第204話 なお、さらにはチョキとする
「志音! 次あれやりたい!」
「おう」
「夢幻、もうちょっと志音の財布のこと考えろよ」
「知恵がこう言ってるんだからもう少し控えるべき」
私は志音の服の裾を引っ張ってレーシングゲームを指差していた。知恵達はああ言ってるけど、志音も別に嫌そうじゃないし、問題ないと思う。志音は嫌ならちゃんと言うし。
運転席を模したコントローラーに乗って、志音にお金を入れてもらうと、操る車は最後尾からスタートした。私は周りの車にガンガン当てて敵を退けていく。実際のレースでやったら顰蹙を買いまくるであろうプレイだ。っていうか走行不能になるだろう。
「めちゃくちゃな運転だけど、まぁゲームならいいか」
「ゲームならではでしょ、こういうの」
「それが分かってるならいいけどな」
「こんな運転リアルにしてたら即逮捕か死亡でしょうが」
全く、こいつは私をなんだと思っているのだ。私にだってそれくらいの分別は付く。煽り運転や危険運転は下手したら殺人と同等の罪になるんだから。どっかで聞いた話によると、昔はもっと罪が軽かったらしいけど。
私は右手をハンドルから手を離してピースを作って、とりあえずとても楽しんでいるとジェスチャーした。
「くっ……」
「おい、どうしたんだ? 志音」
「やべぇ、夢幻がとんでもないプレイしてるのを見てるだけなのに楽しい……」
「お前ら……もうちょっとまともなデートしろって、マジで」
頑張って追い上げたけど、ポイント地点に到着する前に制限時間を迎えてしまった私は、あえなく終了となってしまった。でも楽しかった。でも実際にプレイしていた私よりも志音はなぜかもっと楽しそうだ。意味分かんない。
席から降りて辺りを見渡していると、私が何かを見つける前に知恵が明るい声を上げた。彼女の視線の先にはある音ゲーがあった。
「菜華、あれやってくれよ」
「いくら知恵のお願いでも絶対にイヤ」
その言葉を聞いて驚いたのは、知恵だけじゃない。私と志音も目を見開いた。菜華が知恵のお願いを却下するなんて……何かに操られているの……? そんなこと、絶対有り得ないと思ってた……。
「どうしてもか?」
「うっ……知恵、あれはギターの形をしていても全然ギターとは違う。別物」
「それはわかるけど、でもタイミング良くボタンを押したりするのはリズム感だろ? ギターの経験が全く役に立たない訳じゃないだろ? 違うのか?」
「違うけど違わない……じゃあ、一回だけ」
知恵のリクエストで菜華はギターを背負ったままギターのコントローラーを手に取った。私達はもちろん、近くを歩いていた人も菜華に注目している。そりゃ気になるよね、ギター背負ってギター持ってたら。
筐体の上には「最新機種! 本格プレイでオーディエンスを沸かせろ!」と書かれている。菜華の場合、本格プレイじゃなくて本物プレイの方がオーディエンス沸きそうだけど。
菜華は硬貨を入れるといくつかボタンを押して、曲選択画面でザーッと並んでいるラインナップを流していった。始めの方に並んでるのが初心者向けっぽいから、そんなことしたら鬼のように難しい曲が並んでるところにいっちゃうと思うんだけど……。
「いくら菜華でも初めはもうちょっと簡単なのにした方がいいんじゃない?」
「昔、一度だけこういうゲームをやったことがある。流石に簡単過ぎるものはクリアできた。というか、アレは誰でもクリアできると思う」
「ま、まぁ、そういう曲もあるかもだけどさ」
私は菜華の隣でたじろぐ。菜華はコントローラーに付いているボタンを連打し続けていた。選択画面の背景がどんどん派手になっていく。そして曲名らしきものの横に並んでいる星の数が増えていく。いやこれ絶対難易度でしょ。菜華、やめなって。私が彼女を止めようとした直後、彼女の手が先に止まった。
「この曲、知ってる」
「ゲームの為に書き下ろされた曲の他に、既存の曲をゲームに落とし込んだものもあるみたいだな」
志音が筐体に貼られている説明文を読みながらそう言うと、何故か知恵がおぉと感心している。お前は文字が読めないのか。
「これにする」
「でもこれ、星の数凄いことになってない?」
「原曲は弾けるから。知らない曲よりも都合がいいかも」
「なるほど……」
まぁそういうことなら……っていうか原曲を弾けるかって話になると、難易度の低い曲だってこなせる人は少ないと思うんだけど。
菜華が決定ボタンを押すと、これまた派手な演出のあと曲が始まった。上からボタンが洪水のように流れてくる。こんなのできるわけが……いや、菜華のことだ、きっと涼しい顔で難なくこなすんだろう。
しかし、彼女は涼しい顔で突っ立ってるだけだった。意味がわからない。
「菜華、あの、ゲージ減ってる、ボタン押さないと」
「原曲と雰囲気が随分と違う……」
「当たり前でしょうが!」
まだ曲が終わってもいないのに、菜華はコントローラーを筐体に戻す。そして手早くギターを取り出すと、ストラップを肩に掛けて弦に挟んでいたピックを手に取った。
「この曲は、こう! キメの部分は、こう!」
「ごめん、今すぐそのキチガイの所行やめてくれる?」
私と志音は慌てて菜華の肩を掴んで取り押さえた。立ち止まって見てる人達には知恵がとりあえず頭を下げている。画面はまもなく「バァン!」と音を立てて、門が閉まるような演出のあと終了した。うん、当たり前だよね。
しかし、このゲームはワンコインで2曲遊べるらしく、再び曲の選択画面に戻ってしまった。この状態の菜華に次の曲をプレイさせることは難しいし、かと言って私と志音は奇行を働く菜華を止めるので忙しいし……知恵にプレイさせようと振り返った瞬間、少し離れたところから声がした。
「それ、ライン接続できるから自分のギターでもプレイできるよ」
「え?」
私達を見て声を上げたのはギターを背負った見知らぬ女だった。マスクにサングラス、どう見ても怪しいヤバい奴だ。金色の長髪にキャスケットを深くかぶった女は、マスクを顎まで下げるとニッと笑う。何こいつ。
「シールドは……やっぱり、ここに入れてんだ」
ガサゴソと菜華のギターケースを無断で弄り回して、ケーブルを取り出すと菜華に投げて寄越した。勝手に菜華のケースを弄るなんて、こいつ死にたいのか。
私はカタカタと震えながら菜華を見つめた。だけど本人は固まっている。まさか、有り得なさすぎて脳の処理が追いついていないのだろうか。私は回避しようもない嵐に備えて身を固くした。
「綺羅、さん……?」
「セッションしよーよ」
キラと呼ばれた女は自らのギターを取り出して、筐体に挿しながらまた笑った。淡々と追加のお金を入れる女を見ながら、菜華も同じようにギターを接続している。え、キラって、もしかして、あの……?
制限時間を迎えたのか、曲はさっきと同じまま始まってしまった。二人分のプレイ画面は、先程のような押すべきボタンの洪水ではない。音符のキャラクターが緩いダンスを踊るという謎のアニメーションになっている。つまり、楽譜は無しで演奏しろということか。鬼過ぎる。
だけど菜華もキラと呼ばれた女も笑っていた。邪魔なものが排除されたことに喜んでいるようにも見える。二人はまもなくギターをかき鳴らした。
「リードのパートは譲るよ」
「そう」
「画面に表示されてるboostってボタン押すと、ブーストかかるから」
「そう」
「懐かしいね、この曲」
「うん」
二人は話をしながらも手を動かす。鬼みたいなスピードで。ざわめきに気付いて振り返ると、そこには人集りができていた。そりゃ見るよね、私が他人でも立ち止まって見ると思う。
「夢幻、押して」
菜華に声を掛けられて見ると、画面上では音符くんが「boost!」と叫んでいる。多分これのことだろうとタップすると、菜華のギターの音がぐんと上がる。
これまでもバカみたいな労働を強いられていた指がその速度を増して指板を動き回っている。カッコいい、私もやりたい。できないけど。
あっという間に曲が終わって、何処かから彼女達の演奏を讃えるようにピューピューという指笛の音まで聞こえてきた。
私達はその場を少し移動して、自販機とベンチが置かれているスペースまで来た。そうして落ち着いてから、女は改めて自己紹介をした。
「急にごめんね。でも、まさか菜華がいるとは思わなかったからさ。ついね」
「お前、キラか……?」
「うん。菜華、この子は?」
「彼女」
多分名前を聞いたんだろうけど……私と志音がフォローを入れる前に、キラは「ふぅん……」と言って目を細めた。あ、ヤバい、帰りたい。帰って志音が取ってくれたぬいぐるみぎゅってして寝たい。
これ絶対このあと不穏な空気になるやつじゃん。っていうかもうなってるよね。
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