第53話 なお、アレな客に限って「何もしてないのに急に壊れた」と言うとする


 翌朝、教室に入って鞄を置くと校内放送がかかった。

 物物しい雰囲気に、教室中に緊張が走る。


 朝のホームルームの前に呼び出されるなんて極めて異例だ。教室を出て、廊下に出た。呼び出しを食らったのは私と家森さん。

 周囲の奇異の目が突き刺さる。悲しい事に、この視線には若干慣れてしまった。今まで私がどれだけやらかし続けたのか、その軌跡を物語るようだ。朝っぱらからの呼び出しも異例だが、その内容がまた妙なものだった。


 ——A実習室に来るように


 私達ですら何がなんだか気になっているのだ。

 好奇の目で見られるのは仕方が無いだろう。


 しかし意味が分からない。

「あー、あの子達が呼び出された子?」と、すれ違う先輩達の声が聞こえる。そうだよ悪いかよと、心の中で悪態をついてそのまま進もうとすると、その集団の一人に腕を掴まれた。


「わぁ!?」

「札井さん! 何があったの!?」


 雨々先輩だった。

 久々に会った気がするけど、今日もやっぱりかっこいい。そして美麗。しかし先輩の表情には鬼気迫る何かを感じた。


「えーと……私達にも分からなくて、とりえあえずエクセルに向かってるんです……」

「そう……小路須さんは?」

「それが、見当たらないんですよ。でも机に鞄はあるし……もしかしたらエクセルで待ってるのかな」


 私達が校内放送に大人しく従うのにはこの辺も関係していた。井森さんと志音が朝からいないのだ。例え霊長類とはいえ、数カ月共に行動していたし、多少の情はある。


「……彼女、昨日ダイブしたの?」

「なんでわかるんですか?」

「……まだこちらに帰ってきていないってことじゃない?」

「……!」


 んー……まぁ少し想像はついてた。私も昨日言ったし、ミイラ取りがミイラになったら嫌だって。だから、二人に何かあったという可能性を考えなかった訳ではない。

 ただ考えたくなかったのだ。


「普通は有り得ないようなタイミングで、緊急で生徒が呼び出されることは稀にあるの」

「そう、なんですか」

「だけど、そのほとんどが良くない知らせよ」


 先輩の言うことはきっと正しい、分かっている。だけど、決めつけるような態度は止めてもらいたい。気が狂って帰還の仕方を忘れただけかもしれないし。

 ……それはそれで嫌だな。


「ちょっと心配になって引き止めちゃった。ごめんなさい。あなたも」

「いいえ、とんでもないです。さ、札井さん、いこっか」


 私達は先程よりもピッチを上げて走った。家森さんは何も言わずに待っていてくれたけど、よく考えたら勝手な真似をしてしまった。


「ごめん、急いでたのに」

「いいって! 私も先輩の話、聞けてよかったし」


 ドキッとした。もしかして、家森さんは私以上に楽観的に考えていたのかも知れない。いや、きっとそうだろう。

 私だって身近にパートナーを失った先輩がいなければ、こんなに深刻に事態を受け止めなかったと思う。


 杞憂なのかもしれない。いや、きっとそうだ。

 そうでないと困る。


 上履きが廊下にグリップして、キッと音を立てる。通路を曲がってすぐ、私達は立ち止まった。A実習室に着いたのだ。


「はぁ……はぁ……」

「行こっか」

「うん」


 ドアに手をかけようとした瞬間、ガラッと音を立てて扉が開いた。

 そこには険しい顔の鬼瓦先生が立っている。


「小路須と井森の座標が、消えた」

「え……」


 座標が消えたというのはどういうことだろうか。

 他の女の子同様、やられてしまったということか?


 先生自身、かなり憔悴しているようだった。二人を捜しにダイブをしたものの、痕跡すら見当たらなかったそうだ。よく見ると昨日と同じネクタイをしている。

 きっと彼は寝ないで二人の為に出来る手を尽くしてくれたのだろう。ラーフルが言っていた。優しい人と書いて優人、彼のためにあるような名前だ、と。

 今なら、その意味が分かる気がする。


「すまない、俺がついていながら……」

「せ、先生は悪くないです!」

「そ、そうだよ!」


 先生とラーフルは私の知る中で最強のペアだ。しかし、バグが彼らの前に姿を現さないのであれば、いくら強くても成す術がない。


「行くしかないね」

「……うん」


 行きたくない。はずなのに、私は即答した。

 流石にこれを見捨てられる程外道では無いのだ。


「二人の脳波に乱れが生じていないということは、まだ間に合うということだ。どういう事情かは分からんがな」

「急がないと!」

「先生、私達、今日の授業は」

「分かっている。ただ、一つだけ頼みがある」


 鬼瓦先生は何かを家森さんを手渡す。

 手紙のように見えたが、なんだろう。


「バグを見つけたら、そのアームズを呼び出して吹いてくれ」

「吹く……?」

「あぁ、その中には設計図とプログラムの起動カードが入っている」

「素材のカードじゃないんですか?」

「カードにはいくつか種類があってな。いま渡したものは、素材カードであると同時に、特定のプログラムが発動するよう作られている」

「へぇー……便利……」

「これは俺の個人のカードだ。無事に戻ってきて、その手で返してくれ」


 こんな時に何も出来ないなんて情けない、先生の横顔は今にも泣きそうだった。

 口を真一文字に結んで、家森さんを睨みつけるように見つめていた。


 わかる。先生の無念わかる。でも私が居ないものであるかのような扱い止めて。あとアームズの呼び出しの話題になったら自然と私以外の人に託すの悲しいからもう少し配慮して。


「……まぁいいや」


 色々と言いたい事はあるけど、あまり時間は無い。

 これからペットの回収に行かなければいけないのだ。


 私達は準備を手早く済ませ、ダイビングチェアに座る。私達のトリガーをセットしながら先生は言った。今回、トリガーの枠は3個になるらしい。私が割り振られて来た中では最多の数である。

 アームズの呼び出しは世界サーバに負担がかかる為、必要以上の枠を設けてはいけないという決まりがあるので、ダイブ歴数ヶ月の生徒が3つも割り振られるのは特例と言えるだろう。


 まぁ枠が3つあっても私がまともに呼び出せるのはアレだけなんだけど。

 それにしても多いに越したことはない。 


「よし、もう大丈夫だ」


 私と家森さんは目を合わせて頷いた。

 すぐに行こう。そして4人で帰ってこよう。

 口にする代わりに、トリガーを噛んだ。


「あ……れ……?」

「ダイブ、できない……?」


 唖然とした。何らかの方法でダイブそのものが拒まれている。先生の顔を見ると、信じられないという顔で青ざめていた。どうやら彼も経験したことの無い事態のようだ。


「何故だ……」

「先生、私達はどうしたら……」


 彼は何かを思い出したような顔をして設備エリアに向かった。何か手立てがあるのだろうか。

 私達は先生が戻るのを待った。


「すまん。生徒用の設備の電源入れるのを忘れていた」

「家電メーカーのお客様相談室に電話してくるヤバい客みたいなこと言わないで下さい!」


 不安になって損した。試しにトリガーを噛んでみると、設定されていたであろう座標に飛ぶことができた。

 隣には家森さんもちゃんといる。


 そこは不自然なくらいに何も無い草原だった。木も花も、何も無い。一種類の草だけが生い茂っているように見え、その様子からどこか人工的な印象を受けた。


「何も、無いね」

「うーん……とりあえずちょっと歩こうか」


 なだらかな丘を登ると、眼下に村が見えた。もちろん私達は目を疑ったが、その村は確かに存在した。


「えぇ……行くしか、ないのかな」

「この辺りで怪しいものって言ったらあそこしかないからね……」


 家森さんもかなり困惑していたが、とりあえず私達は村を目指すことにした。

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