第113話 共闘


「いいねぇ、いいねぇ! 斬り合い上等だぜ!」


 俺がようやくフィンブルドラゴンの背後へと回り込むことができた頃、ギルド長のボルテージが最高に高まっているのか、目をギンギンにさせながらあり得ない声量でフィンブルドラゴンに話しかけている。

 一方のフィンブルドラゴンは、翼膜は傷ついているものの体には一切の傷もついておらず、龍鱗を纏っている氷が若干削れている程度。


 互いに無傷同士で、これから熱戦を予感させる状態に見えるが――ギルド長の動きは明確に落ち始めている。

 本人は気づいていないようだが、雪が降りしきる雪山での戦闘、直撃はしていないが氷結ブレスと氷属性魔法、氷が纏わりついたフィンブルドラゴンの体に引っ付く行為。


 この三つの要因が合わさったことで、まだ戦闘が開始してから十分ほどだが動きが鈍くなっている。

 ……もしかしたら、さっき俺が水魔法で体温を奪った行為の影響もあるかもしれない。


 とにかく、このままでは致命傷となり得る攻撃を受けてをおかしくない状態。

 このタイミングでの乱入をどう思うか分からないが、致命傷を負ってからでは遅いため、フィンブルドラゴンとの戦闘に加わることを決意した。


 いつもの戦闘とは意識をガラリと変える。

 対魔物で一番重要なのは、何よりも威力。


 俺が殺した勇者がそうであったように、悠長なぐらいにスキルを溜めてぶっ放すのが正解なはずだ。

 あとは火属性魔法も有効的に使っていきたい。


 この寒い場所をわざわざ拠点にしていることからも、火属性が弱点で間違いはないはず。

 弱点じゃなかったとしても、体に纏わりついている氷は解かすことができるだろうしな。


 他の細かな動きや癖は、ギルド長のお陰でじっくりと見ることができた。

 頭の中で何度も情報を反芻させてから、スイッチを入れてフィンブルドラゴンを倒しにかかる。


 まずは不意を突き、強烈な一撃を浴びせたい。

 気配を漏らしたら気づかれるため、求められるのは感知されづらい攻撃。


 となってくると、サイクロプスに使用した【烈閃迅雷】のスキルがベスト。

 格安で譲ってくれたダンには悪いが、この短剣を潰すつもりで攻撃を行う。


 フィンブルドラゴン対ギルド長の戦いを静かに見守り、好機が来るのを静かに待つ。

 瞬きすらすることなく、フィンブルドラゴンの動きを極度の集中状態で見つめる。

 

 そんな状態のまま五分ほどが経過したが、まだ絶好機が訪れていない。

 ギルド長が劣悪な環境の中で、思いのほか戦っている証拠でもあるのだが――

とうとう寒さの影響で一瞬反応が遅れ、尻尾による振り回し攻撃が腹部に直撃した。


 雪で威力は吸収されたものの、転がっていった先は岩肌で無数の切り傷を全身に負っている。

 強固なギルド長の体に傷がついていることから、フィンブルドラゴンの一撃がどれだけ重いのかが分かる。


 なんとか体勢を立て直そうとしているが、滑空してくるフィンブルドラゴンの方が速い。

 助けに行くならこのタイミングだが、隙を狙うのであればもう少し引き付けるのがベスト。


 ギルド長には悪いが……恐怖に耐えてもらうしかない。

 フィンブルドラゴンは転がっているギルド長に近づいていき、口を大きく開けると噛みつきに動いた。


 高速で滑空するフィンブルドラゴンだが、俺はまだ動いてはいけない。

 あと三メートル……二メートル……一メートル。


 周囲への警戒心がゼロになり、目の前にいるギルド長に意識を全て向けたのが分かった瞬間――俺は【天下猛攻】、【烈閃迅雷】のスキルを発動。

 踏み込んだ足元の雪がかき消え、北の山の大地を足の指で掴むように踏み込む。


 そして――超速でフィンブルドラゴンの下へと駆けた俺は、ギルド長が薄く傷つけた無防備な右翼の根元に短剣を押し当て、強引に力で押し斬るように振り下ろした。

 翼の根元にあった小さな傷に上手く短剣を刺し込めたお陰もあり、フィンブルドラゴンの右翼を根本から斬り落とすことに成功。


 ギルド長に攻撃を加えようとしていたフィンブルドラゴンは、翼の残っている左側に大きく傾き、バランスを取り戻すことができないまま激しく転倒した。

 大量の血液が噴き出ており、翼を一本失ったことで空を飛ぶことはもう不可能。


 代わりに俺の短剣も完全に使い物にならなくなってしまったが、鉄の短剣で右翼を落とせたのなら上出来。

 フィンブルドラゴンが起き上がる前に、倒れているギルド長を起こすとしよう。


「助けが遅れて悪かったな。怪我はないか?」


 尻もちをついているギルド長に片手を差し出したのだが、口を大きく開けたまま呆けている。

 起き上がれないほどの怪我でも負ったのかと一瞬心配したが、傷を見る限りではかすり傷で済んでいるはず。


「早く手を取ってくれ。フィンブルドラゴンが起きてしまう」

「――あ、ああ! そ、そうだな! 助けてくれて……ありがとう」

「礼は全てが終わってからでいい。それより動けるのか?」

「だ、大丈夫だ! 問題なく動ける!」

「なら良かった。言い出したのはギルド長なんだから、主攻は任せるぞ」

「ああ、任せろ! それと俺のことはエイルと呼べ!」

「エイルと呼べばいいのか? ……よく分からんが分かった」


 ギルド長ことエイルを起こしてそんな会話をしている間に、フィンブルドラゴンも体勢を立て直した。

 翼を斬り落としたものの、まだまだ動く気満々でいる。

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