第184話 なお、やらかした鬼ちゃんとする

「で、先生。どうしてここに?」

「キリっとしながら言ってるけど、ラーフル撫でて言っても全然緊張感ないからな」


 先生に向き直る私に志音がツッコミを入れる。もちろん手は止めない。ラーフルを愛でられるタイミングは限られているんだから。

 私が問うと、先生は困った顔をして言った。その様子を見ていたラーフルも、心なしかしゅんとしているので、きっといいニュースではないのだろう。


「鳥調と連絡がついたんだ。お前達がダイブしてから、乙が言っていたように、折り返し電話が掛かってきてな」


 なんと。私達は顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。

 菜華がここに到着すれば、それはすなわち私達の勝利だ。なるほど、つまり彼は勝利を確信し、例えラーフルがコピーされても問題ないという憶測の元、ここに駆けつけたということか。

 私は全ての辻褄が合ったような気がして、うんうんと頷いていた。が、志音の発した言葉によってそれが間違いだったと思い知る。


「じゃあなんで菜華が一緒にいないんすか?」

「あ……言われてみれば」

「それは、アレだろ。菜華はちょっと遅れてくるから、それまでは先生も一緒に戦ってくれるってことだろ」


 知恵は慌てて先生をフォローするが、彼の表情は浮かないままだ。あぁ、もうやだ。嫌な予感がする。


「残念だが、鳥調はまだしばらく来ない。お前達がなかなか戻って来ないから、心配になって様子を見にきたんだ。とりあえずは無事で良かった」

「あの、じゃあどうしてラーフルを……?」

「俺はラーフル以外まともなアームズを呼び出せない」

「はぁ……そうですか……つまり?」

「バグに襲われて咄嗟に呼び出してしまった」


 もう〜このお茶目さんめ〜。

 私は現実逃避しながら、からからと笑った。つまり、全く無策のまま、間違って敵にとってとんでもない戦力になり得るラーフルを呼び出してしまった、と。どうすんのこれ。


「先生、菜華はあとどれくらいかかるんだ? あいつの家から急いで30分はかかると思うけど、あいつはすぐに家を出られる状態だったのか?」

「結論から言うと、あいつは家にはいなかった」


 光明が差す。つまり、知恵に会いたくて学校に向かっている最中だったとか?

 はっと顔を上げる私達に、先生は死刑宣告のような事実を告げた。


「あいつは、海にいた」

「……はい?」

「海を見ながらギターを弾きたい気分だったとかで……」

「菜華は、変わってるよね!」


 ラーフルははつらつとしているが、私達は絶望していた。海? え、海?

 海って、水がたくさんある、あの海?


「ちょうど家に帰る途中だったようで、2時間はかからないと言っていた」


 ここから最寄りの海って言ったら3時間くらいかかるもんね。それは良かった。

 とはならないんだよ、先生。ちょっといいニュースみたいな口ぶりだけど、もっと早く菜華が駆けつける予想をしていた私達にとって、あいつが海にいたということはどう足掻いても悪いニュースなんだよ。


 額を押さえる志音に、頭を抱える知恵。先生が告げた事実は、私達の精神に大打撃を与えた。だけど、落ち込んでいる暇なんてない。だって私は見たのだ。ブラックラーフルの影を。

 私達はリアルに戻らなかった理由を先生に話した。まきびしの使い方を学習した上で、バグが再び私の能力をコピーすることを嫌ったとか、そういうの。それを聞くと、先生は顎に手を当てながら、納得したようになるほどと言った。ちなみに、これは全て志音が言ったことだけど、私のアイディアであるかのように伝えた。彼女は慣れているとでも言いたげな顔で、「まぁいいけどな」とだけ呟いた。


「ならば、俺達がまずすべきは、ラーフルのコピーを撃破することだ。知識までコピーされているとすると、鳥調の能力を知っているラーフルのコピーは、真っ先にあいつと乙を狙うだろう。二人はこの作戦の要だ」


 これからやるべきことを宣言すると、先生はやっといつもの調子を取り戻した。だけどね、これは先生がうっかりラーフルを呼び出したりしなかったらやらなくてもいいことだったからね。


 その時だった。背後の草むらが蠢いたと思ったら、そこから真っ黒なラーフルが飛び出してきた。音に反応して振り向くのがやっとだった私達の中で、唯一飛び出したのは我らがラーフルだ。

 彼は黒いラーフルの上から飛びかかるように突進した。黒いラーフルは長ったらしくて呼びにくいから、これからはブラーフルと呼ぶことにするね。


「ぼくの姿でみんなを傷付けるのは、やめてね!」


 可愛い口調だけど、牙をむき出しにして、ブラーフルを睨み付けるラーフルは明らかに怒っていた。二匹の獣が対峙している。白と黒が、緑の中で交錯する。

 ラーフルの首から生えている、4本の脚とは違う、もう一対の腕。その鋭い爪が空を斬る。互いの命を奪うことを厭わない斬撃に、私達は息を飲んだ。


「ラーフルがブラーフルの相手をしている間に、私達もできることを考えよう!」

「ブラーフルってなんだよ」

「ブラームスみたいで、ちょっと音楽的になっちゃったよね……ごめん、そこは反省してる」

「そんなこと思ってないし、反省するポイントがおかしいだろ。まぁ、分かりやすいからいいけど。とにかく、夢幻は下手に手出しするな。ラーフルに当たりそうだ」

「分かってるって」


 志音がやれって言ったって、私は手出ししなかっただろう。いや、出来ないんだ。縦横無尽に地を駆けながらやり合うあの二人に介入するなんて、怖くてできない。絶対ラーフルにまきびしが当たる。っていうか、私のことだから、そんなことしたらラーフルだけに当たりそう。


「とりあえず、あたしはパソコンを呼び出す。いいな」

「いいけど、そんなことしてどうするつもり?」

「ラーフルが相手してくれてる今なら、あの黒いラーフルの解析ができそうだ。菜華がここに来た時に、すぐに一掃できるように準備しておきたいんだ。それに万が一、セキュリティホールが無かったら、菜華が来ても意味ないだろ。その辺りを調べておきたい」

「それはいいけど、彼のことはブラーフルって呼んで」

「悪かったよ」


 知恵は私の指摘を軽くあしらうと、パソコンを呼び出した。パソコン……? 彼女はパソコンを呼び出すと言っていたけど、見た目が明らかにパソコンというよりもスピーカー寄りだ。志音と先生も驚いたようで、胸くらいまである大きな四角い箱を見ると、おぉ……と唸っていた。


「知恵さんや、これは?」

「周辺にはまだバグが潜んでいる可能性があるから、とりあえず遠くまで届く、デカいのを呼び出した。移動するなら、あたしは再呼び出しすればいいだけだしな」


 そう言ってスピーカーの上、平らになっているところに飛び乗った知恵は、小さなキーボードを叩いて、同じく小さなモニターと睨めっこを始めた。

 ならば私がすべきことは一つ。知恵を守ることだろう。相変わらず激しい攻防を繰り広げているラーフル達から、少し離れて周囲を見渡す。すると、ずり、ずり、という不気味な音が聞こえてきた。


 顔を向けると、そこには一生懸命スピーカーを押してやってくる黒い人影があった。うん、ね。あんた達には使い道ないもんね。とりあえず運ぶくらいしかできないよね。わかるよ。でもそれ、運んだとしても無意味なんだよ。


「あ。あれ、あたしのコピーだな」

「だな。どうすんだよ、夢幻」

「こうするしかないでしょ」


 私はバグに少し同情しつつも、まきびしで天誅を下すことにした。拳を握って振り降ろすと、私の動きに連動したアームズが、大きくなってバグの頭上から落下する。


「あ、あたしー!」

「落ち着け、あれはお前じゃないぞ」

「乙、気持ちは分かるが、解析を続けてくれ」

「お前、あいつ無害だったろ!? ちょっとは手加減してやれよ!」

「仕方ないじゃん、バグだもん」


 知恵はくそぉなんて呟きながら、あぐらをかいてパソコンには見えないパソコンを再びカタカタし始めた。ラーフルの方もまだ決着がつかないらしい。彼の息切れした声が、森の中に響く。対するブラーフルは息一つ乱れていない。

 固唾を飲んで見守っていると、先生が言った。今、札井が倒したバグ、なんか変じゃなかったか、と。

 まぁ一生懸命スピーカーっぽいものを押す姿は変以外の何者でもなかったんだけど。どうやらそういうことではないようだ。


「乙の姿に似過ぎていた。俺が遭遇したのは、黒い人形のそれで、服装や髪型までコピーされてはいなかった」

「言われてみれば……今の、知恵が真っ黒に塗り潰されたような見た目だったな」

「そう? 一瞬で潰しちゃったからよくわかんない」

「オイ」


 そうは言ったけど、確かにあれは知恵だった。どうして知恵だけがこんな……いや、それを言うならブラーフルだって変だ。まるでコピーの精度が上がってるような……。


「近くに、本体がいる。そういうことっすかね」

「可能性は高いな」


 先生と志音の会話が、重くのし掛かる。だとしたら、とりあえずブラーフルを倒してからリアルに戻るか検討するなんて悠長なことは言ってられない。どうすることもできないまま、私達は2匹の真剣勝負を見つめることしかできなかった。





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