ラーフル奪還作戦
第111話 なお、夜野△とする
終業式が終わり、免許試験の参加者のみがエクセルのA実習室に呼び出された。私達のクラスは家森・井森ペア、乙・鳥調ペア、そして私達の3組。同じく高度情報技術科である隣のクラスは2組。
前の席には情報処理科の夜野さん達も居る。こちらと同様に、情報処理科からも10名ほどがここに呼ばれているようだ。
さらに普通科の生徒達も。ネクタイに入っているラインの色が違うから一目瞭然である。私達は青、情報処理科は黄色、普通科は白。
ざっと見て、1クラス分ほどの生徒が集められているようだった。
「私達や情報処理科がいるのは分かるけど、なんで普通科まで?」
「バカ、バーチャルプライベートは何もアームズの強化の為のものじゃねぇ。ってか、それ目的で免許狙うのなんて、あたしらくらいだっての」
「なんで? なんの為に?」
「……楽しそうだろ」
はぁ? こちとら遊びじゃないんだ、帰れ帰れ!
と、言いたいとこだけど、私が普通科だったら、絶対に同じ理由で免許試験を希望してたと思う。そう考えると、あまり彼らを責められない。
志音の話によると、彼らは免許試験の為の、特別な筆記テストの成績上位者だという。つまり、まだダイブの経験すらないということだ。
もしかすると、バーチャルプライベートに最も憧れを抱いているのは彼らかもしれない。
「やぁやぁ、皆さんお揃いで。説明会の時と比べたら随分減っちゃったねー? ま、当たり前だけど」
笑いながら教室に入ってきたのは、相変わらず作業着姿の粋先生である。
のっけから軽いジャブを飛ばして、その場に居る生徒を威圧している。もちろん、彼女にそんなつもりはないんだろうけど。
数回会って分かったけど、あいつは多分私と同じ種類の人間だ。知らない内に怖がられて距離置かれてる系の。
あと、結構誤解されやすいタイプだとも思う。と言っても、期末テストの時のことは許す気ないけどね。
「免許試験の日程についてはこないだプリント渡したでしょ? そこに、うっかり書き忘れちゃってさー。各学部、それぞれにテストを用意してるからね。許可証を求める理由は人それぞれだろうけど、基本的に学部に依存するだろうし」
……へ?
つまり、実質的なライバルは同じ学科の子達だけってこと?
「例えば、普通科の子達は、バーチャル空間での基本的な立ち振る舞い方をチェックするよー。情報処理科の子達も、ダイブ経験は実習の1〜2回だと思うから、そんなにキツくないかなー。技術科の子達は……分かるでしょ?」
いやだ、分かりたくない。
なんでハードモード確定なの?
「はい、先生。私も普通科のテストを受けたいです」
「はい、札井さん。寝言は寝て言いましょう」
教室内にクスクスと笑いが起こる。
なに馬鹿にしてくれちゃってるの? は? 笑ってんじゃねぇよ? お?
「殺意に満ち溢れた顔してるけど、今のはお前が悪ぃよ」
「なんで?」
「それこそなんでだよ」
志音は腕を組んで、粋先生の方を見ながらため息をつく。せめてこっち見て言え。
睨み付けても全く視線はぶつからない。そして、そのまま、志音は小さく呟いた。
「今日も鬼瓦先生、いないな」
「……今日、も?」
「あぁ」
昨日の放課後、志音は鬼瓦先生に会いに行ったらしい。ほとんど情報が公開されていない免許試験について、概要を聞き出そうとしたようだ。
しかし、今日はいないと言われて職員室を出てきた、と。
「そんなことがあったんだ」
「お前にも言おうと思ったんだけど、知恵にワケ分かんねぇ誤解されてたせいで、すっかり忘れてた」
「もう……志音って、結構うっかりさんだよね」
「うっかりあんな誤解されたお前にだけは言われたくねぇ」
先生、大丈夫だろうか。
先日から感じていた違和感が悪い予感となって、私達の心に暗い影を落とす。杞憂であって欲しいと願う程、その影は色濃くなっていくような気がした。
「それでねー、なんで呼び出したかっていうと、毎年終業式が終わったあとに、テストについて説明するんだよ」
じゃあしろ。
そう言いたくなるのを堪えつつ、私は志音とは反対側の席を見た。
もしかしたら、知恵と菜華も鬼瓦先生について何か思うところがあるかもしれない。あわよくば、何かを知っているかもしれない。そう思ったのである。
「ばっ、今は先生の話に集中しろよ」
「してる。ただ手を繋いでるだけ」
「あたしが集中できなくなるから止めろって……」
「なぜ? これくらいいつもしてる」
「手のひら撫でたりはしてないだろ!」
はい、私の過大評価でした。
この色ボケ共に少しでも頼ろうとした私が馬鹿だった。
志音も二人に視線を向けると、相変わらずだなと言って、呆れた表情を作った。
「でもこれ以上の説明は、今年は出来ないんだー」
「それって、どういう……」
普通科の男子が、耐えきれなくなって口を挟む。
「普通科のテストの担当は鬼瓦先生なんだけど、彼、少し事情があってね。もしかしたら担当が変わったり、私が二つの科を掛け持ちすることになるかもしれない。そうすると、いつもと同じようなテストは難しいからね、新たに考え直さないとってこと。今のところ、日程には変更無いから、そのつもりでいてね」
悪い予感が的中してしまった。
そう確信した。
何があったんだ。そう言うように、私達はどちらからともなく目を合わせると、小さく頷く。
「鬼瓦先生、なんかあったのか?」
知恵が脳天気な声で尋ねる。しかし、いつもはちゃらけた様子の粋先生が、落ち着いたトーンで答えた。
「うーん、ちょっとね。ま、大丈夫かもしれないから。とにかく、振り回しちゃってみんなには悪いんだけど、そういうことだからさ。備えは万全にねー。それじゃ、以上! 解散!」
そして、何とも歯切れの悪いまま、私達は夏休みを迎えた。本来の予定であれば、あとは帰るだけだったが、生徒が次々と立ち上がる中、私達は粋先生の元に駆け寄った。
「どした?」
「あの、鬼瓦先生のことなんですけど」
「……君達には教えてもいいかな」
「やっぱなんかあったんすか?」
「それがね」
粋先生は、短く、非常に簡潔に述べた。
しかし、その内容に、私達は言葉を失った。
——ラーフルが、呼び出しに応えなくなったみたい
「うそ……ラーフルが……?」
「生体アームズはまだ研究が進んでいないんすよね?」
「そそ。小路須ちゃんは物知りだねー」
「いや、それくらいしか。そういうものがあるってのは両親から聞いたことがあったけど、まさかその使い手が自分の高校にいるなんて思ってなかったですし」
「そんなに珍しいの?」
「珍しいなんてモンじゃねぇ。世界中探しても100人いるかどうかってレベルだぞ」
「そんなに!?」
珍しいとは聞いていたけど、その希少性は私の想像を遥かに越えていた。つまり、ラーフルに何かあったとしても、データが少なくて手の施しようが無い、ということらしい。
「先生は?」
「ずっとラーフルを探してるよ。命をかけて、ね」
「どういうことですか?」
先生のトリガーを分析すると、解析不能のデータが混じっていたらしい。トリガーはバーチャル空間での、デバッカーの魂そのものと言っても過言ではない。アームズの枠の調整等もトリガーで行われる為、内部に残るデータにはかなりの個人差が出る。
しかし、通常、解析不能のデータなんて生成されない。そのデータを、ラーフルに関わる情報だと仮定し、ダウジング用のカードを作製。それを使って、彼はほとんど不眠不休で、バーチャル空間での捜索を続けているとか。
「そんな……」
「先生……」
彼がどれだけラーフルを想っているか、私は知っている。彼らはリアルとバーチャル、さらには種族の壁を越えた相棒同士なのだ。彼らを見れば、誰もが、理想のペアとしてあの一人と一匹を挙げるだろう。
私なんかが想像しきれない程、彼は心を痛めていると思う。
「ダイビングチェアが体調を管理してくれると言ってもね。あれだけぶっ通しでダイブしてると、体にどんな影響があるか、分かったもんじゃない」
「止めるしか、ないんじゃないすか?」
「そりゃね。あたしだって止めもしたし、時間のあるときは捜索に協力したり、色々と手を尽くしたよ。でも、ダメ」
ラーフルへの彼の気持ちを理解しているからこそ、私達は粋先生を責めたり出来なかった。
「ラーフルがいなくなるくらいなら自分も一緒に死ぬくらい思ってそうだからね、誰が何言っても無駄だよ」
その通りだと思う。だけど、このままじゃ。
私達は言葉を詰まらせて、じっと床を見た。何もできない。あの二人は、二度も私達を助けてくれたのに。なのに、何もしてあげられない。
己の無力さに打ちひしがれていると、後ろから間の抜けた声がした。
「解析不能なデータについてもっと教えて下さい、たとえば拡張子はなんですか?」
「はい? えーと、あんたは確か……情報処理科の……」
「夜野さん!」
「やっほー、札井之助〜」
振り返ると、夜野さんと鞠尾さんが立っていた。
ついでに、知恵と菜華まで居る。
「私達も、ラーフルには助けられた。感謝している」
「何とかしようぜ!」
「ウチも、AIの暴走止めてもらった恩があるしねー。本気出すよ」
「あー、あたしは何もないけど、動物好きだから手伝うよ」
あはは、と鞠尾さんは力なく笑った。
これと言ったエピソードが無いと、こういう時ちょっと居た堪れなくなるよね、分かるよ。でも、直接的な関わりがないというのに、協力してくれるって、めっちゃ聖人じゃない? ホント、見た目に似合わずいい人。
「慕われてんだねぇ、あの二人」
「そりゃもう!」
「なんで夢幻が誇らしげなんだよ」
なんでって?
あの二人が私の”推し”だから。以上。
「えーと、データの拡張子の話だったっけ。それがね、分からないんだよ。拡張子どころか名前も付いてないの。ただ一つ言えるのは、コピーが出来ないということだけかなー」
今風のホラーみたいな話だな、とぼんやり思った。しかし、夜野さんだけは先生の話を熱心に聞き、何か考え事をしているようだ。
「それは今どこにあるんですか?」
「鬼瓦先生のトリガーに入ったまま。解析した装置ならそこにあるけど」
粋先生が機材エリアを顎で指す。
見せて欲しいという夜野さんに、先生は根負けし、私達を含めた生徒をガラス張りの一角へと案内してくれた。
そして、解析データとにらめっこをする夜野さん。
粋先生はそんな彼女の横顔を眺めたあと、私達に小声で話しかけてきた。
「あの子、噂の……?」
「そうです、天才とかなんとか」
今度はダウジングカードを作製した時のデータを確認している。なるほど〜とか、ふんふんとか、独り言が激しい。のめり込んでいる証拠だろう。
「分かりました」
「何が分かったんだ?」
「ダウジング用のカードを作って捜してもダメなら、もう方法は一つしかないです」
逆に言うと、この短時間で一つの方法を思いついた、ということである。
さすが天才。これで「諦めるという方向にシフトして、思い出上映会を開催しましょう」とか言ったら、いくら夜野さんでも全裸で新宿駅に放り出す所存。
「どうするの?」
「こちらの世界からコンタクトが取れないなら、方法は一つ。ウチらがラーフルの世界に行くんですよ」
「は、は……?」
そんなことできるの……?
私達生徒は鞠尾さんを含め、誰も意味を理解出来なかったが、粋先生だけが興奮した様子で、夜野さんの手を取った。
「つまり、解析不能のデータをそのまま混ぜ込んでバーチャルプライベートの空間を作る、ということ……!?」
「そうです!」
「理論的には不可能じゃない! 今すぐ鬼瓦先生のところに行って許可をもらおっか!」
「はい!」
二人で盛り上がってるところ悪いけど、バーチャルプライベートってことは、つまり誰かがダイブする必要があるよね?
多分、夜野さん達はこない、よね?
つまり?
「ラーフルを迎えに行こう! 札井之助!」
「がってん!」
「あたしらに任せとけ!」
私と知恵は大きく返事をした。志音と菜華もやる気に満ち溢れた表情をしている。やるぞ、私達は。今までで一番燃えるダイブだ。
そうと決まると、粋先生率いる一行は、職員専用の個室へと急いだ。
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