第66話 なお、目指すのは天竺ではなく2丁目とする
志音が担当した書類を、上から順にチェックしていく。いよいよ最後にして最大の項目、参加した人間のプロフィールだ。最初はふざけてるのかと思ったけど、よくよく考えれば至極当然の内容だと思い直した。
今回のバグだって、年齢と性別を見て巻き込む人間を判別していたのだ。どんな人間が対処に当たったのか、それをデータとして残しておくことを無駄とは思えない。
——札井:誕生日は9月4日。中肉中背。まきびしを使う。今回はただ来ただけという感じ
「最後の最後ですごく傷付く系の本当のこと言うのやめろ」
「だってお前のプロフィールったってなぁ……」
「それにしてもセンス無さすぎじゃない? 中肉中背もなんか悲しくなるから別の表現にして」
まぁーた始まったよー……とでも言いたげな顔をしながら、志音は文章を修正している。家森さん達が興味深そうに志音の手元を覗き込んでいるが、あまり見えないようだ。
「どーなったどーなった?」
「ちょい待て。……これでどうだ?」
——体格は普通。
「大体の人がそうだよ。っていうか、せっかく誕生日教えたんだから使えや」
「いや、もういいかと思って……。年齢だけ横に書いておくことにするよ」
「はぁ……まぁ、どこまで書けばいいか、ちょっと分かりにくいよね……」
変なことを書かれるのもイヤだし、よく考えたらこれが協会のデータベースに載るのだ。あまり詳しく記載するのもどうなんだ。知らない人に自分の顔写真付きプロフィールを読まれるのを想像すると、なんだか気分が悪い。一回これで通してみよう。そう思った私は志音にこれ以上文句をつけるのをやめた。
「私達はー?」
「あぁ、お前らか」
そう言って志音は二人の分を読み上げてくれた。
なるほど、文章が短いと読む時は楽だね。
——家森 武器は刀
——井森 女好き
「志音さんは人権って言葉は知ってるかしら?」
「おう」
この二人は知らない内に随分仲良くなったようだ。そういえば、私達が到着するまで向こうの時間で約1週間、閉じ込められていたんだっけ。
「まぁまぁ、ちょっとした茶目っ気じゃん? 事実だしねー」
「別にそれでもいいけど、志音さんは自分のことをどうやって書いているの?」
井森さんはすごくいい質問をした。きっと池上彰も褒めてくれる。こいつが自分で自分のプロフィールを考えるなんて、どんな内容になるのか、全くと言っていいほど想像がつかない。
もし、自身を褒めちぎる内容を数千文字に渡って書いていたら
「ねぇ、早く教えてよ」
「えーと……」
——小路須 背が高い
「ほら」
「ほら、じゃないわ。何? 日本語勉強中なの?」
「いや、これでいいと思うよ」
家森さんは頭の後ろで手を組んでふらふらと揺れていた。いらない事まで伝えて誰かに利用されるなんて、ねぇ? なんて言いながら隣の相棒に寄りかかる。
井森さんが預けられた体重を受け止めるように、後ろから彼女の腰を抱いた。
「そうね。私の分も、それが通るならそのままでいいわ」
「志音と家森さんのはまだしも、井森さんのそのままっていうのは正気を疑われると思うけどいいの?」
「女好き、でしょ? 女狂いって書かれるよりマシだわ」
井森さんは初めて会った時のような顔で笑った。控え目で大人しそうで、誰からも好かれるような、あの笑顔だ。
あの時はまさか、この人からこんな台詞を聞く事になるとは思ってもみなかった。バディを組んだ日のことを、遠い昔のことのように思い出す。私達の喧嘩を仲裁しようとした井森さん、あれは余所行きの態度だったんだろうなぁ……。
「じゃ、あたしの担当はこんなもんだな。家森、次はお前の担当だ」
「ほいほーい。私のは項目が一つしかないからねー。ずばり、実際行ってみてどうだったか」
「あぁ……確かに一番大変そう……」
彼女はこの割り振りをする際に、一番めんどくさそうなものを担当する、と言ったのだ。項目が一つしかないということは、裏を返せばそれだけ枠が大きく取られている、ということ。
協会の人が最も知りたいのはここであろう事は容易に想像がついた。
「後半についてはみんなで行動したから書きやすかったんだよね。こんな感じなんだけど」
長くて読み上げるのも面倒なのだろう、家森さんは下書きが見えるように机に置いた。私達はそれを視線で一行一行なぞっていく。
すごく分かりやすくまとめられており、直すところはあまり無いように感じた。
「志音が風車の足止めしたところは、【孫悟空のように活躍しました】にしたらいいと思うんだよね」
「良くねぇよ、悪意100%じゃねぇか」
「やっぱそっちの方がいいかな? そこすごい迷ったんだよねー」
「迷ってんじゃねぇよ」
志音は呆れながら家森さんの頭を小突いた。そして私の方を向いて、「私よりも私のあの武器気に入ってそうだな」とため息まじりで呟いた。
少しだけ笑って、「わりとね」と返す。
そう、私はあの武器が気に入った。あれを使う志音の姿がというべきか。次のダイブでも是非あれを使って欲しい。生協の”ひとことカード”に書いてリクエストしたいくらいだ。
私達のやりとりを聞いていた井森さんは空想に耽りながら口を開いた。
「志音さんが悟空なら、私は三蔵法師がいいなぁ」
「クソレズ三蔵法師はダメだろ」
「志音さん、私……ボーイッシュな子は守備範囲内だし、強引なのも嫌いじゃないのよ?」
「ごめんなさい」
「よく見たら綺麗な顔してるのね?」
「なぁマジでごめんってば」
本当に仲良くなったなぁと感心しながら二人を見る。あと、あんたに何かしようって奴は今後現れない可能性の方が高いから、有り難く抱かれておいた方がいいと思う。
「ねーねー、私達は猪八戒と沙悟浄、どっちかな?」
「私、豚は嫌だなぁ」
「じゃあ私が猪八戒ね!」
「う、うん。それでいいんじゃないかな」
適当な会話をしつつ、もう一度家森さんのまとめた文章を読み返す。よく書けていると思う。私達が関わっていた部分については。
「あ、札井さん、気付いちゃった?」
「え? あ、あぁ。すごく上手にまとめたなぁと思って……見聞きした部分については、ね」
「そーそー、結局そこなんだよね。っていう訳で、はい。井森さん」
そう言って家森さんは、紙とペンを井森さんに渡した。私達の知らない部分については志音と井森さんに補完してもらうしかないのだ。
あの村で何をしたのか、後半に上手く繋がるように前半を埋める。きっと彼女ならできるだろう。
「じゃあ書いてみるわね」
井森さんは素直に筆記用具を受け取ると、さらさらと紙の上にペン先を滑らせていく。そして私達は産み落とされる文字を取り零さないように目で追っていく。ただその作業に没頭した。
——三蔵法師一行は二手に分かれ、敵陣に乗り込むこととした。
「井森さん待って待って」
「プロフィール欄に特別な記述が必要になりそうな登場人物の置き換えやめろ」
「志音さん、訂正お願いね?」
「嫌だっつってんだろ」
最初から全力疾走されるなんて思ってもみなかった。しかし井森さんがあまりに気持ち良さそうに文字を綴るから、もう少しだけならいいかと絆されてしまう。それ程までに、彼女のペンさばきは美しく淀みないものだった。
——先陣を切ったのは三蔵と悟空であった。
——降り立った地は不自然なほど何もなく、悪鬼すらも寄り付かせぬ不気味さを放っている。
——しかし同時に、生まれたばかりの大地のようでもあった。
——ただ一点を除いては。
——二人の眼前には周囲の景色に馴染まぬ、門が佇んでいたのだ。
——背の高い柵の切れ目に配置されたそれは、紛れもなく”入口”である。
——閑散とした空気に不釣り合いな煉瓦(レンガ)造りの可愛らしいそれを、二人は潜った。
——さて、こうしてやってきた小村であったが
「物語調やめて」
「そんなぁ〜」
流麗なペンさばきが内容に打ち負けた瞬間、私は口を開いた。和風ファンタジー感が強過ぎ。このままほっといたら、妖精のことを妖怪に置き換えそう。
私が報告書を提出される側の人間なら、速攻で書いた奴を呼び出すわ。
「志音、あんたが書きなさいよ」
「はぁ? 嫌だよ。あたしさっきの書類やったし」
「それぞれ担当のページがあるんだから、みんな同じでしょ。私は一緒にいなかったから書けないし」
ここまで言うと観念したのか、志音はめんどくさそうに頭を掻いて、今回のダイブを最初から思い出し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます