第67話 なお、楽するのが得意とする
「ったく……今回は体感時間が妙に長いから厄介だよなぁ……」
「まず簡潔にまとめましょう。プロットと呼ばれるものを作るのよ」
「あ? 前回はそんなモン作らなかったぞ」
「物語の設計図のようなものなの。これが有るのと無いのでは」
「あたしに物語書かせようとするのやめろ」
油断も隙もあったもんじゃ無い。とりあえず、井森さんには事実確認のみをさせてもらうことになった。
「えーと、ダイブしたとき、すぐ目の前に村があったんだ。そのことについては書くぞ」
「そうね。座標は動いていなかったことが分かるように」
「それはさっき私も書いたはずだけど?」
「アンタは書き込み過ぎなんだよ! ったく、始めるぞ」
しかし、志音が共有できる記憶はすぐに底を尽きた。まぁ考えてみれば当たり前なんだけど、井森さんが毎夜繰り広げた情事を志音が観察している訳もなく、もっと言ってしまえば、口説く現場に居合わせている訳もなく、さらに言わせてもらえば、目星を付ける時点で傍らにいる筈もなかった。
どういうことかというと、志音と井森さんは村に入ってから、かなりの頻度で別行動を取っていたのだ。志音なりに村の調査を進めていたようなので、その内容については記載してもらった。
でも、どうしてもこれで終わりにする訳にはいかないのだ。だって井森さんのこの行動が、他のデバッカーとの大きな違いとなるのだから。
「うーん。うし、あたしがちゃっと代筆するぞ。いいか?」
「今、「書くのめんどくせぇな~。でも井森に書かせたらまた物語始まるしなぁ~」って迷ったでしょ」
おう、とだけ返事をして、志音はさらさらとペンを動かす。
——井森は気まぐれに女を誑かしては、床を共にするという生活を1週間ほど続けた。
「”誑かす”って、現代の日本でなかなか使わないよね」
「そうとしか言えないことしたのはこいつだろ」
「いいんじゃないかなー? 短くまとまってて、誤解も無さそうだし」
「二度見はするだろうけどね。多分、志音の作ったプロフィールページをみんな読み返すよ」
「あぁ、だろうな。年齢の他に、一応性別も入れておくか」
話がまとまりかけたところだった。しばらく言葉を発していなかった、本人が口を開いた。
「ダメに決まっているでしょう?」
先程は包み隠さず記載して良いと言った本人が、机に浅く腰掛け、腕を組んで、笑顔のまま私達を威圧している。
意味が分からない。あんたが書いていいって言ったんじゃん。っていうかここを隠したら話がまとまらないから、諦めて欲しいんだけど。
思う事は色々とあるものの、彼女の気迫に気圧され、喉まで出かかっている筈の言葉は音に成らない。
「おいおい、そりゃねぇよ。アンタも言ってたろ、この要素は必要不可欠だって」
「えぇ。私は書くなとは言ってません。もう少しちゃんと書いてくれ、と言っています」
「……それは構わないけど、具体的にどこが気に食わねぇんだよ」
そして井森さんは言った。これじゃあ私がただイタズラにナンパしてワンナイしたみたいじゃない、と。
ワンナイの意味は知らないけど、なんとなく文脈から推察することはできる。真実草の影響であることを記載しなければ、ただのプレイガールだ。
いくら井森さんといえど、普段なら任務中に不純同性交遊しまくるなんてしないはず。
事実を打ち明ける必要があるから、今回彼女は報告書に記載して構わないと言ったのだろう。そうだとしたら、
私だってまきびしばっかり呼び出してるけど、あたかもまきびしフェチのド変態、みたいな書き方されたら嫌だもん。
ただね、私思うんだ。そういう雰囲気になっても手出さなきゃいいだけじゃんって。私の考えを表情から読み取ったのか、彼女は「出された料理に手をつけないのは失礼なことよ」と言って笑った。
まぁ、分かんないけど、分かった。
「確かにお前の言う通りだ。半永久的に保管される報告書にそんな風に書かれたらたまったもんじゃないよな」
「えぇ。本当は私が書きたいんだけど、こういう文章はあなたの方が向いているみたいだから……」
「……まぁ、適当に書き直してみるって」
そう言って志音は、ペンを持ってただただ机の上の紙を睨み付けた。わかるよ、書かなくちゃいけないことがたくさんあるなら、書けばいいだけだもんだね。言い回しを考えるって、出てこないときは本当に出てこないよね。
私なんか文章だけじゃなくて、普段の会話でもそれで難儀してる。井森さんの要求は、歯に衣着せぬこいつには難しい気がした。
「あー……そうか……いくら悩んでも無駄だ。あたしはその過程を知らないんだから。丁寧にって言われても無理だ」
「言われてみればそうね」
「文章にしたいから、ちょっとあたしに説明してみてくれ」
いい事を思いついたとばかりに、志音は井森さんに思いつきを話す。この軽はずみな提案を、コイツが心から後悔するのはすぐだった。
可愛い子が無邪気にくっついてきたりした。確かにあの子達はすぐにハグ等を求める、これは志音の証言とも一致している。
取り繕おうにも、真実草が邪魔をして、つい本音を言ってしまう。意味を聞いてくるので、教える為に家に、というパターンが多かったらしい。
井森さんのアレさも大分アレだけど、想像していたよりも村の子達がチョロくてびっくりしてる。まぁ、女性しかいない村だもんね……そりゃ警戒心なんて薄れてくよね……。
これで流れは分かったはず。しかし志音は頭を抱えていた。
「こんなんどうやって文章に盛り込むんだよ!」
彼女の嘆きも尤もだ。私ならこうするって言えないし。強いて言うなら、代筆しようとせず自分で書かせる、くらいかな。
あの人、絶対に物語調以外の、普通の文章も書けるでしょ。
——元々同性に惹かれる性質があった井森は、真実草の効能により、女性として魅力的であると村人に告げてしまうことがあった。
興味を示した数人とは、床を共にし、そんな生活を1週間ほど続けていた。
「これで勘弁してくれ」
「いいじゃーん! これなら井森さんが誤解されることもないよねー」
「うんうん! 大変だった甲斐あったね!」
私達は練り上げることが出来た報告書に湧いた。妥協をせず、創意工夫を凝らし、改良に成功したのだ。まぁ私と家森さんは見てただけなんだけど。
そしてそんな無邪気な声の元を、根源から断ち切るように、冷たくて暗い声がすぐ近くで響いた。
「良くないよね」
いい加減にしろ、めちゃくちゃ良くなっただろ! もう自分でやれ! と言いたいのはきっと私だけじゃない。
志音だってそうだと思う。しかし、視線の先にいる彼女は、ただ頭を抱えていた。多分、ツッコむ元気も消失したんだと思う。
「はぁ……これ以上あたしに無理をさせるな」
「ここからが本番よ」
「んでだよ……」
面倒なことになっちまった、志音の顔にはそう書いてあった。きっと私も同じ顔をしている。家森さんだけが苦笑いで、成り行きを見守っていた。
「いい? 私が下手クソだったら、あの子達があんな醜い争いをすることはなかったと思うの」
「……知らねぇけど。まぁ一理あるな」
「だから、どれだけ彼女達が乱れたかを書いた方がいいと思うの」
「最も乱れてんのはお前の頭だけどな」
志音ったらすごい。私なら思ってても絶対言えない。しかし横で聞いているとこちらもなんだか気まずくなりそうだ。
「ねぇ家森さん、ちょっと外の空気吸いに行かない?」
「いいねー。ちょうど喉乾いててさー」
「はぁ!? 空気くらい窓から顔出して吸えばいいだろ!?」
「でもそうすると飲み物がさー」
「雨振ってんだから上向いて口開けてろよ!?」
井森さんと二人きりになるのが余程嫌なのか、こいつにしては珍しく支離滅裂なことを言っている。ちなみに、井森さんはこの様子をずっと笑顔で眺めていた。
自分に怯える人を見るのは嫌いじゃないんだろう。思えば、中間テストの時、私に対しても似たような態度だった。
「一人目の子は見るからに好き物って感じだったから焦らしプレイにしたの。すぐ泣いちゃったけど」
「なぁあたしそれ聞かないとダメか?」
「えぇ。全てを聞いて、それの中で必要な情報を抜き取って文章にするのが志音さんでしょ?」
「あたしは別に文章に自信がある訳じゃないし、っていうか」
志音は机に肘をつき、額に手を当てながら続けた。
「5人いたよな、確か」
「そうね」
「5人分のそれを、聞かせるつもりか?」
「……足りない? ごめんね、バーチャル空間じゃなくていいなら他にも」
「やめろやめろ! 違う違う!」
井森さんは頬に手を当てて、天気の話をするように、一人目の女の子について語った。というか、”一人目の女の子にしたこと”について、淡々と述べた。
「え、えーと……時間をかけて……胸を、なぁ……」
さすがの志音も、あまりにもリアルな猥談にすっかり参っていた。気まずい気持ちはあるけど、あれなら私の方が動じずに対応できそう。
「あ!」
「どうした!?」
気付いた。気付いてしまった。私ってどうしてこうも天の才なんだろう。
「ねぇ、志音は井森さんの話を聞くの辛そうじゃん?」
「まぁな」
「私が井森さんから聞いて、必要そうな部分だけ志音に教えるっていうのはどうかな」
「なるほど、今までの内容でちょっとやってみてくれ。っていうかそこまでやるならお前が書け」
私は井森さんの話を思い返しながら、頭の中で文章をまとめる。
「井森さんは局部には触れずに愛撫したってことじゃない?」
「! ……いいな!」
「ね! 濁して書けばいいんだよ!」
そして私は井森さんから、5人目までのそれを事細かに聞いた。聞きたくないのか、志音は途中、トイレに行ってしばらく戻って来なかった。井森さんの話を最後まで聞いて、ある共通点に気付く。
「つまりさ、その子達の性感帯や性癖を探り当てて、的確にそれを責め立てたってことだよね?」
「あら、まとめるのが上手ね」
「それいいねー。あんまりそこで尺取れないし、それなら後のキャットファイトにも繋がるよ」
横を見ると、志音は今まで見たことが無いような、子供のような表情をしていた。正直ちょっと不気味に感じたくらいだ。
「札井……」
「な、なに?」
「ほんっ…………とうに、ありがとう」
「あ、あぁ、うん」
志音は私の手を握って、まるで命を救われたかのように感謝の言葉を述べた。いや、実際こいつにとっては命を救われたも同然だったのだろう。
こんなに人に感謝されたのは生まれて初めてかもしれない。私は呆れながら出来上がった文章を推敲した。
「これでいいね。井森さんの担当の4ページ目の項目は?」
「内容を確認したっていう、作戦参加者全員のサインだけだったわよ」
「は?」
異口同音に声を上げて、私と志音は井森さんを見た。家森さんは軽い口調で謝りながら、頭を掻いている。
「ごめーん、3枚目を見た時に、これが一番面倒だろうなーと思ってさー。
最後のページはちゃんと見なかったんだよねー」
「じゃあ井森さんって……報告書、何もやってないんじゃ……」
「そんなことないわ、みんなの分のサインはしておいたわよ」
「してんじゃねーよ!」
本当に食えない2人だ。
私は苦笑いするしかなかった。
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