第188話 なお、大乱闘百合ッシュシスターズとする

 まさか私に一発もらうとは思っていなかったのだろう。何が起こったのかようやく理解したらしいバグは、地鳴りのような大きな咆哮を轟かせて立ち上がった。二足歩行のウサギっぽい見た目からは想像できない。奴の声で森が揺れている。


「キレたみたいだな、あいつ」

「あいつが再び姿を消すまでに決着をつけたいところだな」


 志音と知恵は警戒しながら話し合っている。バグは頭を抱えて何やら呻いていた。何をするつもりなのかは分からないが、させる訳にはいかない。私は素早くまきびしをバグ目掛けて飛ばしたが、それは全く同じ形をしたものに叩き落とされてしまう。


「へ!?」

「おい! あれ見ろ!」


 知恵が指差す方向を見ると、なんと真っ黒な私が居た。前回のように背格好だけ似せたような姿ではなく、服装も髪型もそっくりな私が。真っ黒でも可愛い。さすが私。だけど、そんなことを言ってる場合ではない。


「なんで!? 一回倒したらもう呼び出せないんじゃなかったの!?」

「どうやら、奥の手を隠し持っていたのは我々だけではなかったようだな」

「そんなの有りかよ!」


 知恵の言い分もわかるけど、有りらしいからこうなってるんでしょ、うん。私は絶望しながら、黒い自分と対峙しようとした。が、あの私をもう一度倒せばよい、という甘い話ではないことをすぐに思い知る。


「え、ちょっと待って。いや、待って待って」


 土の上に黒い水たまりのような影ができたかと思うと、そこから続々とバグが生まれる。はじめに倒した槍使い。弓を持った影。見たことの無いアームズを持ったたくさんの影達と、それにエンジンとブラーフルまで。恐怖で震えるようなことはなかった。多分、今の私は薄ら笑いを浮かべている。


「無理無理無理」

「こっからだな。影の呼び出しに神経を使ってるのか、本体は動けないみたいだ。こいつらをどうにか躱してあいつを倒せば、多分全部消える」

「簡単に言わないでよ! 志音がやってよ!」

「お前あたしがアームズ呼び出してないこと忘れてるだろ」

「覚えてるけど!?」

「鬼畜かよ」


 私は志音と口論しながらも、バグ達の動きを警戒するように観察していた。向こうが動き始める前にやるしかない。前にやったようにまきびしを一直線に水平に並べてそれを奴らへと放つ。しかし、それらは全て、全く同じ手段で防がれてしまう。

 金属がぶつかる音が耳を劈く。見ると、真っ黒な私が同じように右手を払うようなポーズを取っていた。影の私は、想像以上に強敵だ。


「どうでもいいけど、あいつ、パソコン持ったあたしのことも呼び出せよ。なんであの大群の中にいないんだよ」

「使えないからでしょ」


 変なところに憤っている知恵をぴしゃりと黙らせると、私は考えた。私の攻撃は全て無効化される。こうなったら志音にアームズを呼び出させて……いや、あの身体能力までコピーされたバグを呼び出されるのは厄介だ。それに、志音が戦えるような状態になったとして、それはバグ側の志音に防がれてしまうのでは?

 できればバグ同士が潰し合ってくれるといいんだけど。いくら意思疎通ができないといってもそれは望めないだろう。私達だけが持っていて、あいつらがコピーできないもの。それに頼るしかないのか。

 そうして思い至った。そのどちらの条件も満たす、最強のカードを持っているということに。そうだ、私には、もう一つあるじゃないか。呼び出せるものが。呼び出しに応えてくれるかどうかは分からない。だけど、きっと彼女は、来てくれる。なんとなくそんな気がする。


「キキ! 助けて!」

「え!? 今あいつを呼ぶのか!?」


 エンジンが意外そうな声を上げる。私は空に手を伸ばす。キキが止まりやすいように、人差し指を少し曲げて。しかし、あの燃えるような色の小鳥は現れなかった。


「お前、何言ってんだよ。キキって、ラーフルを助けに行った時の鳥だろ……?」

「確かにあいつなら……」

「で、アンタ何してんの? マジウケる」


 声のした方を見ると、鳥が居た。エンジンの頭の上に乗って、バカにするように私を見ている。ねぇ、私ちゃんとあんたが止まりやすいようにポーズまで取ったんだから、ここに来てくれないと私がいきなり変なポーズ取って奇声上げた人みたいじゃん。空気読みなさいよ。前に呼び出した時も手に現れてくれなかったよね、そういえば。


「キキ! こっちで会うのは初めてだな!」

「そそ。夢幻があーしのこと全っ然呼び出さないからさ」

「待て待て! あたしらは夢幻がキキを呼び出せるなんて聞いてないぞ!?」

「あー、そーゆーのはあとあと。あーしが呼ばれたってことは、コイツら。燃やしていいんでしょ?」


 知恵と志音は目を丸くして驚いている。知恵には言ってなかったけど、そういえば志音にも言ってなかったっけ。

 キキは短く笑うと、翼を広げて体の何倍もの大きさの炎を吐き出して前方の槍使いを消し炭にした。それを合図に一斉に動き出したバグの攻撃を、土台となっているエンジンが躱していく。エンジンに追いつけるとすれば、影のエンジンだけだろう。

 しかし、こちらのエンジンはそれを寄せ付けない主砲を乗せている。アルミラージも即座に黒いキキを呼び出して応戦するものの、コンビネーションは皆無だ。この二人のそれを舐めちゃいけない。アームズ達の村で、二人は何年もの間、行動を共にしていたのだ。ラーフルとエンジンのような急造コンビではない。

 エンジンの後ろを狙うものがいれば、キキが振り向いて炎を吐き、遠距離からキキを狙う者がいれば、エンジンが少し首を動かして自らの仮面で攻撃を防ぐ。淀みなく、無言で行われる二人の戦いは圧巻だった。


 さらにバグ側の脅威となったのは、同じくバグである黒いキキだった。あのキキは私達を狙って火を吐いてはいるものの、味方が燃えることすら厭わない様子だ。まさに狙い通り。私ってば天才じゃん。誰も褒めてくれないから自分で言う。

 しかし、こちらが優勢なのは間違いないけど、ちょっとヤバい状況であることも確かだ。なんてったって、この攻防戦で森が燃えている。めっちゃ熱い。

 この戦いが長引くと、どちらも丸焼きになっておしまいだ。主役が丸焼きになって物語が完結するとか、斬新過ぎて吐きそう。


「二人とも! まずは向こうの夢幻を倒してくれ!」


 志音が吠える。そうだ、私の攻撃を邪魔されなくなれば、私は心置きなくあのデカいウサギを仕留められる。エンジンは返事をすると、黒い私へと向かって走り出した。

 私はアルミラージの頭上に大きなまきびしを呼び出して、地面に叩きつけるように降らせる。直撃の寸前、向こうのまきびしが横から介入してきてそれを防がれてしまう。やっぱりがいる間は本体を叩くことは難しいのかもしれない。


「知恵! 危ない!」


 知恵の背後でハンマーを振り上げていた影に、ラーフルが噛み付く。頭を左右に振って敵を無力させているラーフルに、知恵は驚きながらも礼を言っていた。エンジン達がに集中すると、他の敵が動きやすくなるらしい。

 もうめちゃくちゃだ。私は大した作戦も持たず、その場しのぎで敵の攻撃をまきびしで退け、余裕ができるとアルミラージを攻撃してみる。そして、その度に影の私のまきびしやブラーフルのビームで防がれる。

 そうだ、ブラーフルもどうにかしないと。私が動き出す前に、ラーフルが背中の翼を羽ばたかせて、頭上からブラーフルにビームを撃つ。しかし倒すには至らなかったようで、お返しとばかりに、地上から空に向かって黒い柱のような光が迸る。

 炎やビームやまきびしが飛び交っている。立っているのもやっとの状態だ。さらに、追い打ちをかけるように、燃える木々が遂に倒壊し始めた。まさに地獄絵図。


 それに、あんなにエンジン達がバグを倒してくれているというのに、敵の数が減っている感じが全然しない。多分、倒す度にアルミラージが補充しているんだ。マジであいつをとっとと沈めないとヤバい。


「夢幻! 後ろ見ろ!」


 声に振り返るよりも先に、体が突き飛ばされる。起き上がる前に衝撃がした方を見ると、知恵が私の腰にしがみついて呻いていた。制服が少しはだけて、腰がむき出しになっている。そこは不自然に赤くなっていた。

 視線を少し上げると、そこには後ろ蹴りの格好のブラックエンジンが居た。こいつ……! あの馬鹿みたいな脚力で、知恵のことを蹴ったんだ……!


「知恵、大丈夫!?」

「おーう……いっ……ってー……」


 知恵は私にしがみついたまま、震えながらなんとか返事をした。起き上がれないままの私達を庇うように、両手を広げて鬼瓦先生がブラックエンジンに対峙する。いくら強そうな見た目をしているとはいえ、彼は生身の人間だ。


「札井、小路須。できることなら、乙を連れてこの場を去れ。そしてリアルに戻れ」

「なっ、先生は!?」

「俺のことは気にするな。なんとか帰るさ。こいつらの生態についても、詳しく知ることができた。今回のダイブは決して無駄なんかじゃなかった」


 この人、ここで死ぬつもりか。私達を庇って。

 攻撃に気付けなかったことを今更悔やむ。私が気付いていれば、知恵が私を庇う必要もなかった。他のことに気を取られて、周囲の警戒を怠ってしまったのは、私のミスだ。

 自責の念に駆られている私の目を覚まさせたのは、氷の炎のような、あの声だった。そう、何処ぞのギター狂いが、本気でキレたときの声。


「私の知恵を。こんな風にしたのは。誰?」


 地獄から這い出たような声に、思わず顔を上げた。燃え盛る木々の合間から姿を現したのは、見たこともないような表情を浮かべる菜華だった。

 援軍のはずなのに。待ちに待ったアームズの使い手であるはずなのに。私はおしっこを漏らしそうになっていた。

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