第113話 なお、私待つわと歌いながらどっか行くとする


 夏休み二日目。

 私は室内に居た。広くて、高そうな家具が並んでて、なんか全体的にスタイリッシュな感じの建物に。そう、志音の家である。


「なぁ、本当に明日は夢幻の家に行っていいのか?」

「うん、学校からの呼び出しがなければね」

「そうか。なんで明日なんだ?」

「親が朝から晩まで居る予定だから」

「何もしねぇよ!!」


 警戒されていることに憤慨しているようだが、こいつは私の使った枕の匂いを嗅いで”すんすんすんはー”とした前科持ちである。

 部屋中をすんすんされたら、いくら私でも耐え切れず狂ってしまうだろう。きっとお母さんが居れば大丈夫。そんな予感がする。なので、当分は母が家に居るときしか呼ばないつもり。


「それよりも、今日という今日はこれクリアするから! 邪魔しないでよ!?」

「しねぇよ! はよクリアしろ!」


 そう、初めて志音の部屋を訪れた際にスタートしたゲームだが、まだクリアしていない。といっても、それから1週間ちょっとしか経ってないんだけど。


「これが私の本気だよ。見て」


 私は志音にステータスを見せる。どうだ、あんたは勉強とか昼寝とかでプレイをちゃんと見てなかっただろうけど、その間にここまで鍛えあげていたのだ。


「レベル高ぇ……こんなの、ラスボス2匹倒してもおつりくるだろ……」

「この格闘家とかいうヤツが弱過ぎてね。一人足りない縛りプレイって感じなの」

「だからって棺桶のままは可哀想だろうよ」

「最初からそうだよ」

「だから弱いんだろ」


 ちょっと待って欲しい。私の言い分も聞いて欲しい。

 このキャラは、ゲームの説明書の「物理攻撃が得意な職業の仲間は、前衛に配置しよう!」というアドバイスを実践したら、かなり初期に魔法で焼かれて死んだのだ。

 つまり出しゃばって勝手に死んだ、私は悪くない。


「そもそも序盤で死ぬのがいけないんだよ」

「今ちらっと名前見えたんだけど、棺桶にあたしの名前つけるのやめろ」

「棺桶じゃなくて棺桶の中身だからOK」

「NGだぞ」


 ゲームをやらせてくれているよしみで、志音の名前をつけてみたらバーニング即死。私がどれほどイラッとしたか分かる?


「あっ、おい」

「何?」

「ラストダンジョン……生き返らせてやってくれよ……」

「なんで?」

「なん……え、えと……」


 志音は考えている。腕を組んで、唸って、頭をフル回転させているようだ。しかし、こいつはアホじゃないって、私は知ってる。既に分かっている筈だ。


「まぁ、なんでって聞かれたら、答えようがないっていうか。レベル10の格闘家なんて邪魔だよな」

「それ」


 はいよく出来ました。

 私は当たりの通路を引かないように、宝箱優先でダンジョンを潜っていく。途中、かなり大袈裟な名前の敵が大勢出たが、棺桶志音を除く私達は強いので、こんなの屁でもない。


「かわいそうに……あたし……」

「可哀想なのは仲間が弱い私達だよ」

「お前、いつにも増して厳しいな」


 そうこうしているうちにボスの第一形態である。第二形態があるかは知らない。ただ、ラスボスだし、どうせあるでしょって思ってる。


 そして、志音と会話する間も無く、想像していた通りの第二形態に。実力差から見ると、明らかに消化試合だが、志音は真剣な表情で見つめていた。どういう気持ちなんだろう。


「なんでそんな真面目に見てるの?」

「お前が何かの気まぐれを起こして、あたしを生き返らせたりしねぇかなって思ってる」

「私以外戦士だから無理だよ」

「偏り過ぎだろ」


 しかし、そこまで言われたら私だって期待に応えたくなる。道具で志音を回復させると、ベッドで胡座をかいてるゴリラが「うおー!」と雄叫びをあげた。

 よほど嬉しかったらしい。


「頑張らなくていいから死ぬなよ! あたし!」

「今まで3人分のコマンド入力しかしてこなかったから、一人分増えるとすごい手間に感じる」

「どれだけ長い間、あたしが死体のまま放置されてたかが窺える発言だな」


 一応、志音には防御させている。絶対に意味が無いと分かっていても、せっかく生き返らせたし、ゴリちゃんもこうして喜んでることだし、できるだけ長生きさせてあげたい。

 幸い、私達には志音を庇いながら戦うだけの余裕はある。コマンド入力が終わり、画面を見つめる。この一瞬の間、私も少しだけドキドキした。

 先制は私の防御力アップ。次に行動が速いのは、恐らくボス。他のキャラへの攻撃や、補助魔法無効化等が望ましいが、どうだろうか。


【ラスボスちゃんは炎を吐いた。全体にダメージ!】


 さようなら志音。

 ありがとう志音。

 生き返った瞬間死ぬとか結構面白かったよ、ありがとう。


「あぁ!?」

「志音が死音に……」

「やめろ」


 志音的にはあと数ターンは粘って欲しかった感じだろうが、もう仕方がない。

 ぱっぱと世界を救ってエンディングを見よう。それまで封印していた攻撃呪文や必殺技を解禁した私のパーティーが平和を齎すのに、5分と掛からなかった。


 エンドロールが流れる中、志音はずっと私の横顔を睨んでいた。素知らぬ顔で、棚の中から次のゲームを選ぶ。


「これ貸して」

「やるならうちでやってけ」

「なんで? ケチ」

「夢幻って借りパクしそうだし」

「すっごいリアルなクズのイメージやめて?」


 誰がドクズじゃ。

 こう見えて、私は借りパクをした事はない。私は視線でそれを訴えると、志音はあぁと声を上げて言った。


「貸してくれる友達が居なかったパターンか」

「それ以上本当のことを言ったら1文字に1個、まち針でボディピアス開けるから」

「ごめんなさい」


 だからこいつは安心して私にゲームを貸すべきである。

 だから、ね?

 とだけ言うと、志音は観念したように告げた。


「ダメ」

「なんでじゃ! 返すって言ってんじゃん!」

「そうじゃなくて……貸したらお前、家に来なくなるだろ」


 ……。

 ……は?

 こういう気まずいこと言うの、マジでやめて欲しいんだけど?


 私は硬直したまま、どうしたらいいか分からなくなってしまった。本当にリアクションに困るんだけど。あと、言うならもうちょっと堂々と言え。胡座かいたまま赤くなって俯くとかセッコ。M字開脚してウインクしながら言ってくれたら見直したのに。


「あのさ、言おうか迷ってたんだけどさ」

「んだよ」

「アンタ、自分の寝言聞いたことある?」


 私が質問すると、志音はばっと立ち上がって自分の口元を押さえた。やべぇ、そんな顔をしている。


「あ、あたし……まさか……」

「この間は信じてくれなかったのに」

「枕すんすんは流石に盛ってるだろって思ったんだよ……」


 ”思った”……?

 つまり、今はその事実を認めている、ということ?

 私は志音ににじり寄ると、この1〜2週間で認識を改めた理由を問いただした。


「あのな、自分の寝言、録音してみたんだ」

「どうだった? ちょっと聞かせてくれる?」

「やだ。もう消したから」

「なんで? 聞かせて、聞かせろ」

「なんで急に強い口調になるんだよ」


 志音はさっと自身の後ろにスマホを隠して、私に背を向けないように部屋の中をじりじりと移動している。

 しかし、すんすんすんはーを信じられるようになったということは、それと同じかそれ以上の何かをやらかした可能性が高い。

 消したと言いながら、端末を死守して移動、こいつにしては珍しく行動と発言が噛み合っていない。それだけテンパっているという証拠だ。っていうか、いま気付いたけど、これって、また気まずい思いをするパターンでは?

 深く追求するのは自分の為にもならないかもしれない。というかその可能性の方が高い。


 考えることに集中していると、志音のケータイが鳴った。いつでも出られるようにと音量を最大にしていたので、かなり驚いた。


「うお!? あ!」

「先生!?」

「粋先生だ!」


 志音が発する言葉は相づちがメインだったが、それでも彼女達がやってくれたと確信するには充分だった。志音は無邪気に笑って、こちらに向かって親指を立てている。

 私は笑顔で志音のジェスチャーを真似する。そして、なんとなくそのまま手首を返して親指を下に向けた。


「なんで地獄に落ちろってやるんだよ! あっ、すみません。はい、夢幻と一緒にいます。伝えとくんで。はい」


 はぁ……?

 なんか恥ずかしいから一緒にいるとか言わないで欲しいし、なんで”地獄に落ちろ”ってフレーズだけで私だと思うの? 失礼では?

 電話を切った志音は、興奮気味で現在の状況を教えてくれた。


「バーチャル空間の生成は上手く行ったらしい。あとは、専用のカードを作らないといけないとかで、その準備に追われてるとか」

「専用のカード?」

「あぁ、今回の作戦の要になるらしい。明日、昼過ぎに学校に行くぞ」

「わかった」


 想像以上に話は上手く行っているようだ。

 早くラーフルを見つけて、先生を安心させてあげたい。

 電話が来る直前まで話していた事については、やっぱり気まずいので忘れることにした。

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