第156話 なお、犯人探しとする
私は真先輩との攻防の末、なんとかリアルに戻ってくると、まず周辺をチェックした。ダイビングチェアの横に雨々先輩が立っていて、私を殺そうとしていないかが気がかりだったのだ。
しかし、ダイブしたときと同じように、この空間には私以外の気配はない。どうやら一命は取り留めたらしい。
手早く荷物をまとめると、今度はA実習室に走った。私が一番乗りだったようで、しばらくすると家森さんと菜華が戻ってきた。珍しい組み合わせだ。というか菜華が知恵以外の誰かといるのは全部珍しい。
「夢幻、もう戻っていたの」
「あっれー? 思ったより早かったね! 札井さんのことだから、てっきり一番遅いかと思った」
「どういう意味かな、それ」
それじゃまるで私がいやしい食いしん坊みたいじゃない。この二人に比べたらお菓子とか好きかもしれないけど。
というか二人とも、食べ物に関する好みが全く想像つかない。私が作ったカレーを食べてくれたあたり、菜華については味覚は普通っぽいけど……。そういえば、家森さんとは焼肉に行ったっけ。こうやって考えると、結構仲良くしてるな、私。
私は適当なダイビングチェアに腰掛けたまま、二人に質問を投げかけた。
「お菓子食べた?」
「一応。写真立てがチョコレートでできてた」
「私はテーブル食べたよー。クッキーだったなー」
家森さんは分かる、私もそういう家具に手を出すと思う。でも、菜華は何? 普通、お菓子の家に行って写真立て食べる?
変な奴はそういった目の付け所まで変なんだと、ある種感心しつつ頷いてみせた。
「札井さんは?」
「あー、私は窓を少し」
「窓……? そんなのあったっけ?」
「さぁ」
ヤバい。お菓子の家には窓は無かった……? いや、でも、いくらお菓子でできてるからって窓が無いとか有り得る? 分からない、分からないけど……。
雨々先輩には私があの家に行ったということを、まだ知られたくない。彼女が今日ここに戻ってくるかは分からないけど、おそらくは誰が自分の代わりに真先輩の家に行ったのか、確かめようとはするだろう。
「二人は普段からお菓子って食べるの? 好き?」
「えー? 食べるよー。家でだらだらしながらポテチとか普通に食べてるよ」
「私は知恵が好き」
「今そういう話してなかったじゃん」
駄目だコイツ。菜華は淡々とした表情で、質問の答えにもなっていないような事を言ってのけると、遠くを見つめている。しばらく会ってないみたいな顔するのやめろ。
私は二人から、少しでも多くの”家”に関する情報を集めることにした。
「家はどんな感じだった?」
「どんなって?」
「ほ、ほら、色とか」
「私がダイブしたところの家は切り株の椅子があったよ」
「私のところにもあった」
「あ、わ、私もそうだった!」
いやそんな椅子無いけど。あったのは脚が4本ある、普通の椅子だったけど。そうか、お菓子の家の椅子はそんなデザインなのか。
その後も色や使われているお菓子について確認してみたけど、二人の証言は概ね一致していた。大体は頭に叩き込んだし、これで「そんなの無かったよね?」と、攻められることもなくなっただろう。
私達がダイブ先について話していると、今度は知恵、志音、井森さんの三人がA実習室に入ってきた。これで全員揃った。三人が適当な席につくと、鬼瓦先生が入室する。妙に神妙な面持ちだけど、気の所為だろうか。いや、あの人元々ああいう顔付きだから分かりにくい。普通なのかも。
私はダイブ先に手違いがあったことを先生が告げないか、ハラハラした気持ちでいっぱいだった。どこに雨々先輩がいるか分からないのだ。もしかしたらA実習室の入り口に立ってるかもしれない。怖い。
「みんな、VPの初ダイブは無事に済ませたか?」
「おう! お菓子、美味しかったよな!」
「そうねぇ。ただ、お昼は抜いてきたのは失敗だったわ」
そう言って井森さんは自身の腹部を擦っていた。先生は手違いがあったことに気づいていないらしい。安心しつつ、井森さんの発言の意味を聞いてみた。
「たくさん食べたのに、リアルに戻ると空腹に戻ってるのよ。考えてみれば当たり前なんだけど」
「俺は全くオススメしないが、バーチャルダイエットなんてものもあるらしいぞ。粋先生が言っていた」
鬼瓦先生は少し困った顔をしながら、腕を組んでいる。バーチャルダイエット、か……。確かに、食べた気にはなれるという点においては、これ以上のシチュエーションはないだろう、悪くないかもしれない。私がなるほどと呟くと、先生は余計な事を教えてしまったという顔をして、強引に話を逸らした。
「と、とにかくだ。設定も上手くいったようだし、今日はもう帰っていいぞ。A4一枚程度でいい、今日のダイブをレポートにまとめてきてくれ」
そんなことしたら私のレポートだけ妙に破廉恥なものになるけど大丈夫かな。いや、大丈夫じゃない。まぁお菓子の家がどんなものだったのかは大体分かったし、適当にそれっぽいことを書いておけばいいだろう。
私達は立ち上がると、それぞれ荷物をまとめ始めた。と言っても、体験室から戻ってきたままなので、忘れ物がないかチェックをする程度の、簡単なものだけど。
いざ鞄を持って実習室を出ようとしたところで、妙に覇気のある声に呼び止められた。
「待たれよ!!」
顔を上げると、そこには左手をこちらに翳した粋先生が立っていた。今日も今日とて作業着姿の彼女は、おそらくは寝癖であろう髪を跳ねさせながら、私達に近付く。
「今日の実習、変なことがあった人、挙手!」
彼女は高らかにそう宣言すると、私達の顔を一人一人覗き込んでいく。みんなは質問の意味が分からなかったようで無言で立ち尽くし、菜華だけがただ一人、知恵の顔を見つめる先生に「知恵にキスしたら殺します」という謎の殺害予告をするに留まった。する訳ないでしょ。
「うーん、この中に一人、嘘つきがいるなぁ」
嘘つき。その言葉に、私の心臓は跳ね上がった。それは事実を述べられたことによる動揺と、もしかしたら真先輩の名字が鷽月だった事に起因するかもしれない。
「粋先生、私にも分かるように説明してください」
「これはこれは鬼瓦先生。いたの?」
「ぐっ」
あれだけ存在感を撒き散らしている大男に向かって随分な言葉を投げかけると、粋先生は笑って「冗談冗談」とフォローした。
「いやね? 私がみんなのダイブ先を設定するときに、ちょーっと手違いがあって、その、他の上級生のVP空間に繋げちゃった、みたいな?」
「粋先生……それは、重大なプライバシーの侵害ですよ」
「だからー、それを確かめに来たんじゃない」
VP先の間違いがプライバシーの侵害、か。あまり聞いたことのないプライバシーの侵害のされ方だけど、VP空間は生徒達が作り上げる個別の空間だ。個人情報や趣味嗜好、そういったものが多分に含まれているだろう。プライバシーの侵害と言われるのも頷けるところだ。
鬼瓦先生は呆れた表情で粋先生を見つめ、ため息と共に「どうせ寝ぼけたんでしょう」と言った。投げかけられた言葉に否定も肯定もせず、粋先生は改めて私達を睨み付ける。
「犯人はこの中にいる!」
「どちらかと言うと犯人は手違いを起こした粋先生だと思いますが」
「さぁ! 今なら自首を受け付けるよ!」
鬼瓦先生のツッコミを華麗にスルーして、作業着の女はドヤ顔をしている。元凶は設定を間違った自分のくせに、どうしてあんな顔ができるんだろう。その理由は、まともな私には一切見当もつかなかった。
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