第114話 なお、さらに産まれた直後に殺されたとする
約束の日、適当に昼食を済ませた私達は、エクセルの教員準備室に居た。教員準備室なんて名前だけど、粋先生が赴任してからは、実質彼女の研究室になっているようだ。
中はかなり狭い。といっても、部屋自体はかなり広くて、様々な機器が並んでいる。それがところ狭しと部屋を占領していた。
デスクや、地べたの上だけではない。天井からはモニターが四つ連なった状態でぶら下がり、黒い画面の中を英字が忙しなく走っていた。
そして、部屋の隅には宙を浮いてるボールのようなものが浮いている。ちなみに、これに触ろうとしたら烈火の如く怒られた。こんな触りたくなるようなものを置いておく方が悪いと思うんだけど。
この部屋で説明後、
「あぁ、気にしないで。あたしら結構こういう時間の使い方好きだから。ね、哉人ちゃん」
「はい! ひとまず上手くいきそうで安心したよー。夏都もありがとね」
「いいっていいって。それよりも、早く説明してダイブしてもらっちゃお?」
鞠尾さんは急かすけど、私にはその前にどうしても確認しておきたいことがあった。
「ラーフルの空間に繋がったってことは、やっぱりトリガーのデータはラーフルに関係のあるものだったんですね」
「そういう事になるね。ま、札井之助が言うように、糞レベルの、取るに足らないデータの残骸だった可能性も捨てきれないけどね」
「もし、ラーフルそのもののデータだったら、失敗したじゃ済まされないね……」
「成功すりゃいいじゃーん!」
辛気臭い会話をかき消すように、粋先生は私達に、トランプ投げの要領でカードを投げつけた。私はたまたまキャッチに成功したけど、隣に居た志音は顔面を押さえてうずくまっている。可哀想、先生ナイス。
「ってえぇ……これが専用のカード、か」
「いつも通り、トリガーに引っ掛けて使うんですよね?」
「そう、君達には、動物になってもらうよ」
「……は?」
あからさまに嫌そうな声をあげたのは知恵だ。動物になるなんて、いかにも知恵は喜びそうだと思っていたので、少し意外だった。
「いいじゃん、面白そうで」
「どうせあたしリスとかだぜ……」
「なんでそんな可愛い動物を想定してるの? 自惚れ過ぎじゃない?」
「ひでぇな!」
リスってアンタ。そんな目つきの悪いリスなんていないでしょ。良くてタスマニアデビルとかでしょ。
私が呆れていると、誰とは言わないけどヤバい目つきをした女が「知恵をいじめているの?」と聞いてきたので、即座に「知恵ちゃんは可愛いからスズメさんかなぁー?」と言っておいた。今すぐそのブラックホールみたいな目をやめて。
「あたしは動きやすけりゃなんでもいいけど……でも、なんであたしらまで動物になる必要があるんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
そう言いながら、腕まくりをして夜野さんが一歩前に出た。今回、空間を作製する手順を横で見ていた彼女は、ダイブせずに中身を調査するプログラムを組んだらしい。不純物が紛れこんでいるところを逆手に取った、普通のバーチャルプライベートには使えないプログラムとかなんとか言ってたけど、難しい話はよくわからない。
とにかく、それにより、少しだけ内部の様子を確認することができたそうだ。そして、その世界には生体反応があり、明らかに人間のものとは違うとか。おそらくは動物、それも複数存在するらしい。
「それで、そいつらに怪しまれないように、あたしらも動物になるってことか」
「私、ドラゴンがいい」
「小学生みたいなこと言うな」
は?
逆に聞くけど、ドラゴンになってみたくない人なんて存在する?
こいつは本当に、ロマンというものが分かっていない。私は哀れみにも似た視線を志音に送った。
夜野さんがまぁまぁとなだめながら続きを話す。
「あっちに着いたら、すぐにカードを持って、アームズを召還するイメージで”げひげひ!”と言ってね!」
「なんでだよ」
「アームズの呼び出しをイメージしながら、そんな奇声上げたことないんだけど」
「みんな、頑張って」
「菜華!? 諦めんな!」
心から嫌がる私達を他所に、鞠尾さんが粋先生を責めていた。夜野さんまで萎縮して、二人でギャルに叱られている。
分ってたけど、あの人が犯人か。
「だから、仮だとしても、もう少しまともなものにした方がいいって言ったじゃないですか!」
「あ、あたし? 確かにちょっとふざけたけど、ほら、実際の作製は哉人ちゃんがしたじゃん?」
「まさかそんなところに遊び心が忍んでるとは思わないじゃないですかぁ……確認しなかったウチも悪いけど……」
三人のやりとりを聞きながら、これはガチでやらないといけないヤツなんだろうな、と覚悟を決めた。
横では知恵が菜華を必死に説得している。知恵が何かを耳打ちすると、菜華は突然、笑顔で「げひげひ!」と言い出した。何かしらの交換条件を提示されたんだろうけど、それにしてもこの変わりようである。知恵がとんでもないものを捧げたのは、想像に容易かった。
「あいつ……何言ったんだ……」
「さ、さぁ……ほら、あんまり気にしない方がいいんじゃない……?」
私達はそれとなく話を戻しながら、VP体験室に向かう為に、床に置いていた鞄を持ち直した。
「で、どんな動物に化けるんだ?」
「適当だよん。VPで動物を体験したいって人は多いからね。サンプルのデータを流してるから、適当にそれぞれの個性に合った動物になる感じかなー」
ラーフル奪還がかかってるんだから、動物で行くならパーティーバランスとかも考えて欲しかった。脳天気に作業着のポケットに手を突っ込んで話す粋先生を見つめながら、そう思わずにはいられない。
私がハエで、志音がアブで、知恵がカで、菜華がブユだったらどうするの?
ぷ〜ん集団じゃん。
「あっ、あんまり変な動物にはならないと思うから、安心していいよー」
「そうなんですか?」
「そそ。大体の子が猫か犬だからね。その中で種類が違うくらいのもんだよ」
それを聞いて安心したようながっかりしたような、複雑な気持ちになった。私はドラゴンへの夢を諦めていなかったのだ。
「あからさまにがっかりしてんじゃねぇよ。ドラゴンは諦めろ」
「悔しいけど、分かったよ……カグツチで我慢する……」
「神じゃねーか」
「あ、知ってる! 火の神様で、出産の時に母親がまんまん火傷したんだよね!?」
「そこだけはピッタリだな」
「哉人っち、まんまんって言うのやめなー?」
「私、お母さんの股間なんて焼いてないんだけど」
カグツチってすごいカッコいいイメージあったのに、そんな産まれ方してたんだ……じゃあ私は何に憧れればいいんだろう……。
「はいはい、とりあえずダイブして。VP体験室はそれぞれ個室だからね。それぞれに部屋は割り振ってるから、準備できたら向かってね。あと、みんなが揃ってから変身しようなんて考えないで。繋がってる空間の生き物が人間に友好的かも分からないから」
私達は返事をして、準備室を出る。
どんな動物になるかでひと悶着あったものの、今のところ作戦は順調そうだ。鬼瓦先生の体も気になったけど、定期的に鞠尾さんが様子を見てくれていたみたいだし、きっと大丈夫だろう。
準備室を出て、私と志音は左、知恵達は右に廊下を進んだ。しばらく歩いて、志音は前を見たまま言った。
「始まるな」
「うん」
「……なれるといいな」
「えっ……?」
「ドラ、ゴンに……ぶふっ……」
ドラゴンになったら、真っ先にお前を踏み潰すから見とけよ。志音を鞄でめった打ちにしながら、私は密かに決意するのであった。
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