第265話 先回り
廃れた家具屋に辿り着いた俺は、待ち伏せるように入口で待機する。
屋根上を伝って一直線でやって来たため、俺よりも先行していたとはいえ先に着いているということはないだろう。
唯一、ここにやってこなかった場合のみ逃がすことになるが、ここ以外に逃げる場所はないからその心配はいらない……はず。
少し不安を覚えつつも、ヴィクトルを待つこと一分ほど。
路地裏に現れたきたヴィクトルの気配を捉えた。
やはりこの寂れた家具屋に向かってきていたか。
そのまま入口に立って待ち続けていると、全力で走ってきたであろうヴィクトルが姿が視界に入った
まさか俺が先回りしているとは思っていなかったようで、酷く驚いた表情を見せた。
「な、なんでここにお前がいる!? 兵士に襲わせたはずで、俺は最短距離を……というよりも、何故この場所を知っているんだ」
「色々と調べてからお前の下に向かったからに決まっているだろ。ちなみにだが、既に他の兵士がこの先を押さえにかかっている。お前も大人しく捕まってもらうぞ」
「……お前は一体何者なんだ? 兵士たちはここまで掴めていなかった。ということは、急に現れたお前の仕業だろ?」
俺にそう問いながらも、重心が後ろに下がっていくのが分かる。
会話で気を逸らしつつ、ここから逃げる算段だろうがもう逃がすつもりはない。
「逃げようとしているみたいだが、もう逃げられないぞ。どうしても逃げたいなら俺を倒すしかない。それともさっきの妙な技を仕掛けてくるか?」
「……やっぱり只者じゃないな。お前を殺すしかこの場を切り抜ける方法はなさそうだ」
逃亡は諦めたらしく、腰に刺さっていた剣を抜いて構えた。
構えは綺麗だが、脅威は一切感じない。
気をつけなければいけないのは、兵士を操っていたであろう妙な技。
あれだけの能力ならば何かしらの条件が必要とされる能力だろうし、俺が気をつけなければならないのは剣よりも妙な技の方。
「簡単には殺さない。痛めつけて殺してくださいと命乞いするまで痛めつけてやる」
そんな強い言葉とは裏腹に、殺意や敵意というものはあまり感じられない。
詰所の時から常にそうだったが、ヴィクトルは口で揺さぶってくるタイプであり、言動と行動が一致していない。
強い言葉を使って真正面から攻撃してくると見せかけているだけで、何かを狙っているのが見え見え。
その何かは分からないが、遠距離攻撃や魔力の動きも感じ取れないことから、人を操る妙な技を使う気だろう。
初めて目にする技だけに、自分の身で食らってみたい気持ちもあるが……アルフィはこいつに操られた兵士に腹を突き刺された。
一切油断はせず、全力でアルフィの代わりにボコボコにしてやるとしよう。
小刻みにステップを踏みながらも攻撃を仕掛けてこないヴィクトルに対し、俺の方から攻撃を仕掛けることにした。
俺は基本的に出を窺うタイプだが、ヴィクトルのペースにさせないように一気に勝負を仕掛ける。
詰所での戦闘で俺の動きについてこれないことは分かっているし、右腕は短剣を突き刺したことでまともに動かすことはできないだろう。
これだけの情報があれば、ヴィクトルを倒すのに三十秒もいらない。
突っ込んだ俺は、ヴィクトルの右側に回り込むようにして短剣を振る。
俺に右側に回り込ませないように足さばきで対応しようとしているが、単純に速度が遅いな。
体勢が整っていないところに思い切り短剣を振ったことで、俺の一撃を受け止めきれなかったヴィクトルの体は大きく左に流れた。
その隙を見逃さず、短剣が突き刺さった箇所目掛けて後ろ回し蹴りを放つ。
バランスも崩し、更に痛みで体勢を整えることもできないヴィクトル。
さっきと同じように拘束してもいいのだが、操る能力を持っているのなら猶予を与えるのは悪手になりうる。
それに、アルフィがやられた分の仕返しもしたいしな。
俺は地面に倒れた状態のヴィクトルの顔面に狙いを定め、思い切り振りかぶってから蹴り飛ばした。
首が大きく仰け反り、大量の出血と共に地面を転がっていく。
多分死んでいないだろうが、クリーンヒットしたし結構本気で蹴り上げたから気絶しているはず。
地面に転がった状態でピクリとも動かないヴィクトルに近づき、少しも動けないように拘束しておこう。
そう思って近づいた瞬間――。
「……かかったな。お前は終わりだよ」
鼻はひしゃげており、前歯も三本欠けた状態ながらも、笑顔を見せてそう言ってきたヴィクトル。
今のどこかで操る能力の条件を満たしたのだろうか。
攻撃しながらも警戒していたのだが、何をされたのか全く分からかった。
とにかくどんな精神攻撃を受けても大丈夫なように、全身を強張らせて待ち構えていたのだが……ヴィクトルの意味深な発言から数秒経っても何の変化も起きない。
ただのハッタリに騙されたのかと思い、ヴィクトルを睨みつけたのだが、ヴィクトル本人も何が起こったのか理解できていない表情を浮かべている。
ついさっきまでの不敵な笑みは消え去っており、眉毛は八の字。
折れた前歯に変形した鼻、それらの箇所から大量に流れ出ている血のせいで、これまで見た人間の中で一番情けない顔となっていた。
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