第129話 なお、のけ者とする
帰還した私を出迎えたのは、ダイブ前に自ら放り出した棚の上の鞄だけだった。ポツンとダイビングチェアだけが置かれた個室なんだからそれはいいんだけど……。
問題はモニターに何も映し出されておらず、待機組である夜野さん達すら労いの言葉を掛けてくれなかったこと。違和感を覚えた私は準備室に走った。
そこで見たのは、夜野さん達の後ろ姿、モニターに映し出されるラーフルと志音達。どうやら、私が帰還するまでの時間潰しにラーフルに会いに行っていたようだ。
「酷くない!?」
「あっ、札井之助! 戻ってきたんだ!」
「おかえり〜」
「もっと先に言うことない!?」
私は半べそで抗議したが、げひげひ言ってる姿を見られたくないだろうと気を遣った、と粋先生に言われて、何も言えなくなってしまった。いや、そもそもアンタが変身の合言葉をげひげひにしなければ、見られたくない姿になる事は無かったんだけどね。
モニターの中の志音達は、無邪気にラーフルと戯れていた。鬼瓦先生は満面の笑みで、なんとエンジンまでもが共に草原を駆け回っていた。
あのぉ〜〜?? おかしくないですかぁ〜〜?
なに私の知らないところで生体アームズ達の初対面とか済ませちゃってるんですかぁ〜?
「あ、えっと、ごめんね?」
「最後に見た私は、何をしてた?」
「え? げひげひーって言ってたよん」
「そうですか」
なるほど。つまり、志音達はもちろんのこと、粋先生達ですら、私がキキの勧誘に成功したことは知らないのか。
のけ者にされたみたいでちょっとイラっとしたけど、これはこれで面白い展開になったのかもしれない。私は楽しそうに笑い合う彼らの姿を見ながらほくそ笑んだ。って、ごめん、嘘だった。約一名めっちゃつまらなさそう。何アレ。こわ。
「鳥調さん、ずっとあの調子なんだよー」
「まぁアイツはね。楽しむ訳ないよね」
大方、早く帰ってギター弾きたいけど、さすがにこの状況でそんなこと言えないとでも思っているのだろう。鬼瓦先生の憔悴っぷりは彼女も見ていたはずだ、いくらあいつと言えど、その程度は思いやれるらしい。
「おーい! みんなー! 聞こえるー!? 札井之助戻ってきたよー!」
夜野さんがそう声をかけると、ラーフルは天を仰ぎながら「札井! ありがとう!」と言った。カメラが付いてるワケじゃないからね。リアルにいる人間に声を届けようとしたらそうなるのも分かるんだけどね。それだとなんか私が死んだみたいな絵面になるからやめて。
それから程なくして、志音達は帰還し、準備室に集合した。時刻は夜の9時。かなり遅くなってしまったが、日を跨がなかっただけ良しとしよう。
「みんな。本当に、本当にありがとう」
鬼瓦先生は、私達の顔を見ると、改めてお礼を言った。泣いている、鬼の目にも涙というヤツだ。言ったら怒られるから、心に留めておくけど。
「いやー、楽しかったね! データのサンプルもとれたし、私的にも収穫が多い一日だったよ!」
「ウチも、粋先生に色々勉強させてもらえて良かったー。ね、夏都」
「そそ。あたしもデカい子供が二人も出来たみたいで楽しかったよー?」
「ウチのことはせめて旦那って言ってよ!?」
「じゃあ先生が子供か」
「どんな倒錯家族だよ」
女子高生二人が成人女性を捕まえて夫婦ごっこって、業が深過ぎるわ。
だけど、鞠尾さんの苦労は容易に想像がついた。私なら3時間くらいで発狂すると思う。
「まー、私は子供でもなんでもいいけど? とにかくそーゆーことだから、鬼瓦先生」
「どういうことだ……?」
「気にすんなってこと」
粋先生はそう言って笑うと、鬼瓦先生の尻を叩いた。それを見て私達も笑う。みんな、今日はぐっすりと眠れるだろう。特に、鬼瓦先生なんて何日ぶりの安眠だろうか。
「なんとかなって良かったな」
「うん。これで、目下の心配事は免許試験のみ、だね」
私がそう言うと、志音は真剣な表情で腕を組む。
「何? ラーメン屋のポスターみたいだよ」
「真面目な話なんだからちゃんと聞け」
「はいはい、何?」
「試験、絶対受かるぞ」
志音はやる気充分といった様子だが、私はそんな気になれなかった。だって、楽に受かるならそれに越したことはないし。
「私達、今回頑張ったし、試験免除にならないですか?」
「うんうん! 4人ともすごく優秀だったよ! 試験は4人だけハードルあげとくね!」
頑張った生徒に更に洗礼を与えるスタンスやめろ。
私は悲痛な表情で顔をぶんぶんと横に振ると、鞄を背負った。交渉も失敗したことだし、時間も遅いし、今日はもう早めに帰った方がいい。「とにかく、当日はよろしくお願いしますね」、そんな言葉を掛けながらドアへと進む。
「あぁ、待て札井」
「なんですか?」
鬼瓦先生に呼び止められて振り返ると、彼は車のキーのリングを指に引っかけ、笑っていた。
「せめてこれくらいさせてくれ」
なるほど。これくらいならお言葉に甘えてもいいかも。こんな時間に歩いて帰すなんて、先生の立場になったら心苦しくて死んでしまいそうになるだろうし。
「わかりました。志音を除く私達は女子高生ですしね」
「なんであたしを除いたんだよ、加えとけ」
「じゃあ車に乗ってもいいけど、屋根ね」
「本当にただ乗ってる状態だな」
志音の乗車を拒否していると、鬼瓦先生が見兼ねた様子で口を挟んできた。
「札井、あそこは人を乗せたら怒られるんだ」
「え、でもたまに棺桶乗せて走ってる車ありますよね?」
「あれは棺桶じゃなくて物入れだよ!!」
怒られた……なんか最近、志音によく怒られてる気がする。私もちょっと怒っておかないと、威厳が保てないのかも。よし、この辺で一つ、怒っておこう。
「そこ私の陣地だから踏まないで!」
「……?」
「いや、あたしの顔見んなよ……あたしらに聞かれてもわかんねぇよ……」
志音と知恵が顔を見合わせて困惑している。私を頭おかしいヤツ扱いするの止めろって、この口の悪い二人組は何万回言われたら理解するの?
「大丈夫だ、少し詰めれば四人とも送っていける。夜野達はあとで送っていく」
「あー心配しないで。二人は私が送ってくから」
先生達は生徒の分担を打ち合わせ、大方決まったようだった。
私達はすぐに学校をあとにして、先生の車に乗り込んだ。まずは、知恵の家に向かうことになった。彼女は助手席に座り、ナビをしている。嫉妬に狂った菜華は「私は18になったら免許を取って車を買う」等と宣言している。もちろん無視したけど。
私はというと、知恵の後ろに座り、車の外の景色を眺めながらぼーっとしていた。
「どうしたんだ?」
「何が?」
「笑ってたから。楽しいことでもあったか?」
「志音が”1mmでもいいなと思った人RT”ってタグを付けて渾身の自撮り写真を投稿するんだけど、フォロワーにガン無視された挙げ句、お母さんにだけRTされる妄想をしてたの」
「楽しいどころか悲しい妄想じゃねぇか止めろ」
「お前、よくそんなこと考えつくよな……よっぽど根暗なんだろうな」
知恵が聞き捨てならない言葉を吐いてるけど、これも無視で。というか、私のなんてまだ可愛い方でしょ。多分、アンタの相方の方がえぐいこと考えてるからね。
私はその予想の答え合わせをするため、菜華に話題を振ってみた。
「菜華はそういうこと考えない?」
「もちろん考える。ギターを弾いてる時は特に。知恵の事を考えていると、バラードが出来上がってしまう」
は? 素敵なの禁止だから。
想像以上にまともな上に、めちゃくちゃキザなんですけど。しかもあの超絶テクでバラード? 舐めてんの?
本人は認めないだろうけど、知恵って絶対こういうプレゼント好きだよね。絶対好き。もういい、知恵の家で菜華も降ろして先生。
「バ、バラード?」
「えぇ。良かったら聴く? どうせ知恵の家にギター置きっぱなしだし」
ほら顔赤い。真っ赤。アンパンマンの服じゃん。絶対喜んでるじゃん。
「あ? お前、知恵の部屋にギター置きっぱなしで大丈夫なのかよ」
「そういえば。毎日練習しないと気が済まないんじゃないの?」
私と志音はすぐに矛盾に気付いた。毎日知恵の家に行く訳にも行かないだろうし、そんなことをして大丈夫なのだろうか、と。
「もちろん。私のメインはSG。知恵の家にはストラトを置いてあるの。似合うでしょう」
「わかんねぇよ」
「ちなみに夢幻はテレキャスが似合うと思う」
分かんない分かんない。そんな専門知識を要する心理テストみたいなことをされても全然分かんないし、褒められてるのか貶されてるのかも分かんない。リアクションしにくいからやめて。
とにかく、数台のギターを所有していて、そのうちの一台を知恵の部屋に置いてあるということは分かった。
うわ、私なら絶対イヤだな……あからさまに高価で繊細な他人の私物を部屋に置いとくとか無理……三日目くらいに、気を遣うことに疲れて、わざと蹴り飛ばしそう。
「あ、この辺で」
「いいのか?」
「あぁ。先生、ありがとな! 菜華は? 来るか?」
「行く」
「いてぇ!」
「ちょっ! 自分の方のドア開けてくんない!?」
何を思ったのか、菜華は隣に座っていた志音をぐいぐいと私の方へ押しのけ、助手席側から降りようとしていた。嬉しくてたまらないのはわかったから、自分の最寄りのドアから降りろ。
私達は菜華を落ち着けて、なんとか降ろすと、ほっと一息ついた。
「お前達4人は、本当に仲がいいな」
「そっすかね」
「仲がいいというか、なんというか。ねぇ?」
私達が返答に困って苦笑いしていると、鬼瓦先生は続けた。
「まぁいい。免許試験もその調子で頑張ってくれ」
「えー。何か耳寄りな情報とかないんですかー?」
「無い。俺はお前達を信じている。無茶だけはしてくれるな、俺から言えることはそれだけだ」
先生はハンドルを握り、車を発進させると真直ぐ前を見ながらそう言った。ここまで言われてしまえば、もうどんな小さなハンデも強請れないだろう。
お世辞じゃない、先生は本心でそう言っている。それが分かるから、私達は何も言えなかった。
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