第186話 なお、感性が違うとする

 とっておきの壁作戦が失敗に終わってしまい、とにかく考える時間が欲しかった。だけど、アルミラージは当然そんな隙を与えてはくれない。

 力を溜めて勢いよく飛び出す。この動作を何度も繰り返し、私の思考を遮り続けた。先生と志音はまだ動けるだろうけど、私はそろそろ体力の限界だ。


「先生! 今回の枠は二つなんだよな!?」


 上手く起き上がれず、もだもだしていたパンツが大声で喋る。先生は明らかに気まずそうに、大げさに視線を逸らしながら「そうだ」と答えた。枠がもう一個あったからって、あのパンツは一体何をするつもりなんだろう。私だってまきびししか呼び出せないけど、あいつだって似たようなものだ。大体いつもPから始まるものを呼び出してる。むしろそれ以外って、ちょっと思いつかないかも。


「おっしゃ!」


 ようやく体勢を立て直した知恵はスピーカーによじ登り、立ったまま腕を組んでいる。表情は自信に満ち溢れていて、あのままえっへんとでも言いそうな勢いだ。

 志音も眉間に皺を寄せて首を傾げている。すごいね、疑問に思う時ですらそんな柄悪いんだ、アンタ。


「こい! エンジン!」

「はぁー!?」


 知恵の呼びかけに応えて、エンジンが知恵がパソコンだと言い張るものの前にしゅんと現れる。そういえば会うの久々だな、なんて思う暇も無い。私達三人はアルミラージのびゅんびゅん攻撃を躱しながら怒鳴った。


「お前何してんだよ!」

「バカじゃないの!!?」

「乙、一つ聞くが、家庭で何かあったのか?」

「夢幻の悪口より先生の心配の方がダメージ入るな」


 知恵の足元のパソコンが消える。解析をすると言っていたのに、何がしたいんだコイツは。さっきまではあんなに……。


「勘違いすんな、解析が終わったんだ。で、あいつにはちゃんと弱点があった。あたしがこんなところで止まってたら戦いにくいだろ?」

「こっちがエンジンを出したってことは、あっちだって!」

「わかってるって。そんなことより、こいつにこの状況を教えることのが先だ」


 噛み付く私を制止して、というか適当にあしらって、知恵はエンジンへと向く。相変わらずのけぱけぱの毛並みが風に揺れて、耳だけが周囲の異音を追いかけるようにピクピクと動いていた。


「これは……あの黒いラーフルは、敵か?」

「そうだな、そして直にお前のコピーも現れる」

「なるほど、あの志音を追いかけてるのは?」

「あいつが親分だ。ただ、ラーフルが苦戦してんだ。助けてやって欲しい」

「オレにできるかなぁ?」


 できるかなぁじゃないよ、やるんだよ。二人が随分とのんびりとした会話をしている間、志音が一人でバグを引きつけていた。

 普通に有り難いことなんだけど、身体能力の差を見せつけられているみたいでなんかムカつく。今度あいつがハンドスプリングする時に、手を付くとこにまきびしを設置してやろうかな。いや、それやったら多分ホントに死ぬな。


「なんだ、ありゃ」

「さぁ……?」


 志音を追い回していたはずのアルミラージが突然立ち止まって、頭を人差し指の爪でぐりぐりしはじめた。一休さんかな。いきなりのことに固まってしまったが、とんでもない隙だ。あのチャンスを逃す訳にはいかない。私はまきびしをぶつけようと念じたが、一歩遅かった。


「夢幻! そっちはいい! 避けろ!」


 志音の声に気付いて周囲を見渡すと、黒いオオカミが高く飛び上がってこちらに着地しようとしているところだった。


「危ないんだけど!?」


 私は大慌てで、飛び前転で草むらに突っ込んだ。起き上がりながら、小さな異変に気付く。枝か何かに手をついてしまったらしく、手のひらに血が滲んでいた。


 ――そうだ、私達は、ここで勝たないと。本当に……。


 分かりきったことを改めて実感して、ばっと顔を上げる。そこには、信じられない光景が広がっていた。


 向こうも一体増えたというのに、いや、一体増えたせいと言うべきか、明らかに動きが悪くなっている。一方でラーフルとエンジンは上手く声を掛け合いながら立ち回っていた。主にラーフルが攻撃、エンジンがおとり役として動いているようだ。

 志音とアルミラージが対峙している辺りを上手く避けていて、この場では2対2と1対1のバトルがそれぞれ繰り広げられていた。いや私こそ戦わないといけないんだけど、いい策が思いつかないし、あんなに綺麗に攻撃避け続けられないし。

 とりあえず、私はラーフル達のことを知恵に聞いた。アルミラージの対策を考える前にすっきりしたい。それまで志音は一人で頑張って。


「これは……?」

「あいつらは自分のことしか考えられねーだろ? もし協力できたなら、あたしらが夢幻のアームズの中にいるときに、もうちょっとマシな動きをしてたはずだ」

「あぁ……言われてみれば」

「あいつらにあって、あたしらに無いものがある。分かるか?」


 知恵は今日一番の渋い感じの笑みを浮かべて続けた。絆だ、と。

 この台詞自体もアレなんだけど、ちょっと前までパンツ晒してたくせに、よくこんなかっこつけたクサいこと言えるな。色んな意味で恥ずかしくないのかな、びっくりしちゃった。


 私が目を丸くしていると、背後に鬼瓦先生が歩み寄ってきて、知恵の肩をぽんと叩く。そして、言った。そうだな、と。知恵は振り返って先生と目を合わせると、小さく頷く。


「……」


 ねぇ無理。なんなの、この空気感。本当に恥ずかしいんだけど。私が気まずさを感じて黙ることしか出来ない中、声をあげたのは志音だった。


「お前ら何してんだよ! いい加減キツくなってきたぞ!」


 私は志音にも体力の限界という概念がある、ということを思い出すと、妙な空気から逃げるように志音に駆け寄った。謎も解けたことだし、ラーフルとエンジンの立ち回りから試したいこともできた。


「何か思い付いたのか!?」

「志音、私達も協力しよう」

「お前が……協力……? あ、強力ってことか……? いいけど、何を強力にするんだ?」

「まずはその失礼なあんたの頭を強力にしてやりたいんだけど」


 志音は失礼な発想に囚われているようだけど、私が言わんとしていることは非常にシンプルだ。むすっとする私の顔を見て、やっと”協力”だと理解したらしい志音は、バグを睨みながら「どうする?」と呟いた。


「私達はバグを挟むように向かい合って立つ。どっちを狙ってくるかは運次第だけどね。知恵と先生は離れたところでラーフル達を見ているから、あっちを狙うってことは考えにくいと思う」

「そうだな……狙われても恨みっこなしだな。奴を中心にじりじり歩いてみるか。とりあえず体力を回復させたい」


 簡単な打ち合わせが終わると、私達はバグが中心になるように離れる。アルミラージは私と志音を交互に睨みながら、どちらに飛びかかろうか考えているらしい。元々運動神経がさほどよくない私か、疲れてきてる志音か。見定めようとしているようだった。

 その時、もう一方の戦いに転機が訪れた。ラーフルの爪が、遂にブラーフルを捉えたのだ。ラーフル本人はもちろんのこと、見事におとり役を務め上げたエンジンも嬉しそうな表情を浮かべている。


「!!」


 ブラーフルは地に伏せ、そして消えた。知恵と先生の歓喜の声が聞こえる。残るはアルミラージとエンジンのコピーだけだ。


「やった! これでこっちはオレのコピーだけだな! オレはよわいから、すぐ倒せるはず!」


 エンジン……あんた、それ自分で言ってて悲しくないの……。まぁ、走るのに特化したアームズだからいいのかな……。

 なんとも言えない気持ちになりながら、私はアルミラージを睨む。大丈夫、形勢はこっちに傾いている。向こうのエンジンをやっつけたら、あとはこいつだけなんだから。

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