに咳払いをしている。顔に似合わない名前だ、いや似合わなさすぎる。というか、そもそもアームズがこんな可愛い動物である時点で相当のギャップだ。多分、ここにいる四人はみんなそう思っていると思う。だというのに、ラーフルはにこにこして続けた。


「優人の為にあるような名前だよね!」

「……ラーフル、もういい」

「えぇ、でも」

「いいんだ」

「ちぇー」


 止められてしまった話の続きをするように、ラーフルの尻尾がゆらゆらと動いた。可愛い。今すぐにでも飛びつきたい衝動に駆られるが、我慢だ。私にはやらなければいけないことがあるのだ。


「ラーフルは可愛くて強いんだな!」

「知恵。そろそろ止めた方がいい」

「そうだ。いくらラーフルとは言え、それ以上は怒ってしまう」

「えー? ボクそんなことじゃ怒らないよ! 嘘を言うのは、やめてね!」

「ぐっ……!」


 聞けば聞く程アホっぽいが、今回私達はあの四人に救われたのだ。私はバイクを降りて、金貨を拾い集めていた。


「志音、チェッカー」

「ほらよ」

「ん」


 投げて渡されたチェッカーに金貨を通していく。私だってラーフルと戯れたいが、それをぐっと堪えて金貨を拾っているのだ。


「……いいのか?」

「何が?」

「いや、知恵達は拾ってないし」

「いいでしょ、金貨は半分こって約束だし。ここに落ちてるの、半分も拾ってないじゃん。あの二人はあの様子だし」

「……そうだな。あたしも拾うわ」


 とにかくすごい数だった。そこかしこがキラキラと輝いていて、拾うのが勿体ないくらいの光景だ。


「お前ら、何してんだ?」

「何って……見て分からない?」

「これ、あたしらが貰っちゃっていいのか?」

「いいに決まってんじゃん! 自分達で倒せなんて言われてないんだし」

「あー……言われてみれば……」

「おっと、もうこんな時間か。残念だが、ここまでだ」


 先生は私達の会話に口を挟んで無理やり中断させると、腕時計を指さした。タイムリミットは15時だ。そういえば、いま何時なんだろう。


「時間はもう過ぎている」


 はい? ショック過ぎて視界がモノクロになった。つまりは、いままでの苦労が全て水の泡だった、と。あぁヤバい、なんか息が止まりそうだ。


「安心しろ。今すぐ帰れば時間がオーバーしたことについては不問とする」

「えー……ラーフルは?」


 知恵は名残惜しそうに、ラーフルの首から生える前足の裏側をふにふにと押している。気持ち良さそうな声を出しているところを見ると、いいマッサージになっているのだろう。


「ボクはあっちには行けないけど……知恵達とはきっとまた会えると思ってるよ!」


 それぞれラーフルにお礼を言って、頭を撫でさせてもらう。何故か先生までその流れに乗ってラーフルを撫でようとしていたが、「ゆーと!」と怒られて下を向いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る