第88話 なお、クサいとする

 感情を高ぶらせ、片目を真っ赤に光らせた彼は私達を静かに睨みつけていた。殺してやる、明確な殺意を宿したその瞳に釘付けにされ、一歩も動くことができない。警戒している私達を確認すると、彼は満足そうに口を開いた。


「いつかは、終わる……全て終わるんだ……僕の黄昏言語トワイライトランゲージでね」


 うわダサ。

 もったいぶって言ってるところが更にダサ。

 ママチャリを改造してイキってる中学生の方がまだマシ。


 もちろんそんなことは言えない。どんな技なのか分からないのだ。これ以上怒らせて攻撃対象になっても嫌だし、私はなくなく本音を飲み込んだ。

 というかさっき本音を言ったら激怒させたので、もうしばらく黙っていたい。


 しかし、ここには勇者が居た。

 過去にもサイコパスっぷりを発揮して煽りまくった前科を持つ、彼女である。


「それ技の名前!? だっさ! ウケるー!」


 ねぇ家森さん。最高。

 彼女はおナル野郎を指さして笑った。しかし、彼に腹を立てた様子はない。どうやら既に黄昏言語トワイライトランゲージとやらは始まっているようだ。


「誰にも理解されず。

 誰かを理解することもできず。

 たった一人で生きる僕は……。

 たった一人、まだ見ぬ君だけを捜している」

「君って誰だよ」

「なんでそんなに改行を欲張るの?」

「細かい指摘だけど、”探してる”の方が合ってると思うよ」


 三人でそれぞれボロクソに感想を述べながら、武器を構える。闇の力で王になるとか、そういう種類のアレではないことは既に分かっていた。

 つまりこういうタイプなのだろう、私は彼の人間性を再認識してまきびしを呼び出す。言霊が力を持って私達を襲ってくることを警戒したが、特に何も起こらなかった。


「で、どうすんの?」

「知恵は置いといて、私達で何か考えなくちゃね」

「オイコラ!」

「だって……パソコンじゃ、ねぇ……?」


 セキュリティホールが無いということは、今回は知恵の能力にあまり期待できないということだ。それは間違いない。というか、私達にそれを教えられてもギター弾けないしね。

「Cのコードだ!」と言われても、「C? 何それ、『しーー』って言えばいい?」となる。


「ほう、君たちは僕の黄昏言語トワイライトランゲージに耐性があるようだね」

「耐性っていうか……」

「君達が言っていた男女のペアの男は、これを聞いて倒れたんだ」

「はぁ?」


 意味が分からない。

 私は説明を求めるようにバグを見つめたが、彼もその原理は分かっていないようだ。両手を広げ、肩をすくめて笑っている。その仕草なんか腹立つから止めろ。


「多分だけど、あいつの攻撃はあたしと菜華のそれと大差無い代物なんだろうな」

「どゆこと?」

「あたしらは相手のセキュリティホールを音に置き換えて攻撃する。あいつは言葉で特定のセキュリティホールのみを攻撃するんだ。だからたまたまあいつの突いている部分が弱点だったデバッカーには効果が絶大なんだろうよ。穴さえ分かれば、あたしも攻撃に参戦できそうなんだけどな」

「知恵……」


 私は知恵の肩を掴む。どうしても今言わなければいけないことがあるのだ。彼女もそれを察したようで、「なんだよ」と言って私を見た。


「知恵って、絶大って言葉、知ってるんだね」

「ぶっ殺すぞ」


 酷い。しかし理屈は分かった。あいつの攻撃がたまたま八木君の弱点だった、私達の弱点とはズレているから効果はない。

 つまり、バグに攻撃を当てることさえできれば、それで終いということだ。


「とにかく、今はあいつの隙を作ってくれ!」

「了解!」

「分かったよー!」


 家森さんはナイフを呼び出す。手元に現れた次の瞬間、それをバグに投げつけた。

 バグは高く跳躍し、そのまま空中に浮いて私達を見下ろしている。まるで私達を哀れんでいるかのような表情である。


 なんかムカつく。私は彼めがけて、まきびしを投げつけた。すると、今度は霧になって姿を消した。


「あーもう! ちょこまかと!」


 私が怒りを露にすると、どこからともなく声が響く。


「いない

  いない

   いない

 この世界に、僕だけが」

「改行だけじゃあき足らず、ついに空白まで使い出したぞ」

「もういいよ、普通に喋って」

「最後の行、”ばぁ”にしてみて」


 そっちのトワイライト(笑)ランゲージ(爆笑)とやらは私達には効かないんだっての。しかし、こちらの攻撃を当てることができなければ、あのバグは倒せない。

 攻撃しようにも、一度霧になった彼が姿を見せる様子はなかった。


「くく、僕を物理的に捕らえるなんて不可能、ということ」

「いやぁー……参ったね。物理的には無理って、魔法でも使えってこと?」

「こうなったら菜華を呼んでくるのはどう? そこで置物になってる知恵と菜華なら、もしかしたら」

「”そこで置物になってる”って言葉いらなかっただろ!!」


 知恵は置物になってる事実を否定してるけど、実際そうなんだから仕方がない。このままでは埒があかないと、諦めそうになったその時だった。


「いいか、バグのセキュリティホールは必ずしも確定してる訳じゃないんだ」

「どういうこと?」

「あいつの状態が変われば、もしかしたら変化するかもしれない。特に今は鉄壁だ。何らかのプロテクトが掛かってる可能性も捨てきれない」

「つまり、あいつの状態を変えれば……?」


 家森さんはそう言うと、口元だけで笑って見せた。僅かだけど、活路を開いた、そんな表情だ。


 あいつのプロテクトとやらを解除する為、一番手っ取り早いのは攻撃を当てることなんだろうけど、それは今は望めそうにない。となると、やれることは限られてくる。


「あいつの体の状態を変えることは出来ない。でも、精神状態なら、もしかしたら……」

「やってみるしかないね」

「あたしは逐一弱点が浮き彫りにならないか探ってるから、お前らに任せていいか?」

「うん、今の知恵にはそれくらいしか出来ないからね」

「いちいちトゲのある言い方してんじゃねーよ!」


 あいつに他の攻撃手段があるとするなら、家を破壊しようとした時に繰り出している筈だ。それに今、せっかく攻撃が通らない状態で私達を見下ろしているというのに、奴は何もしてこようとしない。


 つまり、あいつの攻撃手段はトワイライト(略)しかない、ということだ。なんかもうすごいバカっぽいから、悪いけど、省略させてもらうことにしたから。そこんとこよろしく。

 私はまきびしを出来る限り肥大化させると、彼の城の壁にぶつけた。土煙を上げて、先程空けた穴が大きく広がる。


「おいやめろ!」

「止めたかったらどーぞ、ご勝手に」

「くっ!」


 バグは悔しそうな声を響かせると、やっと私達の前に姿を見せた。

 そうこなくちゃ。


「まだだ! もっとこいつを追い詰めろ!」


 知恵がパソコンを睨みながら、指示を出す。私はそれを聞くと、大きく広がった穴から、城の中に進入した。

 家森さんと知恵が私の後を追うように付いてくる。


「なっ! 不法侵入だ! よさないか!」

「別にいいでしょ? さっきの2ペアは城の中であなたに会ったって聞いたけど?」

「それは、寝室は鍵を掛けていたし……はっ!」

「おい夢幻! 鍵掛かってる部屋の扉ブチ破れ!」

「がってん!」

「やめろおおおお!!」


 私達は鍵の掛かってる部屋、もとい寝室を探す。絶叫しながら追いかけてくる霧に聞こえるように、私はこう言った。


「たった一人、まだ見ぬ寝室だけを探してる」

「お前絶対殺してやるからな!」

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